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エデンのゴッドファーザー(前編)

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エデンのゴッドファーザー(前編)

リアクション

★プロローグ



 誰もが慎ましく畑を耕して芋を掘り、家畜を財産として遊牧の日々を送る。
 工業、商業共に栄えず、広大な大地の恵みに頼り在り続けたその後進地域で、エデンの街の灯は一等明るい。
 エデンの歴史――その始まりは山賊の群れであった。
 人々が蟻のように群がり集う場所でもなく、世間の目が全く向けられない地帯であることが幸いし彼らを増長し幅を利かせ、やりたい放題で君臨し続けた。
 時代の流れと共にマフィアという集団へ成り変わってからは裏社会で最も放置された闇の拠点となり、表社会の中やその傍にあるマフィアが潰されるのも丁度いい目くらましで、エデンの繁栄を今日まで支え続けてきた。
 ここは彼らにとってのユートピア――楽園である。皮肉を込めてネバーランドと言ってもいい。
 村社会、閉鎖的な中にあったエデンは、貴婦人方のモーニング・ニュースにもイブニング・ニュースにも晒されることはなかったが、近年少数ではあるが噂を聞きつけた契約者達が来、受け入れ始めつつあった。
 最もその数はまだ圧倒的に少なく、溶け込めず去る契約者も中に――例えその力を以てしても、この世から去らざるを得なかった。
 マフィアが闊歩する街と言っても、マフィアだけで成り立っているわけではない。
 居場所を求めた浮浪者や難民が集まり、カタギで生計をたてている者も長い歴史を経て多く存在し、この街で家系図を増やしていった。
 一般人とマフィアを分ける境界線の区画――そのグレーゾーンに建つエデンの最高級ホテルにラズィーヤ・ヴァイシャリー(らずぃーや・う゛ぁいしゃりー)は滞在していた。
 金持ちが女を口説くにはもってこいの眺めのいい最上階一室を取り、起こるであろう事について考えを巡らせていた。
 シャワー上がりで濡れた髪も、豊満な胸やその肢体から水気を吸い取ったバスローブも十分に乾くほどの時間、考えていた。

「どう転べば――」

 マフィアにしては頼りない整った顔の友人を思い出し、ラズィーヤは呟いた。
 彼が亡き父の遺産――否、意思を守る一マフィアの頭領ではなく、女を騙し侍らせて遊ぶホストや女衒であればどれほど良かっただろうか。
 もちろんラズィーヤとて女性であるから、少々仲良くなれたか疑問であるが、もはや交友である以上そう思わざるを得ない。
 願わくば、まずは生き抜いて欲しく、そして出来るならば、彼にゴッドファーザーとなって欲しくない。
 シェリーがエデンの顔になったところで抑止力などないだろう。
 再び調子のいい者達が舌舐めずりしながら椅子に手垢をつけ、隙あらばシェリーを退かして座ろうとするに違いない。
 だから、契約者の誰かに願いたい。
 そうすればラズィーヤ・ヴァイシャリーの名が多少は『ゴッドファーザーの首輪』になる。
 もちろん、繋がる先が従順な犬でないだろうという事も重々承知だ。
 獰猛な犬――否、『最恐の何か』であるだろうが、それでもマシなのだ。
 窓際に立ち、1人きりで夜景を見下ろす。
 激突の瞬間が垣間見えるのはグランド・オープンを控える既に煌びやかなオールド・ロッソのカジノ。
 十字に伸びる大通りは人々の生活ラインで、そこから覗く位置に建てたことがロッソがオールドというマフィアの力を象徴しようとしてのことなのは明白だ。
 それは他のマフィアにとって面白くない――。
 マフィアがマフィアだけで生活していくことは困難なのだ。
 マフィア同士が均衡を保ち、一般市民をある程度受け入れ、街として成り立たせなければならない。
 でなければ、今すぐにでも明るみに出た瞬間、ミサイルの雨が降ってきて、存在しなかったかのように扱われるだろう。
 普通の人々の存在は間接的な金である。
 金を捻り出すための高価な重機と言ってもよい。
 エデンという3つの皿を持つ天秤をグラグラと揺らしながらも保たせてきたのはオールド以外も同じことで、丁度向かいの部屋から見える景色の先――その地域のロンドも1つだ。
 ロンドはマフィアというより軍隊であり、軍隊がマフィアンごっこをしていると言い換えてもよい。
 生傷さえも妖艶に見せてしまう頭領のベレッタを頭脳とするキリング・マシーン達だ。
 そのロンドと地域的に対するのはオールドと――3つ目のマフィアであるカーズ。
 ボスであるマルコが武力には及び腰で、どちらかと言えば金を生み出すことに長け、執着するマフィアである。
 チキンと吐き捨てられようが殴りかかっていかないマルコの性格が幸いして、重要な武器密輸のパイプは彼が最も太く多く持っている。
 ロメロが存命中には、この2人――否、2つのマフィアで担っていたのだが、ロメロ亡き今はカーズが唯一だ。
 現在大きな抗争が起こらないのは、マルコがうまく武器・兵器の販売を調整している結果とも言える。
 他にもケシ畑の広さ、売春窟の数、臓器売買の取り扱い件数、またカタギの商売ルートにも手を出して独占し、最も金のあるマフィアであるのは疑いようがない事実だ。
 そして、オールドを脱退した構成員やニューファイスが潜っている区画が、ロンドとの斜向かいにある。
 エデンの商業、工業、居住区――全てがここにあると言って過言ではなく、永遠の中立地帯、住民区画であって、ニューフェイスが旗揚げをし滞在することになっても手出しはほとんどない。
 もちろん、その枝葉が伸びないように3つのマフィアが総出で小規模的に手入れはしているが、それでも大騒ぎにはならない。
 そして、街に出入りするためで、他の区画に進むためには必ず跨がなければならない十字の大通りはエデン全ての生命線であり、ここも中立的で、その中心点には世界を成すマフィアの総本山という象徴と自負から、地球やパラミタの国々――その国旗を巻きつけた磔像がある。
 エデンを探る『みんなの友達』や『みんなのヒーロー』、そして旗揚げを目論むマフィア達を公開処刑する場所でもあり、彼らはその磔の国旗にキスをし、血と硝煙の臭いを嗅ぎながらこの世を去るのだ。
 次にその『地獄門入口前』でキスをして旅立つ予約列の先頭はシェリーだろう。
 下手をすれば見せしめのために追加で新たな磔になりかねない。
 いい名所になるだろうとその場を通る度に笑うマフィア達の汚い顔と笑い声が、ラズィーヤの脳裏から離れなかった。

「もう少し、もう少しだけロメロおじ様のご加護を――」

 悪夢の結末を振り払うためにも、祈りを捧げずにはいられなかった。