空京

校長室

創世の絆第二部 第一回

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創世の絆第二部 第一回

リアクション



大世界樹 黒いパワードスーツ


「えーと、あったったこっちですね」
 自分でつけた目印を見つけた神楽坂 紫翠(かぐらざか・しすい)は、振り返って手招きをする。呼ばれた硯 爽麻(すずり・そうま)はそのあとについて歩く。
「このまま行けば、外に出れるんだよね?」
「ええ、しかしこんな場所までどうやって迷い込んだんですか?」
 爽麻は首を傾げた。どうやって大世界樹の内部にやってきたかをちゃんと覚えているのなら、迷うわけがない。ルバートを追っている仲間と一緒に居たはずなのだが、気がついたら大世界樹の中に居たのだ。
「何か、聞こえるな」
「群れから逸れた大蟲か……数も多く無いな」
 鑑 鏨(かがみ・たがね)シェイド・ヴェルダ(しぇいど・るだ)が、曲がり角から通路の奥を覗き込んで敵を確認する。大蟲が二匹、どちらもまだこちらに気づいていない。
「順路はあっちですね……倒しますか」
 紫翠の言葉に、三人は頷いて身構える。タイミングを計って、できれば一撃で片付けたい。
 慎重に様子を探っていた四人に、突然悪寒が走った。何事かとすぐ近くの仲間と目を合わせるが、誰も何もわからない。
 大蟲達も、同じものを感じ取ったらしく、落ち着きなく周囲に首をめぐらしている。そのうちの一匹が、悲鳴のような声をあげた。
 崩れ落ちる大蟲。その頭は無くなってしまっていた。大蟲の頭があった辺りには、壁から突き出る黒い腕。握り締められたその拳から、得体の知れない液体がボタボタと落ちていた。
「……っ」
 四人は息を呑んで様子を伺う。一方、生き残った大蟲は、その腕に向かって飛び掛った。大蟲が腕に触れる前に、壁を突き破って腕の持ち主が姿を現す。
 その姿に見覚えがある者は多いだろう。パワードスーツだ。それも、漆黒のもの、ブラッディ・ディヴァインが好んで利用する、黒いパワードスーツのそれだ。
「あれ……?」
 爽麻は小さく声を出した。
 確かにあれは、ブラッディ・ディヴァインのパワードスーツによく似ているが、しかし何かが違う。どこがとはっきりわからないのは、記憶力の問題だろうか。
 飛び掛った大蟲は、現れた黒い敵に対し、とび蹴りを放った。胸板の辺りに直撃する。だが、パワードスーツはびくともせず、離れていく足を掴み取ると、天井に向かって大蟲をたたきつけた。風船のように、大蟲は弾けて死んだ。
 その場で、パワードスーツは左右をゆっくりと確認する。シェイド達は通路に身を隠し、息を潜めてこれをやり過ごした。それで周囲の警戒を十分と見たのか、パワードスーツは現れた時と同じように、壁を突き破ってまっすぐに外に向かって進み始めた。
 木が軋み、割れる音がどんどん遠ざかっていく。
 やがてそれが聞こえなくなると、合わせたように深い息を吐いた。
「なんだったんだ、あれは?」
「ブラッディ・ディヴァインのパワードスーツに見えたが、あんな大きいのいただろうか?」
 普通のパワードスーツより、その姿は一回りは大きかった。今まで、そのようなものは確認されていない。
「それに、背中の突起物も気になりますね。新型でしょうか」
「あ、外だ」
 パワードスーツの突き破った道を見ると、明るい光が差し込んでいた。
「ひとまず、迷わずには済みそうですね」



「今更、新手かよ」
 大蟲の残党を片付けていたマーリン・アンブロジウス(まーりん・あんぶろじうす)は、救援の連絡を受けていた。その大蟲は放っておくと世界樹を傷つけるので、撤退させただけでは終われない。
 追撃を繰り返しているうちに、随分と遠くまで離れてしまったため、この救援の要請は寝耳に水というか、正直自分達でなんとかしろよ、とか言いたい気持ちになった。
「文句はやめなさい。急ぎましょう」
「わかってるよ」
 愚痴は愚痴だ。仲間が困ってるのなら助けるのが当然。ただほんのちょっとめんどくさっただけだ。沢渡 真言(さわたり・まこと)に言われなくても、全速で救援のあった地点まで移動する。
 そうしてたどり着いた、世界樹が無造作に切り倒された広い場所、は二人と二人と一緒に戻ってきた部隊の想像を超えた状況になっていた。
「うそ、ですよね」
 広場の中央に、黒いパワードスーツが一体。いや、あれはここで何度も見たブラッディ・ディヴァインのパワードスーツとは違っていた。
 一回りは大きい姿もそうだが、黒いパワードスーツに入っている赤いラインが、まるで脈打つように動いている。さらに、本来はただのヘルメットである頭部の一部が、口のように開いており、その奥には赤い舌が覗いていた。人の顔が、あの内部にあるとは思えず、その口も牙を持っていて、蛇の口のように見えた。
 そして、その背中には三対の翼があった。いや、羽ではなく、羽の骨格だ。鳥類の骨格標本のように、風を受ける部分はなく、骨格だけが三対背中に備わっている。
 ブラッディ・ディヴァインのパワードスーツに良く似た、新手のモンスターだろうか。
 しかし、思わず真言が言葉を漏らしたのは、その禍々しいモンスターではなく、その周囲に倒れる仲間達の姿だ。ルバートを追い詰め、ここに終結した腕に覚えのある契約者の誰一人として、満足に立っている人が居ないのだ。
 ここからでは、地面に伏した彼らが生きているのか死んでいるのかもわからない。
「待ちなさい」
 仲間を助けるために、モンスターに近づこうとした真言を静止する言葉。振り返ると、そこに居たのは毒島 大佐(ぶすじま・たいさ)だった。
「下手に近づいたら、あそこで倒れてるのとおんなじ目にあうだけ……あれは、危険だよ」
 時折咳き込みながら、大佐は真言にそう伝えた。彼女は世界樹の切り株に背中を預けていた。どうやら満足に動けないらしい。その膝の上には、プリムローズ・アレックス(ぷりむろーず・あれっくす)がうつ伏せに寝込んでいた。こちらは、意識が無いようだ。
「おい、あれは一体何なんだ?」
「さぁ……なんてな。想像はついてる。あれは、ルバートだろうな」
「あれがですか。でも、いくらなんでも」
「そうだぜ、あれじゃまるで……」
「インテグラルのようだ。かな。私もそう思う」
 パワードスーツにも見えるモンスターの気配は、インテグラルのそれによく似ていた。暴風のように溢れる闘気は、未熟な者であれば足をすくませてしまうだろう。
「本当は、奴の目を眩ませて、腕ごとギフトを回収するもりだったのだがな、仕方ない」
 使うタイミングを逸していたシリンダーボムと信号弾叩を取り出し、二人に差し出した。
「ここからだと射程ギリギリだが、突入のタイミングでグラビティコントロールで足止めする……頭数も揃ったな」
 真言の他に、救援で呼ばれた仲間が姿を現した。これだけいれば、倒れた仲間を全員回収するのも可能だろう。
「あいつは、私の二十倍の速度に難なくついてきた、いや、軽く上回ったと言うべきだろうな。魔法も効果があるかどうかは半信半疑だ。とにかく、倒れてるのの回収を優先した方がいい。何を考えているのかはわからないが、あいつはあそこから動こうとしない」
 大佐は、あのモンスターとの戦いの一部始終を見ていた。だからわかる、あの場所を中心に縄張りのような意識を持ち、近づいた敵だけを攻撃してくるのだ。
 大佐がそう判断できるだけ戦闘を見ていられたのは、気を失っているプリムローズのおかげだ。彼女が咄嗟に庇ってくれなければ、ほかの面子と同じように、何もできずに倒れていただろう。
 とはいえ、まともに動けそうにないと自覚できる程度には、ダメージは深い。救援を呼ぶのが、それから大佐にできた限界だ。
「撤退ですか」
 真言が出した言葉は、予想以上に重く感じた。
 突入隊からの連絡はまだなく、作戦の成否はまだわからない。
「どっちにしろ、みんなを放っておいていい理由はねぇ。いいな、やるぞ」
 マーリンが自分のためにも声を出す。
 その言葉に、誰もが頷いた。



 他に何人か、足止めに使えそうな魔法の心得がある物をかき集めて、仲間の回収の準備を整えた。大佐の言葉通り、新たなインテグラルと思しき敵は、その場からほとんど動かない。
「3……2……1……始め!」
 ギュンター・ビュッヘル(ぎゅんたー・びゅっへる)の声に合わせて、閃光弾と発煙筒が投げ込まれる。さらに、魔法による足止めをしかけた。
 こちらの敵意に気づいたのか、黒いのは雄たけびをあげた。音が空気の振動である事を思い起こさせるほどの、強烈な雄たけびに、突撃の勇気を挫かれそうになる。
「うおお! 俺様強い強い強い強い超つよーい!」
 恐怖なんてなんのその、メルキアデス・ベルティ(めるきあです・べるてぃ)は煙幕の中に飛び込んでいく。その底抜けの無鉄砲さに、一度は心が折れかけた者も続いた。
「回復の準備はばっちりよ。最悪、攻撃受けて吹き飛んでもどってきなさい」
 本気なのかわからないフレイア・ヴァナディーズ(ふれいあ・ぶぁなでぃーず)の声援を後ろに受けて、仲間の回収部隊は突貫した。
 間もなく、煙幕の中からぞくぞくと人が飛び出してくる。それぞれ思い思いに倒れた仲間を運んでいる。お姫様だっこされた筋肉質の男や、米俵のように担がれたゆる族など、なんというかカオスだった。
 煙から飛び出してきた茅野 菫(ちの・すみれ)パビェーダ・フィヴラーリ(ぱびぇーだ・ふぃぶらーり)は、それぞれ抱えていた仲間を救護班にパスすると、その場に座り込んだ。
「なにあれ、プレッシャーがやばすぎる」
 あの煙幕に飛び込んだ者なら、菫の言葉におおいに頷くだろう。視界のほとんど利かない中で、敵がどこに居るのかはっきりわかるのだ。視線と敵意が、あの煙幕の中を渦巻いている。
「けど……なんなの、あれ。もしかして、ルバートが大世界樹と契約して……」
「違う」
 パビェータの不安を、菫は一息で切り裂いた。
「わかるよ。あそこに大世界樹はいない。あたしの言葉を聞いてた大世界樹は、あんなのとぜんぜん違う」
 なんだかかなりやばそうな救援要請が来るまで、菫は大世界樹に契約を迫っていた。本人以外から見れば、暖簾を腕で押すような不毛な行動に見えただろうが、心の交流は、それが不確かで曖昧なものであったとしても、確かにそこにあったのだ。
「断言できるよ、あれは違う。絶対に」
「そう、だよね。あんなのが、大世界樹の意思なんかじゃないわよね」
 煙幕の持続時間は長くなく、煙はあっという間に晴れていった。
 倒れていた仲間は、突入前に誰が誰を助けるかまで事細かに決めてあったから、取りこぼしは無い。ただ黒いモンスターだけが、煙の中央に立っている。はずだった。
「こんな時に、増援……」
 サミュエル・ユンク(さみゅえる・ゆんく)がうめく。
 煙の対岸、そこには無数の大蟲が大挙してこちらに向かって来ていた。その数は、四十か五十はぱっと見ただけで確認できる。
 この大蟲は、ルバートが大世界樹を脅すために隠しておいた予備の戦力だ。既に撤退を行っているブラッディ・ディヴァインが、ルバートの撤退の助けになればとよこしたものである。
 こうしてタイミングを逃してやってきた事が、彼らが戦略的な地点ではなく、大世界樹を脅すためだけに見つからないように配置されていたかの証拠であった。
「最悪なタイミングだが、無視するわけにもいかないか」