空京

校長室

創世の絆第二部 第一回

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創世の絆第二部 第一回

リアクション



大世界樹 内部1


 大世界樹の中は、まるで呼吸をしているかのように冷たい空気が流れていた。空気の出入りする穴が他にもあるのは確かであり、何が出てくるかわからない。慎重に急ぎながら彼らは歩みを進めていた。
「止まってください」
 一歩前に出た山葉 加夜(やまは・かや)が声のトーンを落として伝えた。静かに一向は足を止めると、奥の方から自然に発生しているとは思えない奇妙な音が聞こえる。
 じゅるじゅると、粘っこい液体を無理やり吸い上げようとしている音に聞こえた。この先に何がいるのか、視界に映っていなくても想像することができる。
「数は多く無いみたいだねぇ」
 ゆっくりと音源に近づくと、見つけた影は三つ。地面や壁面にはりついて、食事の真っ最中でこちらに気づく様子はない。曖浜 瑠樹(あいはま・りゅうき)は前に出ると、加夜と視線があった。声をかけずに、互いに頷いて大蟲に近づく。
 一番手前の大蟲に瑠樹が疾風突きで仕留める。ほとんど音を立てずに行われた戦闘に、他の二体は気づくのに遅れた。口を餌から離した時には、加夜の歴戦の魔術が発動しており二体を巻き込む。
 二体のうち、一番奥の固体は入りが浅く仕留め切れなかったが、それもすぐに瑠樹がフォローし、三体の大蟲は何もすることができないまま全て沈黙した。
 正確には、しばらく地面で蠢いてはいたものの、もはや大世界樹に傷をつけたり、契約者に襲い掛かることはなく、時間の経過と共に静かになった。
「やっぱり、穴が他にもあるみたいだねぇ」
「けれど、不思議ですね。私達は迷い無く進んでいるのに、先回りされているなんて」
 大世界樹の中は、かなり規模の大きい迷路となっている。一階二階とフロアが分かれる階段などはなく、通路は上ったり降りたりしているし、真っ直ぐな通路もほとんどない。何の前準備も無いで中を進んでいれば、最深部にたどり着くどころか、帰り道もわからなくなるだろう。
「ま、考えても仕方ないねぇ。それに、待ち伏せじゃなくて食事の最中だったみたいだし」
 先ほどの大蟲の様子を見れば、あれが先回りではないというのは一目瞭然だ。彼らはいい餌場を見つけたと食事に躍起になっていたのであって、ここを通る自分達の存在など微塵も気にしていなかった。
「急ごう。立ち止まってる暇はないわ」
 たいむちゃんスーツを着込んだ{SNL9998758#ラクシュミ(空京 たいむちゃん)}が、一歩前に出る。
「そうだねぇ……ん?」
 怪訝な様子で、瑠樹は周囲を見渡した。彼だけではなく、他の多くの仲間も同じように周囲に視線を走らせる。彼らにこのような行動をさせるのは、木の割れるような音が、どこからか聞こえてきているからだ。
「あそこ! ……っ、いっぱいいる!」
 ノア・サフィルス(のあ・さふぃるす)が一点を指差す。
 暗いためはっきりと見える人とそうでない人が大きく別れたが、指差された一点、大世界樹の内壁にいくつものヒビが入っていた。それは驚くほどの速さで広がり、最後には砕け散って破片を散らす。その中には、割れた木々の破片とは思えない人型のものも含まれていた。
「壁を壊しながら進んでるなんて」
 開けた穴は大きく、そこからわらわらと大蟲が入り込んでくる。穴の向こうから光がさしてきたりはしておらず、中から中へ壁を突き破っていた。
「壁を壊したというか、食事をしたら脆くなったって感じだねぇ」
 砕けた破片の一つをひろいあげた瑠樹は、その軽さと乾ききった状態からそう推測する。あの群れが食事に精を出した結果、その周囲の水分が奪われてもろくなったのだ。
「さっきのとは違って、やる気まんまんって感じだね」
 群れに近い位置のノアは、間合いを計りながら少しずつ後ろにさがる。肉弾戦で囲まれたら、対応の仕様が無い。不意打ちや準備を整えているならまだしも、純粋な殴り合いではどっちに分があるかは明白だ。ノアには、あんな硬くて軽い甲殻は無いのである。
「……それじゃ、ここはオレ任せてもらおうかなぁ」
 瑠樹が部下に指示を飛ばすと、広い通路を塞ぐように二十人の兵士が並ぶ。
「今は急ぐのが大事。そうだよね、ラクシュミちゃん」
 確認できる大蟲の数は八。それでも、真面目に遣り合えばそれなりに時間を取られるだろう。
「うん……ここは、お願いするね」
「任されたねぇ。大丈夫、すぐに追いかけるよ」
「行こう、みんな」
 ラクシュミに促され、みんながこの場をあとにする。何人かは残ろうとしたが、「この先に何も無い保証はないからねぇ」と瑠樹は自分の部下以外は先に進ませた。
 すぐに戦闘には突入せず、大蟲は注意深くこちらの動きを観察していた。すぐ近くに、彼らの仲間の死体が転がっているから、警戒しているらしかった。
「りゅーき……」
 マティエ・エニュール(まてぃえ・えにゅーる)が、瑠樹を呼んだ。
「大世界樹にあんな傷をつけるなんて、私許せないよ」
「そうだねぇ。あんまり好き勝手するようなら、お仕置きが必要だねぇ」
 あくまでマイペースに、瑠樹は返答した。
 互いに飛び掛るきっかけを待ちながらのにらみ合いは、天井付近にぶらさがっていた大世界樹の木片が落ちた音がゴングの代わりとなって、大蟲との戦闘が開始された。



「これは……」
 先へ進んだラクシュミ達は、凄惨な光景を前に足を止めた。
 彼女彼らの前にあったのは、大蟲の群れだ。数は四で、そのどれもが既に生命活動を停止している。
「随分と、容赦ないようですわね」
 白鳥 麗(しらとり・れい)は息を呑んだ。
 目の前で亡骸を晒している大蟲は、どれ一つ例外なく、木でできた槍によって体を貫かれていた。甲殻の隙間から入り込んだ木の枝は、真っ直ぐにではなく歪な線を描いて、同じく甲殻の隙間から体の外に飛び出している。
「まるで、百舌の早贄ですね」
 木の枝に突き刺された大蟲の亡骸は、百舌という鳥が行う獲物を枝に突き刺しておく習性をサー アグラヴェイン(さー・あぐらべいん)に思い出させた。百舌という鳥は、こうして突き刺した獲物をあとで必ず食べるわけではなく、そのまま朽ち果てることも珍しくない。この大蟲も、同じようにここで朽ち果てるまで放置されるのだろう。
「けど、身を守ろうとするのも当然ですわよね……」
 枝に突き刺さった大蟲の様子は、ただの亡骸よりも目を引くものがあった。だからだろう、周囲に対する注意は誰もが少し荒くなっていた。
 間違って唐辛子を噛んでしまったような、辛いと痛いの判別のつかない感覚がこの場に居た全員に一斉に広がった。
「校長っ」
 何かが見えていたわけではなく、ただ嫌な予感に体を突き動かされて麗はラクシュミの体に覆いかぶさった。その場所を、容赦の無い木の槍が貫いてく。幸いにも感が働いたのか運がよかったのか、槍は誰の体を貫くことなく、麗の肩口に浅い切り傷をつくるだけで済んだ。
 しかし、槍は一撃では終わらずに第二撃を放つ。
「全く、無茶をなされましたな」
 とはいえ、不意打ちが機能するのは最初の一撃だけだ。それで相手を倒すなり、まともに動きができないようにするなりできなければ、続く二矢目はむしろ単調な攻撃にしかならない。
 アグラヴェインは自身の槍で、向かってくる木の槍を打ち払って二人の前に立った。三発目の槍が来る前に、ラクシュミと麗は立ち上がる。
「その怪我、ごめん、ぼーっとしていたつもりはないんだけど」
「構いませんわ、こんなのかすり傷ですもの。それより、大事な校長の身に怪我がなくて安心しておりますわ」
 麗は自分の肩の傷に手を触れる。自分で言ったとおり、ほんの僅かに血がでているが、かすり傷だ。この程度なら、今後の行動に支障は出ない。
「お二方、どうやらあまりのんびりしてはいられないようです」
 不意打ちの槍が避けられた大世界樹は、今度は一撃ではなく数に頼る判断に出たようだ。左右上下の壁面に、鋭い槍の先が次々と現れている。これらが一斉に伸びたら、逃げる隙間なんて残されない。
「急いでここを抜けましょう。どこでもこんな攻撃ができるのでしたら、大蟲が好き勝手動けるわけありませんわ」
 ラクシュミの手をとって、有無を言わさず麗は走り出した。頭で考えたというよりは、脊髄反射で飛び出した言葉だったが、その言葉は確かに的を得ていた。
「露払いは、私にお任せを!」
 二人の一歩前を、アグラヴェインが走る。鎧で守られた彼の体そのものを盾にしようというのだ。先ほど槍を払った時におおよそ威力は理解したので、そこまで無謀な判断ではない。
 そうこうしている間にも、木の槍が武器としての鋭さを手に入れたものから飛び出してくる。一向は慌てて、あるいは冷静に槍の様子を観察しながら、この危険地帯を駆け抜けていく。
 が。
「うわっ」
 アイザック・スコット(あいざっく・すこっと)が盛大にすっころんだ。
「おい、何やってんだ」
 慌てながら瑞江 響(みずえ・ひびき)が振り返り、アイザックのところに行くと、彼の足に木の枝が巻きついている事に気づく。文字通り、足を取られてしまったようだ。
 こんな状況でこけたりしたら、木の槍で串刺しにされて大蟲と同じ末路を辿るはずだったが、彼らの周囲には何故か槍による攻撃は行われなかった。
「助かったのか? あれ?」
 響はすぐに、仲間達が進んでいった先の通路がなくなっている事に気づいた。幾重にも槍が飛び出し、それが結合して通路を塞いでいるのだ。目の前で、枝が壁へと変化していくのを見せ付けられる。
 しっかりとした壁ができたところで、アイザックに巻き付いていた枝もするすると外れていった。
「どういう事だよ、これ」
「俺に聞いてもわかるわけないだろ」
「あっちよ」
 二人の会話に、漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)は自分達が通ってきた通路を指差しながら割り込んだ。
「あっちだと?」
 進行方向は槍が壁になって塞がれたが、来た道の槍はアイザックに巻きついた枝と同じように、床や天井に戻っていって綺麗に跡形もなくなっていた。
 月夜が指し示すその先は、暗くて見通す事がはできなかった。だが、何かがちらちらと光っているのが見える。少しして、それが大蟲の目であることが確認できた。
 月夜はダークビジョンで、二人よりも遥かに早く、大蟲がこちらに向かっているのを視認していたのである。
「あいつらの相手をして欲しいようですね」
 樹月 刀真(きづき・とうま)が自分の獲物をゆっくりと抜く。
「攻撃してきたり敵を押し付けてきたり、随分と我侭な奴だという事はよーくわかったぞ」
 埃を払いながら、アイザックは立ち上がると、通路の奥の大蟲を見据えた。扱いは気に食わないが、あいつらをどうにかしなければならないのは間違いない。
「早く片付けて、ラクシュミ達に合流しますよ」
 待ち構える。なんて事はせず、刀真は自ら敵の群れに躍り出た。数は七いたが、そのうち刀真に向かってきた一体の攻撃を軽くいなすと、獲物を甲殻の隙間に吸い込ませる。
 流れるような綺麗な動きは、さながらダンスのようであった。体重の移動や気配の揺らぎで動きを読みきった一撃は、まるで互いの動きを尊重していたかのような錯覚を見せる。
 だが、それでも多対一は危険な相手だ。まして、すぐに死んでくれない大蟲は、もはや打撃とは言えないこぶしを刀真に繰り出し、肩の辺りに拳をぶつける。
 さらに、別の固体が刃を差し込まれた大蟲を飛び越えて、空中でぐるりと回転しながらかかと落としを繰り出してくる。ここは受けるしかない。
「かっこつけてんじゃねぇっての!」
 疾風迅雷で飛び込んだ響が、防御必須の打撃を死角からの一撃で防ぐ。大蟲は防御できずに直撃を受け、壁面に叩きつけられた。
 その間に刀真は獲物を引き抜き、万全の体制を整えた。
「ちっ、浅かったか」
 壁面に叩きつけられた大蟲は、すぐに立ち上がって構える。
「あまり大世界樹を傷つけないでくださいね。交渉に影響が出るかもしれませんから」
「わかってるよ。仕方ないだろ、今のはよ」
「そうですね、助かりました。ありがとう」
 会話をしている最中も、大蟲は構わず襲い掛かってくる。
 二人は襲い掛かってくる大蟲の攻撃いなし、一撃の機会をうかがいながら立ち回る。
「援護するわよ」
「命令すんじゃねぇ」
 ラスターハンドガンを構えた月夜に続き、アイザックが集中力を高めて魔法を発動させる。まずはパワーブレスを前の二人に、それから、大世界樹を巻き込まないように注意しながら大蟲をまとめて魔法を叩き込む。作戦は完璧だ。
「俺様の足をひっかけたのは許せねぇが、俺様と響を選んだ先見の明は褒めてやる。行くぜぇ!」