空京

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創世の絆第二部 第一回

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創世の絆第二部 第一回

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大世界樹 ブラッディ・ディヴァイン3

 玖純 飛都(くすみ・ひさと)は静かに、肺の中の空気を最後まで吐き出した。
 大世界樹から感じられる意思は、受け取る者の経験や精神的な感度の良さによって、同じものでも受ける印象に差異が出てくる。
 心をフラットにし、余計な先入観を排除しなければ、大世界樹の意思を理解するのは難しい。
 その様子を、少し心配そうに矢代 月視(やしろ・つくみ)は見守っていた。
「インテグラル、セラフィムギフト。ニルヴァーナ人は融合によって他者の力を我が物にする方法で大きくなっていった。そしてパラミタの古代文明にもその形跡がある。ならば、何故パラミタ、そして大世界樹は融合という方法を取らなかったのか。ただ力を取り込むだけではいずれ力に溺れ、滅ぶ。だから力だけを増大させるのではなく意思や想いが介在する契約という方法を取ったのではないか。だから、ルバートのやり方はその意味で契約ではない」
 飛都はそう言って、大世界樹と向き合う事を選択した。
「の状況が本意でないなら、力尽くに負けそうになっているならせめてオレの力を取り込んで使え。嫌ならどちらにも従う必要はない。その意思の力にならせてくれ」
 そう大世界樹に呼びかけ続けた。
 それに対する大世界樹の返答は、よくわからなかった。
 好き、嫌い、来るな、帰れ、そういった単語で表現できる大世界樹の意思は、受け取り側も容易くその意味を理解することができる。
 言葉を介さない相手とも、その感情が表情や行動から読み取れるのと同じだ。だが、些細な気持ちの機微は、言葉を介しても伝わらないことも多い。
 大世界樹は飛都は何らかの返答をした。
 それは単純な拒絶でもなければ、言葉を好意的に受け取ったものというわけでもなかった。いくつもの感情が複雑に混ざり合って、それを端的な言葉で表すのはとても不可能に近い。
「……」
 月槻は黙って、飛都を見守っている。大世界樹からの意思は、彼もまた感じ取っていた。そして同じように、理解することができないでいた。
 拒絶ではなく、しかし歓迎でもない。
 様々な色合いが混じった感情に、正面から向き合うつもりの飛都の邪魔にならないよう、静かに背中を見守る。これもある意味、戦いなのかもしれなかった。

「そりゃ、一言じゃあ語れないよな」
 武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)は大世界樹を見上げてつぶやいた。
 心に残ったざわつきは、大世界樹の意思そのものなのだろう。長い時間をかけて、蓄積され積み重なり、そして今なお人間よって脅かされる彼の心情を、完璧に汲み取ることなどできない。
「少し、意外ですね」
 同じ意思を受け取った、龍ヶ崎 灯(りゅうがさき・あかり)も魔装の姿ではあったが、牙竜と同じように大世界樹を見上げていた。
「ん、どうした?」
「ファーストクイーンの話から、私達はもっと嫌われているものだと思っていました」
 伝わった意思を言葉にするのは難しいが、わかりやすい敵意や憎しみではなかった。もっと曖昧で色々な感情の混ざり合った、複雑なものであるのは間違いない。
「そうだな」
 牙竜が自分の力を、大世界樹の回復のために使ってもらうと言い出した時は、不安があった。世界樹と呼ばれる彼らの力は、一人の人間のキャパシティを大きく超える。繋がった瞬間、その全てを奪われて殺されてしまうのではないか、という不安だ。
 だが、こうして大世界樹の意思に触れて、その不安は杞憂であったように思う。確かに、大世界樹は現状を憂いているが、その原因であるというニルヴァーナ人、人間に対して一方的な悪意を持っているわけではないのだと、漠然とだが感じることができた。
「随分時間が経ったもんな……」
 ニルヴァーナ人がいなくなってから、気の遠くなるような時間が経過している。その間、大世界樹は子を育て、広大な世界樹の森を形成した。
 そこからも、ただ憎しみだけを糧に大世界樹が生きてきたわけではないというのがわかる。だが、この巨大な世界樹の森を成して、その先に何を見ていたのか、そういった真意は話してくれるまで理解することはできないだろう。
「……」
「どうしましたか?」
「あ、いや……別に何でもない」
 牙竜の様子に、灯は不自然に思ったがそれ以上は追求しなかった。
 彼女は汲み取ることはできなかったが、牙竜は先ほどの大世界樹からの意思の中に、猜疑心があるのを感じ取っていた。この差は、ひとえに経験の差によるものだ。
 信用されていないのは、当然の話だ。だが、それを前面に押し出すではなく、様々な感情と共に伝えられた事に、牙竜は一抹の不安を感じていた。
 真っ直ぐに疑ってくるなら、こちらも真っ直ぐに対応すればいい。疑いとは興味の裏返しだ。感情で触れ合う大世界樹ならば、騙すつもりがないとわかってくれるだろう。
 だが、この疑いの感情は、強いものではなく混ざり合った感情の薄い部分だ。人間が、「どうせ」と最初から諦めた調子で受け答えする、そのように牙竜は汲み取った。
 自分達の言葉は、ちゃんと大世界樹に届くだろうか。
 大世界樹と触れ合うことで産まれた不安は、簡単には拭い去ることはできない。
 胸に一抹の不安を抱えながら、それでも二人は大世界樹に呼びかけた。きっと届くと信じて。



 リーダー大蟲が姿を現してから、戦況は一気に好転した。
 発見されたリーダー大蟲に戦力を集中し、これを撃破していくことで統率のあった大蟲の動きが、あからさまに精彩を欠いていったのだ。
 そうしてついに、動きの悪くなった大蟲の代わりに、彼らが姿を現してきた。黒いパワードスーツを纏った、ブラッディ・ディヴァインである。
「このまま突き進むぞ」
 瀬乃 和深(せの・かずみ)が先陣に立って、大蟲の奥に控えるブラッディ・ディヴァインに向かって突き進んだ。
「この道、我らが切り開く!」
 進路を邪魔するのは大量の大蟲だ。それをセドナ・アウレーリエ(せどな・あうれーりえ)のドラゴンアヴァターラ・ストライクが吹き飛ばす。
 壁を一瞬で吹き飛ばされ、驚いた様子のパワードスーツに肉薄し、和深は切りかかった。
 ブラッディ・デヴァインの構成員はパワードスーツで受け止める。そのままその場に留まらず、後ろに大きく跳んで間合いを取り直した。
「くそっ」
 敵の視界からは、崩れた陣形を続く契約者達が切り開いていくのが見える。統率の取れていない大蟲は、恐れをなして逃げ出すものさえいた。そのうえ、今の一撃を受けた腕に力が入らない。衝撃を殺すなんて余裕はなく、痛みの具合から骨が砕けているのは間違いない。
 絶体絶命、その状況で、しかしパワードスーツの内側で彼は笑みを浮かべた。
「背中ががら空きだ―――ぐぼぇっ!」
 突然の背後からの声に、はっとして和深は振り返りぎょっとした。
 木の上から飛び降りて、一撃を加えようとしたパワードスーツが、ウゲン・タシガンの手刀を喉に受けて絶命していたのだ。だが、すぐにその場にいるウゲンが本物でない事に気づく。
 魔鎧六式オルガナート・グリューエント(おるがなーと・ぐりゅーえんと)が装備した、伊吹 藤乃(いぶき・ふじの)が単に変装していただけであった。
「くすくす……気に食わない……! 気に食わない気に食わない気に食わない……!!!」
 呆然とする和深がやっと口から搾り出した言葉は、「なんで?」だった。
 この呟きは、藤乃には届かなかった。すぐさま彼彼女の目の前で、目を焼くような閃光と共に爆発が起こったからだ。片腕を折られたパワードスーツが、仲間の生存を絶望的と判断し遠隔自爆させたのだ。
 熱と衝撃が開放され、二人と一着を襲う。和深は咄嗟に防御の姿勢をとる。
 爆発が収まった頃には、もう一人のパワードスーツは逃走を果たしていた。爆発の衝撃をうけ、和深は全身に痛みを感じたが、思っていたよりは傷は浅かった。どこか吹き飛んだり、動かなくなったりというのは無い。咄嗟の判断ではあったが、防御が効果を見せたのだ。
 一方、回避も防御もできない間合いにいた藤乃は、その場に両膝をついて立っていた。
「気に食わ……ない!!!」
 そのまま倒れるかと思ったが、強い意志ないし魔装の防御力のおかげか、藤乃は立ち上がった。そして、一歩、二歩、三歩歩いて、前のめり倒れた。
「なんだったんだ、一体……」
 呟いた頃には、セドナがすぐ傍らまでたどり着き、大蟲も大方蹴散らし終わったところだった。大蟲のほとんどは、最初の一撃で逃走していったようだ。
「傷の方はどうだ?」
「なんとか、どっか壊れたりはしてないみたいだね」
 セドナはふむ、と小さく呟いてから、
「救護班を要請しよう」
「そこまで重傷じゃないって」
「さすがに、見捨てるわけにはいかないだろう」
 うつ伏せに倒れた藤乃を見る。3mの異形の鎧を装着した彼女を、何の準備もなく負傷したまま運ぶのは難しいだろう。
「そうだな。そういや、まだ助けてもらったお礼も言ってない」



「蟲どもは頼りにならんのぅ」
 撤退を繰り返しながら、契約者の進軍の時間稼ぎを行う辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)は、いとも容易く崩れていく大蟲の兵隊を見ていう。
 個々の戦闘能力は目を見張るものがあるものの、それだけに連携や群れとしての行動には荒さが目立つ。最たるものは、彼らを束ねるリーダーで、こちらがちゃんと管理しないと勝手に前線に出て勝手に倒される。
「モンスターはモンスターという事ですね。ダンジョンで出会えば強敵にもなるでしょうけど、大群同士では個々のステータスより、どう動かすかの方が重要ですから」
「いちいち解説されんでもわかっとるわい」
 したり顔のファンドラ・ヴァンデス(ふぁんどら・う゛ぁんです)に突っ込みを入れてから、刹那は振り返った。
「ここを撤退したら、もう後がないのう。あやつ、本気じゃろうか」
「本気だと思いますよ。武人としての最後の場所を決めたのでしょう」
「武人? あれがか? わらわにはそんな風には思えんかったがのう」
 二人が迎撃に出る前に、作戦の最後の詰めの会議が行われた。会議とは言っても、その場に居た数人が立ち話をした程度で、五分もかからなかった。
 そこで再確認されたのは、撤退ルートだ。ブラッディ・ディヴァインの隊員は、途中から防衛を大蟲に任せ、ルバートを残して撤退する。その為の撤退ルートや、タイミングなどを最後に詰めたのである。
「つまり、わらわ達は時間を稼ぐだけ稼いだのちに、そのまま離脱するというのじゃな」
「この作戦の通りならば、大蟲と我々を突破した本隊がここにたどり着く事になります。何か策があるのでしょうか?」
 作戦では、この場所から逸れるように動く事になっている。だが、あちらもイノシシというわけではないのだから、いずれここに辿りつくだろう。
 ルバートはこの小さな組織の背骨だ。失われれば、ブラッディ・ディヴァインは立つための支えを失う事になるだろう。残された隊員では、もはや組織としての形も保てるかどうか。きっと不可能に違いない。
「その時は、おしまいだな」
 ルバートは感情を込めずに、二人にそう返した。
「おしまい、って、随分とあっさりと言うもんじゃのぅ」
「そうはならんと考えているだけだ。時間さえ稼げれば、大世界樹も屈服するだろう。そうなってしまえば、そのような事は問題にならん」
「……しかしそれでも、一人では無理もあるでしょう」
 ファンドラは、探るように問う。
「確かに、一人で奴らを殲滅するなどは不可能だろう。だが、ここはどこだ? 大世界樹を中心とする世界樹の森の中だ、圧倒的な地の利があるとは思わんかね? 人一人、この森は簡単に隠し通してみせるだろう」
 時間も押していた事もあり、それからすぐに二人は迎撃の為の布陣についた。それから撤退、迎撃、撤退と繰り返して今ここに居る。
 ルバートの言葉は、間違ってはいないように思えた。この森が理性的に、人一人を隠そうとすれば、もはやどんな手を使っても見つかる事はないだろう。
 だがそれは、ルバートが契約に成功したらという前提あってのものだ。もし間に合わなかったら、たった一人であの壮年の男は何をするつもりなのだろうか。
「撤退の合図です。引きましょう」
「……うむ」
 武人として戦って死ぬという事に、ルバートは栄光や憧れを感じるようには見えなかった。だが、生き残る事に対して消極的なこの作戦と態度は、死地を求めているようにも映った。
「どうするつもりかのぅ」
 この疑問の答えが提示される時はつまり、ブラッディ・ディヴァインが崩壊すると決まった瞬間だ。