空京

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創世の絆第二部 第一回

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創世の絆第二部 第一回

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大世界樹 ルバートとの戦い2


 大蟲による世界樹への攻撃、恐怖と痛みで発狂する森、ここに至るまで多くの光景を堀河 一寿(ほりかわ・かずひさ)は目にしてきた。それらは目を覆いたくなるほど酷いものだったが、しかし、これに比べればそれすらも小さな悪事に思えてしまうほどだった。
「……大世界樹よ!」
 いくつもの世界樹が、なぎ倒されていた。セラフィム・ギフトを用いて、ルバートが行った破壊のあとだ。その広さは、アメリカンフットボールのコートがすっぽりと入る。
 さらに、なぎ倒した世界樹が邪魔にならないようにと、丁寧にそれらは排除されていた。広さを確保するために投げ捨てられた世界樹は、他の世界樹を押し倒し、一体どれだけの世界樹がここで倒されたのか、想像もつかない。
「こんな、こんな非道を許すのか。こんな事をする奴と、契約しようなんて思ってるのか!」
 戦いではなく、遠くに、しかし巨大な大世界樹に向かって、一寿は叫んだ。
「あなたは……あなたは、どうしたい? どのようにありたい?」
 大世界樹に向かって、一寿は一歩一歩と近づいていく。世界を支える巨木は、あまりにも大きすぎて近づいているという感覚は無かった。
 音を伴わず、心に響くざわめきは大世界樹のものではなく、周囲のそして切り倒されてしまった世界樹達の心だろう。ざわめきが、一寿の心をきりきりと痛ませる。
「もしも、あなたが望むのならば、僕をあなたの契約相手に選んで。取るに足りないくだらない存在かもしれないけれど、僕は自分の持てる力をあなたに捧げよう」
 その言葉に、ヴォルフラム・エッシェンバッハ(う゛ぉるふらむ・えっしぇんばっは)はほんの僅かに驚いた表情を見せたが、すぐにそれを潜めた。
 一寿の言葉が本気であると感じ取ったヴァルフラムは、同じように大世界樹へ視線を向けた。
 大世界樹よ、答えは?
 二人に、周囲のざわめきとは別の何かが触れる。大世界樹の意思とも呼ぶべき何かは、すっと近づいたかと思うと、そのまま離れていった。
 気がついた時には、あれほど喧騒に満ちていた森は、しんと静まり返っていた。

「まるで、もう諦めてしまったみたいだ」
 一度触れるように近づいて、離れていった大世界樹の意思に、トマス・ファーニナル(とます・ふぁーになる)の口は、頭で考えるよりも早く言葉を紡いだ。
 言った自分の言葉を聴いて、トマスははっとする。
「諦め……そう言われれば、そうとも感じるものだったわね」
 パートナーとして繋がっているからだろうか、大世界樹に契約の意思を示した時に彼が感じたものと、同じものをミカエラ・ウォーレンシュタット(みかえら・うぉーれんしゅたっと)は感じ取っていた。
 いいよ、いらないよ、必要ないよ―――
 先ほどの触れた大世界樹の意思は、そんな事を言っていたように思う。あくまで、そう感じたというだけで、言葉を聴いたわけではない。
「……どうしてだろう」
 トマスはもう感じなくなった大世界樹の意思に、疑問を持つ。
 もとより、契約の申し出は自分が力を得るためなんかではない。この世界樹の森の危機と、ルバートの契約の目を摘むための、言うならば急場凌ぎとして、自分を提供しようという気持ちからおこったものだ。
 世界を支えるほどの存在である大世界樹と、自分が果たして釣り合うかなんて問いの答えを持っているわけではない。だから、最悪この行動が自分に致命的な問題を残す、あるいは命を代償にする事になっても、感受する覚悟は決めていた。
「僕だと、役不足だったのかな。ううん、違うよ、きっと……大世界樹は、契約者なんて必要としてないんだ」
 大世界樹との触れ合いはほんの僅かだったから、自分の言葉がどれほど真実に近づいているかはわからない。だが、その答えにはよくわからない自信があった。
「契約者がいらないというのは、この状況も大世界樹にとっては些事でしかないということなの?」
「それはわからないけど……もしかしたら、いや、ううん、なんでもない」
「……?」
 もしかしたら、大世界樹はもう滅んでしまう事を受け入れているのかもしれない。そうでかかった言葉を、トマスはそんなわけはない、と飲み込んだ。
 トマスは一人、首を振って悪い想像を追い出す。
 世界が滅びる事を受け入れているのであれば、ルバートとの契約は大世界樹にとって、むしろ喜ばしいものなのではないか。
「どうしたの?」
 ミカエラの言葉に曖昧に頷いてから、
「ルバートは、ブラッディ・ディヴァインがどうなったか、早くみんなと合流しよう」
 そう返した。
 ミカエラは突然そんな事を言い出したトマスに少し疑問を持ったが、「ええ」とだけ頷いて行動を開始した。



「もう、諦めたらどうかな?」
 瀕死のルバートの正面に立って、甲斐 英虎(かい・ひでとら)はそう声をかけた。
 立っているだけでも無理をしているようにしか見えないルバートに、もはや脅威は感じない。しかも、自分達のリーダーがここまで追い詰められているというのに、ここまでちらほらと姿を見せていらブラッディ・ディヴァインの面々は、すっかり見えなくなってしまっていた。
「……なんで、あなたは自分が大世界樹と契約できると思っているのかな。何かしら理由があるんだろ」
 ルバートは、杖にしていた槍を引き抜き、英虎に向かって投げつけた。パワードスーツによる身体強化も失われ、英虎に届く前に地面に突き刺さった。
「パラミタにおいても言える事ですが、世界樹と契約を行うと言う事はある種特別な存在しか出来ない事ですわ」
 漆黒の ドレス(しっこくの・どれす)をふわりとはためかせながら、槍のすぐ傍らに、中願寺 綾瀬(ちゅうがんじ・あやせ)が着地する。ゆっくりと槍を引き抜き、持ち主へと差し出した。
「それを行おうとしているルパード様は、もしかして……ニルヴァーナ人の末裔なのではないでしょうか?」
 綾瀬の言葉に、ルバートは大きく頭を振ったあと、真っ直ぐ立とうとして、バランスを崩して後退し、背中を地面から突き出た大世界樹にぶつけて止まった。
「そろそろ……本当のルパード様を観せては頂けないでしょうか?」
 肩で呼吸を繰り返していたルバートは、震える手でフルフェイスヘルメットに手をかけ、外した。今の彼にはそれも相当重いものだったのか、手からこぼれるようにしてヘルメットは落ちる。
 あらわになったルバートの顔に、苦痛や焦燥といった、その大きな負傷や、一人敵に囲まれている状況に見合ったものではなく、静かに笑みを湛えている。
「そして、インテグラルの力を恐れて協力をしているのでしたら、今後は共に闘い、自由を掴み取りませんか?」
「なるほど、面白い推理だ。だが、残念な事に私は生粋の地球人でね。この老いぼれの木と契約するのに、何かしら理由や、条件があるとしても、恐らくは対象外だろうな」
「だったら、なんでこんな酷いことをしたのでしょうか?」
 甲斐 ユキノ(かい・ゆきの)がルバートを睨むが、少し腰が引けていた。
「恩返し、古き友との盟約、受けた行為に対する謝礼。なぁ、五千年前の一人の人間の血は、今の世にどれだけ広がっていると思うか?」
「一体、何を……」
 ユキノの言葉を英虎はそっと手を出して留めた。
「私一人の手では、全てを網羅したとはとても思えんのだ。くっくっく」
「仰る言葉の真意がわかりませんね、もう少しわかりやすく話していただけないでしょうか?」
 綾瀬の顔を見たルバートは、肩で繰り返していた呼吸を一度止め、大きく息を吐き出した。
「……よかろう。傷を癒す間の時間稼ぎぐらいはさせてもらうとしようか」