空京

校長室

建国の絆(第1回)

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建国の絆(第1回)

リアクション


はじめに

 当リアクションは、時系列順ではなく、以下のような構成となっております。
 この見出し内においては、基本的に時系列に沿って記述しております。

  1ページから 地下トンネル関連
  12ページから 病院周辺
  16ページから デモ
  19ページから 校長会議



トンネル ヘル

「ヘルくん、準備ができたよ」
 校長会議会場から走り去ったクリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)が鏖殺寺院幹部ヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)に、そう電話をかける。
「よーし、こっちにおいで」
 ヘルが能天気に言うかどうかのうちに、クリストファーはヘルにテレポートで呼び寄せられる。
 移動するなり、クリストファーはヘルに抱きしめられた。
「ようこそっ。待ってたよー!」
「……また派手になったねぇ」
 クリストファーはヘルの顔をまじまじと見て言う。
 ヘルは以前、薔薇の学舎に出向中だった蒼空学園教師砕音・アントゥルース(さいおん・あんとぅるーす)との戦いで、頭部の右側を含めた右半身を砕かれていた。だが喪失箇所は、魔力により、その日のうちに再生されている。
 再生された部位は当初は色素が無かったが、今現在はヘルの趣味で好き勝手に色づけされていた。
 もともと彼は褐色の肌に金髪、紫の瞳だが、再生箇所は白い肌に黒髪で青い瞳だ。おまけに毛先や爪を、ピンクやら水色やら緑やらと何色にも分けて染めている。服も、何かのステージ衣装のように見える。
「ヘルくん、どうなりたいんだよ?」
 さすがに呆れた調子でクリストファーが聞くと、ヘルは例によって軽い調子で答える
「薔薇の学舎を退学になっちゃったから、ちょっとパラ実風味にトガッてみたんだ。似合う?」
「もはや似合うかどうかの問題じゃないような。100m先からでも君って分かるぞ。テロ組織の幹部が、こんなに目立っていいのか?」
「えー。ジェイダス校長先生にくらべれば、僕なんて質実剛健だよー?」
(それ、質実剛健って言葉に失礼だろ……)
 クリストファーは改めてヘルの全身を眺めようとして一歩離れ、そこがガランと空いた部屋の中だと気づく。はめ込み窓の向こうの風景から判断すると、どうやらビルの空き部屋ようだ。
 部屋の壁ぎわに、分かれるように点々と人がいる。
 まず右側の壁に一際目を引く、明らかにこの世の物とは思えない暗いオーラを放つ少年と、軽装の武者鎧を着けた青年がいた。
 ヒダカ・ラクシャーサとそのパートナーで英霊の真田 幸村(さなだ・ゆきむら)だ。
 正面には、装備や服装からウィザードとローグ、守護天使とシャンバラ人が一人づつ。おそらくパートナー二組だろう。ヘルの趣味なのか全員少年だ。薔薇の学舎の平均程ではないが皆、顔立ちが整っている。
 左側の壁ぎわ、ヒダカたちから最も離れた所には、クリストファーの学友がいた。早川呼雪(はやかわ・こゆき)だ。
「やあ、早川くんも来てたんだ」
 クリストファーが挨拶すると、呼雪は無言でうなずいて返す。いつもクールな彼だが、今はいつも以上に素気ない。その瞳はヒダカを睨みつけるようだ。
 クリストファーはきょとんとして、ヒダカの方を振り返る。
 当のヒダカは、心ここにあらずといった様子で、何も無い空間をぼうっと見ている。しかし彼を守るように控える幸村が、呼雪を睨み返していた。
 正面の少年たちは、その静かすぎる火花が散る雰囲気に気おされてか、黙って気配を殺している。
「えーっと?」
 戸惑うクリストファーに、ヘルが耳打ちする。
「ね? 来てくれて助かったよー」
「……なんか微妙だけど、ここでなら俺も歓迎されるんだね」
 クリストファーの言葉に、ヘルは不思議そうに聞く。
「ここでなら? 何かあったの?」
 クリストファーは悲しげな表情になる。
「俺たち、鏖殺寺院に操られた生徒で集まって、校長会議のスタッフとして頑張って、悪事の汚名をそそぐべく皆で努力したんだ。でも世間の目は冷たくって、教導団員からも見張られて……もう、こうなったら本当に鏖殺寺院になってやるぅ!!」
「それは可哀想に! クリストファーなら、いつでも大歓迎だよっ」
「ヘルくん!」
 二人はひしっと抱き合った。ちょっと、芝居気がかっている。
 それにはお構いなしに、呼雪と幸村の間ではバチバチと冷たい火花が散っている。
 ヘルは何か疲れた様子でクリストファーを離すと、一同に宣言した。
「じゃー、人は集まったから、そろそろ行こうか」
 彼は部屋の窓に近づく。窓の向こうには、道を挟んで建設中のビルが見えていた。

 ヘルが魔法を放つと、ビル建設現場脇の空いた地面が急に崩れだし、大穴が開いた。陥没でできた穴は、深さ20m、直径30mはあるだろう。
 建設中のビルが、穴の一部を埋めるように傾いていく。
 大穴の底、南と北にトンネルらしき穴が開いている。そのトンネルが南北に走っていたために、地盤が脆弱になっていたのだ。どうにか均衡を保っていたのが、ヘルの魔法によって土中で地崩れが起こり、それが大穴を空けたのである。
 建設にあたっていた作業員たちが大騒ぎを始める。
「おーい、大丈夫かー?!」
「どうなってんだ、こりゃ?! 地下にこんな穴ができるなんて、地盤を調査した連中は何やってたんだ?!」
「危ないから、外に出ろ、外に!」

「派手にやったねぇ」
 クリストファーが傾いたビルを見て目を丸くするが、ヘルは平然としている。
「これでも手加減しまくったんだけどねー。ラングレイの計算によると、力加減を間違うとビルが完全に倒壊して、穴を塞いじゃうから」
 ヘルは部屋に集まった一行を連れて、地面に空いた大穴の中、南側にあるトンネル入口の前にテレポートする。
 クリストファーが一行を見回して言う。
「一人置いてきちゃったよ? 君の部下でしょ、あの子」
 確かに、シャンバラ人の少年が一人来ていない。
「ああ、彼なら連絡役に残ってもらってるよ。野次馬にまぎれて見張りをして、何か変化があったら、僕らに同行するパートナー君に電話してもらうの。このトンネルに入ったら、携帯電波が通じないからね」
 トンネルを覗きこんでいた幸村が、ヘルに聞く。
「この奥に『門』が? もろそうだな。落盤の危険は無いのか?」
 ヘルは余裕しゃくしゃくだ。
「僕がバリアを張るし、テレポートも知ってる所や見える所なら自由自在だから大丈夫。ただバリアはこっちからの攻撃も止めちゃうよ」
 話を聞いていたのかどうか、ヒダカがおもむろに念を込める。辺りに冷たい霊気と共に、邪霊が無数に召還されてきた。しかし、その量にヘルが注意する。
「今回は『門』を開くのが優先だよ。黄金の鍵で、『門』を閉じる聖冠クイーンパルサーを起動。その後は、ラングレイが来ない以外、ほぼ魔剣スレイヴ・オブ・フォーチュンの時と同じだよ。だから残してくアンデッドや罠は、足止め程度でね」
 聖冠クイーンパルサーとは、シャンバラ女王が少女時代に使った冠だ。装備した者の魔法攻撃力と魔法防御力を爆発的に強化する女王器だと伝えられている。
 そこで初めてヒダカが言葉を発した。
「しかし……」
 明らかに不満そうな声だ。ヘルはそれをさえぎった。
「文句は作戦立案したラングレイに言ってよ。君の皆殺しのせいで、彼の機嫌と体調も悪いんだからさ」
「…………」
 ヒダカは黙りこくる。
 そして呼雪もまた、その場に立ち尽くしていた。今しがたヘルの発した言葉が、頭の中に奇妙に木霊する。
 ヘルはチラリと穴の上方を見た。唖然とした作業員の顔が見える。どうやら今の話が聞こえたようだ。それを確認すると、ヘルは魔法の灯りを現す。
「ヒダカ、邪霊の半分は、トンネルの中に入れといてよ。じゃあ、出発〜。……ん? 呼雪、どうしたのー?」
 ヘルに呼ばれて、呼雪がハッとする。そして無言で足早にトンネルに入った。彼の様子にヘルは不思議そうだ。
 だが考えても埒があかないので、周囲の闇に向けて手を振る。その手から、動く小さな影が暗闇に散っていった。

 トンネルの中は、生の気配が無く、奇妙に静かだった。
 壁や天井、すべてが侵食されてモロくなっているようだ。彼らが歩くだけで、上から砂が降ってくる。だがヘルが一行の全員をおおうようにバリアを張ったため、彼らがそれを被る事はない。
「そうだ。後から来る奴らの足止めになるかなと思って、これを買ってきたんだけど」
 クリストファーが背中のリュックから、缶詰のような物を出してヘルに見せる。
「……ゴキブリの缶詰?!」
 ヘルの言葉に、クリストファーは噴き出した。
「違うよ! この中から殺虫成分のある煙が噴き出して、家中の害虫を始末してくれるんだ。この煙が白煙だから、トンネルに残しておけば視界も聞かないし、毒だと思ってあわててくれるかも」
「へえー、便利な物があるんだね。害虫駆除なんて、部下に任せるか魔法で対応してきたから、こんなのがあるなんて知らなかったよ」
 トンネルのドーム状の場所なら、煙も溜まりそうだ。
 クリストファーはそこで箱本体はすぐに発見されないように小石で隠し、説明に従って殺虫成分の白煙を上げさせる。



 現場作業員の連絡を受けた建設会社は、各学校にこの事を知らせた。
 程なくして、各学校の生徒たちが大穴の周囲に集まってくる。穴の底には数十の邪霊が群れ、トンネルの入口を守っているようだ。