空京

校長室

創世の絆第二部 第一回

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創世の絆第二部 第一回

リアクション

 視界が黒く遮られていく。セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)は『小型飛空艇ヘリファルテ』の速度を落としてから、パイロットサングラスに付着した黒砂を指で拭った。
 北を目指した一行が「黒い砂の降る一帯」に差し掛かってから数刻。風も強まり、砂はより一層強く額に当たってくる。
「これ以上は危険かしら」
 視界は悪くなる一方だ。本隊に先行して斥候任務を行ってきたが、ここらで引き返すのが吉かもしれない。
 上空の様子をパートナーのセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)に伝えた。彼女は『軍用バイク』で斥候任務についている。
「そう。ちょうど良いわ、こっちも手詰まりみたいだから」
「手詰まり?」
 言葉の意味は合流してすぐに分かった。進行方向のその先に砂丘地帯が広がっていたのだ。これ以上、バイクで進むのは不可能だ。
「こんな……空から見ていたはずなのに……」
「砂のせいでしょ? あなたに落ち度は無いわ」
 長曽禰 広明(ながそね・ひろあき)の判断は「その場で待機」。砂丘手前で本隊と合流、そこにベースキャンプを設けるという。
 『準備不足のまま、遠方に探査宇野手を伸ばすのは危険ですわ』シャレン・ヴィッツメッサー(しゃれん・う゛ぃっつめっさー)はこれに「ベースキャンプの設営は自分たちが行います」と加えて長曽禰に進言した。陽も傾き始めた事だし今日はここまでにしよう、と長曽禰が応えた事で、この地にベースキャンプを設置することとなったようだ。
「ならば今のうちに車両や装備品の整備を済ませるとしよう」
 志を同じに持つアルフレート・ブッセ(あるふれーと・ぶっせ)が乗り物や各種機器の整備と修理、またアフィーナ・エリノス(あふぃーな・えりのす)は周辺の自然や気候風土の分析を行うという。明日に向けての調整はもちろんだが、「黒い砂」が車両やイコンに悪影響を与えてないかどうかも調べておく必要がある。
「では私も周辺のパトロールに行って参ります」
 ヘルムート・マーゼンシュタット(へるむーと・まーぜんしゅたっと)のこの発言にシャレンは少し泣きそうになった。「あらあら。あなたも手伝ってはくれませんの?」
「『ベースキャンプの設営は自分たちが』―――」
「たっ……確かに言いましたけど、でもっ―――」
「分かっています、冗談です。『自分たち』ですものね、私も手伝いますよ」
ヘルムート……」
 弄ばれた感は否めないが、とにかくシャレンはベースキャンプの設置作業を開始した。それを手伝う者、今日一日の疲れを癒す者、食事をとる者など様々だが、陽が沈みきる前に周辺の探索を行いたいとする者たちも居た。

 エッツィオ・ドラクロア(えっつぃお・どらくろあ)は探索の為にイコン多脚機動戦車シュティーアGTKを出すなど、かなり気合いが入っているようだ。
「まぁなんだ……勢いで乗り込んだのは良いが……」
 荷台でサミュエル・ウィザーズ(さみゅえる・うぃざーず)がポツリと言う。「この車両は点検とか整備とかはしなくて良いのか?」
 先程のアルフレートの発言を遠目に聞いていたようで。この車両にだって「黒い砂」の影響が出ないとも限らないのではと思ったのだが―――
「何を言う!」とディーン・ロングストリート(でぃーん・ろんぐすとりーと)が一蹴した。
「俺たちの拠点がこんな砂ごときでバカになったりするものか!」
「それは……あくまで希望的観点に過ぎないんじゃ―――」
「何より「エリアマップ」の作成と「観測所」の建設可能地を見つけるという目的の為にも! 俺たちは立ち止まる訳にはいかないのだ! そうなのだっ!!」
 ディーンは高らかに、そして力強く宣言した。
 装備開発実験隊の隊長として! 3人も部下の命を預かる者として! 情熱の限りに熱く! 思いの丈を熱く語った―――
「あつい……」
 隊のもう一人のメンバー、これまで口を閉ざしていたエデッサ・ド・サヴォイア(えでっさ・どさぼいあ)が堪えきれずに叫ぶ!
「あーもう! 暑い暑い暑い暑いー!! どうして冷房が効かないでありますかー!」
 答えは簡単、エアコンの故障である。
「落ち着くのだ! バナナが無いからといって取り乱してはならん! 自分を見失ってはならんぞっ!!」
「もう限界ですっ! 乙女の危機でありますよー!」
 自分たちの車両だろうに。修理が間に合わなかったという事だが、激しく自業自得だ。
 文句一つ言わないエッツィオの運転で、一行はベースキャンプ周辺を回りながらにマップの作成を行っていった。

 わいわい騒ぎながらに周辺調査を行っているのはエッツィオたちだけではない。
「まだ見ぬ遺跡、碑文、文書類が俺たちを待っている。つくづく我々学者とは未踏の地域があれば調査せずにはいられない生き物なのだなぁ」
 いや……犬養 進一(いぬかい・しんいち)本人はあくまで真面目に調査を行いたいようなのだが、
「調査のお供にクイズは如何かなっ?」古風な探検家の衣装を着たトゥトゥ・アンクアメン(とぅとぅ・あんくあめん)が司会者気取りで、
「正解者にはこの「スーパーファラオくん人形」を下賜するぞ」
「いや……っていうかそれ……まさか……」
「それでは第一問、世界不思議発け―――」
「やっぱりかぃ!! 言わせないぞ! 言わせたら終わりだっ!! それにその人形! そこは「スーパーシンイチくん人形」だろ!」
「えっ? 語呂悪くない?」
「なっ! …………わ、悪くないだろう」
「………………」
「………………」
「………………本当に?」
「………………………………畜生!!」
 根負けした。進一は至って真面目に調査をしたいようだったが、遂には最後まで締まらない雰囲気のまま調査する羽目になったという。

 周辺の探索を人一倍積極的に行っているのは誰かと訊かれれば、やはりルシアだろう。もっとも彼女の場合は「探索」というよりは「捜索」であるのだが。
「調査隊がインテグラルによって殲滅させられた、そうですね」
 ルシアの頭上からレイカ・スオウ(れいか・すおう)が声をかけた。彼女は『空飛ぶ箒ミラン』に腰掛けたままに言葉を続ける。
リファニーリファニー・ウィンポリア)さんが熾天使の力で応戦しても簡単に破れてしまったと聞きましたが……本当ですか?」
「何が言いたいの?」
「敵の手に落ちてしまったのかもしれませんね。だとしたら一刻も早く助け出さなくては」
「………………」
「何です? 彼女を救いたいと思っているのは、あなただけではないのですよ?」
「そう。それは心強いわ」
 まったくどうして素直に言えないのか。やりとりを聞いていたカガミ・ツヅリ(かがみ・つづり)レイカの背後で嘆息した。何かと気にかけていたリファニーが居なくなったのだからレイカが必死になるのも分かるのだが……。
 『ディテクトエビル』や『見鬼』で周囲を警戒する事に加えて、二人が焦って無理な行動をしないように目をかけておくこともカガミの役目となりそうだ。

 ピピピッ。
 その音に気付いて夏來 香菜(なつき・かな)が顔を振る。カメラを向けていた杜守 柚(ともり・ゆず)が、イタズラな顔で出迎えた。
「悩む美女の横顔、いただきました♪」
「ちょっ………………誰が美女よ」
 思いの外うれしそうだった。「世辞だとなぜに気付かない」なんて言った{SNL9998689#キロス・コンモドゥス}が腹にボディブローを入れられていたが、それらはもちろん軽くガードされていて、それでも香菜はガシガシと小突いて、それも防がれるから更に〜なんてやりとりが何度か何度も繰り返されていた。
「ほんとに仲が良いねー、羨ましい限りだよ」
 杜守 三月(ともり・みつき)が茶化すと「どこが?!!」「誰がだ!」なんて答えが揃って返ってきた。
「ほぅら、タイミングばっちり。あ、そうだ、一緒に探索に行くんでしょ? もういっそ手を繋いで行ったら良いんじゃないかな。その方が迷わないで済むし」
 いつも勝手に単独行動をするキロスを牽制する意味もあったのだが、どうにも逆効果だったようで、
「冗談じゃねぇ、誰がこんな絶壁女と手なんか繋ぐか」
「絶壁?!! そ、そんな訳ないでしょっ! そんな無い訳じゃないわよ! むしろ有るわよ、なだらかなだけよっ!!」
 もはや有るのか無いのかちっとも分からないが、とにかく二人は背を向けて……どうやら別行動を取るらしい。
「あれ? これ、どっちに付くべき?」三月が訊ねる。からかうのが目的じゃなくて、もともとは二人を護衛しようと考えていたのだ。その対象が離れてしまうとなると、どちらについていくべきか、という問題が浮上してくるのだが、
「……キロスくんに護衛要る?」
「……要らないね」
「でしょう?」
 浮上したものの、一瞬で泡と化して消え去った。護衛対象は香菜に決まり。二人は急いで彼女を追った。

「香〜菜ちゃん♪」
 本当に僅かな時だったが、香菜が一人になった瞬間を響 未来(ひびき・みらい)は逃さず抱きついた。
「一人で行くなら一緒に行こ♪」
 言っているうちに三月が追いついたので、正確には一人ではないのだが、そんな事はおかまいなし、未来は腕組みをして香菜に引っ付いた。
「探索に行くんでしょ? 行こう行こう、この際だから色々探していこう」
「色々?」
「そうよ〜、そうね〜、うん、例えば! 恋の探索やお洒落の探索! 金銀財宝よりも欲しいのは煌びやかなアクセサリーと指輪なんだよ!」
「………………」
「……あら? 香菜ちゃんどうしたの? ……もしかして怒ってる?」
「………………」
「あれ? 怒ってる? 怒っちゃってるの?」
 ツンとしている。デレは無し。未来も真剣なことは真剣なのだが、いかんせんベクトルが違うようで……。
「不憫やなぁ」
 探索に真面目なんだよ、と言って取り出したのがダウジングキットとは……。日下部 社(くさかべ・やしろ)から見ても未来の空回りっぷりは不憫でならなかった。
「さぁて、俺はキロスんとこにでも行こかな」
 お互いパートナーをとられた者同士、仲良く猥談でもしよか、なんて思いながら道を引き返していった。

「約束を果たすには絶好の機会ですね」
 テレサ・カーライル(てれさ・かーらいる)の姿を見るや否や、キロスは「げっ……」と顔を歪ませた。
「何です? その顔は。変わらず失礼な方ですね」
「面と向かって言ってくるオマエも大概だけどな」
「そうですわね。配慮を欠いた発言だったことをお詫びいたしますわ」
「けっ、心にも無いことを」
 めんどくさそうにため息を吐いて「で? 何の用だ? オマエと居てもテンション上がらねぇんだが」
「私ではありませんよ」
 テレサに手を引かれてマリカ・ヘーシンク(まりか・へーしんく)が前に出された。顔を背けているのは頬の赤らみを悟られないためだろうか。
「デートの約束をしましたよね? マリカと二人でお出かけすると」
「それは……」
「男に二言はありませんわよね?」
「………………」
 二人きりにされてしまった。
 どうしたらいいものやら。視線も合わさないまま、言葉も無いままに二人は自然と歩き出していた。
「……お弁当は作ってきたわ」
「ほぉ……いま、食うか」
「今……? ……じゃない気がする」
「じゃあ言うんじゃねぇ」
「そういう事じゃないでしょ」
 何ともぎこちない。枯れ木の森での初デートは最後まで手探り合いが抜けなかったようだ。

 一方こちらは上空。
「こうも草木が枯れてちゃ、大して期待は出来ねぇかもな」
 ドンナーシュラークを一旦下降させて瓜生 コウ(うりゅう・こう)が呟いた。機動力を生かして探索を進めるつもりだったが、「枯れ木の森」はどこもかしこも枯れ木ばかり。薬草はおろか、雑草だって見当たらない。
「希望を放棄するにはまだ早いです」
 レイヴン・ラプンツェル(れいぶん・らぷんつぇる)が言う。ちなみに魔鎧である彼女は防具としてコウに纏われていた。
「枯れ木があるじゃありませんか」
「枯れ木しか無いんだろ」
「いいえ、この出会いを無駄にしないためにも、あれらの枯れ木を調べるべきです。幹の中に新種の種や薬草があるかもしれませんよ?」
「木の中から? かぐや姫じゃあるまいし」
「ここはニルヴァーナ、未開の地ですよ。何が起こっても不思議ではありません」
「いや……不思議現象は不思議現象だろ」
 イコンを更に降下させてゆく。もちろん枯れ木を調べるためだ。「黒い砂」が降り積もるこの地において植物たちは一体どのような生態を成しているのだろうか。
 時間の許す限り、二人は枯れ木の調査を行い、そして見事枯れ木の中から蒼色のハーブを発見したのだった。