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リアクション
激戦・1
ダダダッ。ダダダダッ。
サミュエル・ウィザーズ(さみゅえる・うぃざーず)の構える突撃銃が、暗がりに光を投じるように火を噴く。通路を挟んで、大あごを持ったアリと向かい合う状態だ。押し寄せようとするアリへの威嚇射撃である。
「突っ込め! 押し返せるぞ!」
指示を叫ぶサミュエル。その相棒、ディーン・ロングストリート(でぃーん・ろんぐすとりーと)が影から影に移るように、廊下に滑り込んでいく。
「いいぞ、サム。先鋒は任せろ!」
ぐぐぐ、っとその拳が握りしめられる。掲げた瞬間、かっと青白い火花が散った。
「おおりゃあっ!」
ボクサーばりのパンチが電撃を伴って一閃。通路になだれ込んできていた先頭のアリを打ち返す。生まれるスキの間に、サミュエルが援護射撃。
「援護します」
サミュエルと同様、通路の角にかがみ込んだ月摘 怜奈(るとう・れな)が、アリに向けて弾丸を浴びせる。二人分の掃射で、アリの動作は鈍る一方だ。
「そちらは?」
「なんとか、治療をしてきました。ふう、まるで戦ですな」
逃げ延びてきた契約者たちに治療を施した杉田 玄白(すぎた・げんぱく)の報告。緊急的にこの場の指揮官となったサミュエルはあごを引くように頷いた。
「オレたちは、戦争をする専門家だ」
「援護します!」
状況を聞いて走ってきたのだろう。相羽 朝陽(あいば・あさひ)が拳銃を手に通路に飛び込んでいく。そして、ディーンの影から打ち込むようにアリに銃撃を加える。
「あ……おい!」
悠々と振りかざしていたディーンの拳が、鈍った。朝陽を巻き込むことを恐れてである。
「ったく……やれやれだ!」
パートナーであるアルベルト・サルヴァティーニ(あるべると・さるばてぃーに)が駆けつけ、朝陽を守るように前に出る……が、まだ、本格的な訓練はこれからなのだろう。大あごを前に、剣の動作が鋭いとは言い切れない。
「こちらも突っ込みますか? それとも、彼らを下がらせる?」
フォローの選択肢を提示する怜奈。サミュエルが迷った一瞬、
「やめときやめとき。作戦なんか捨ててしまえ」
……と、声。
ふらりと現れた瀬山 裕輝(せやま・ひろき)が、そのままふらりと最前線に進んでいく。
「おい……!」
「あれは何言っても無駄。はあ、交流会のほうが良かったな……」
止めようとする教導団の兵士たちに、鬼久保 偲(おにくぼ・しのぶ)が首を振っていた。
「無駄って……」
呟く玄白の視線の先で、裕輝が腰だめに構えた。
「オレがこの生態を否定したる。保護なんか知るかぁ!」
輝く拳の衝撃が、ドン! とアリの群れを押しやるように通路の中を駆け巡った。
「おお、楽ができそうだ」
と、ディーン。
「……楽させるために来たわけやない」
ぼそりと答える裕輝。
「押し返せます。戦線の前進を」
怜奈の提案に頷くサミュエル。
「分かっている。諸君、その調子だ。我々が生態系ピラミッドにおいて上にいることを思い知らせてやれ」
「ほ乳類の相手の方がいいんだがな」
「交流会……」
ぼやくディーンと偲。
「と、とにかくがんばります!」
「援護射撃が来る、頭を低くしてろ!」
と、気力を燃やす朝陽のブレーキをかけようとするアルベルト。
徐々に、大あごを持ったアリとの戦いは有利に傾き始めている。
だが、モンスターが現れたのはここだけではなかった。
獣の吠え声が響く。
イレイザーではない。もっと多くだ。
「錬、これって!?」
悲鳴に近い叫びを上げたのは石田 もな(いしだ・もな)。一方、その前に立って剣を構えるのは天宮 錬(あまみや・れん)。
「遺跡の中に棲んでた連中か? にしても……」
どこか不安定にだらりと首を垂らした、ずんぐりしたシルエットの獣だ。オオカミに似ているような気もする。
「ど、どうする?」
うなりを上げて威嚇しているオオカミに剣を向けて威嚇を返しながら、スピード・アズ(すぴーど・あず)が呟く。
「まずは交戦して、戦力を見極めるべきかと存じます」
イル ビレッドバイス(いる・びれっどばいす)が小さく答えた。
「よし、全部潰すぞ!」
「ちょ、ちょっと!」
じゃき、っと錬が剣を構えて突っ込んだ。その剣がオオカミの体に届くよりも早く……
「ガウッ!」
「うわっ!?」
ぐらついているようにすら見える狼の首が、ゴムのように伸びて来たのだ。剣を横にして受けるが、思った以上に強い力で押しやられる。
「はあっ!」
伸びて来た首に向けて、スピードが突きを繰り出す。やはりゴムのように縮ませたオオカミの体に、イルが斬りかかる。
ギャン、と悲鳴を上げるオオカミに三人の斬撃が繰り出され、ようやく一匹を仕留めた。
「まだまだいるよ、気をつけて!」
もなの杖が火を噴いた。動物の本能か、群れているオオカミたちが身を引く。それでも、仲間をやられたことがさらに怒りに火をつけたのだろう、ぐらつく頭をゆらしながら、警戒のうなりをあげている。
「ちょーっと……やばい、かも?」
さっき見たときよりも、オオカミの数が増えている気がした。
「……下がって」
「えっ!?」
びゅう、と風が吹いた。かと思ったときには、鋭い刃がオオカミたちの毛皮を引き裂いている。
スウェル・アルト(すうぇる・あると)、会心の突きである。
「はっはっは! 味方のピンチに駆けつける! これは正義! まさに正義ですとも!」
高く笑いながらアンドロマリウス・グラスハープ(あんどろまりうす・ぐらすはーぷ)がオオカミと新入生たちの間に立ちはだかる。急な援護に、オオカミたちに動揺が広がった。
「なんかテンション高い人が来たよ!?」
「失敬な。これでも、助けに来たのですよ」
と、腕組みポーズ。その向こうで、スウェルが視線をオオカミに向けたまま、
「……無事?」
「な、なんとか」
答えるスピードに、うん、とスウェルが頷く。
「まったくもう、手間かけさせるんじゃないわよ!」
新たな声。戦いの音を聞きつけたエルサーラ サイジャリー(えるさーら・さいじゃりー)が一同に指を突きつける。
「こういうのは別に全滅するまで戦わなくたっていいのよ。あっちだって引き際を探ってるんだから、今の内に逃げるの!」
まくし立てるサイシャリー。その足下で転がるように走ってきたペシェ・アルカウス(ぺしぇ・あるかうす)が鼻をひくつかせている。
「においを追ってきた甲斐があったねえ。見つかってよかったよ」
「え、っと……」
困ったように、上級生らとオオカミを交互に見るもな。
「だから、逃げるの! ほら、こっち来なさい!」
サイジャリーはいらだったような声とは裏腹に、オオカミから離れるように道を示している。
「……心配して、みんなが助けに、来てるから」
「私は別に心配してたわけじゃないけど!」
スウェルがほほえみ、サイジャリーが尖る。
「……ありがとうございます。危険なところでした」
「いやいや。当然のことをしたまで」
イルに答えるペシェ。
「傷ついた方は後で癒しますから、まずは安全な所まで下がるとしましょう! それでは!」
と、アンドロマリウスが声を上げ、彼の代わりにスウェルが威嚇に剣を振って、下がる。オオカミたちは本能か、それを追うことはなかった。