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リアクション
大世界樹 ルバートとの戦い3
遠い昔、ルバートの祖先はある人物に出会った。
その人物の名は、いくつもの代を重ねるうちに失伝したが、いくつもの不思議な術を操る魔法使いであったという。今にして思えば、それはかつて地球と繋がったというシャンバラの住民であったと考えるのが妥当だろう。
彼は祖先に、これから起こる最悪とそれに対処する方法、そしていくつかの奇跡の技を授けた。名前を忘れられた人物は、古き友と呼ばれ、その教えと技を持って一族は繁栄し続けた。
ただし、古き友は好意だけで一族に接したのではなく、知恵と力を差し出す代わりに、一つの盟約を結んだ。
遠き未来に空に大地が浮かぶ時、誰よりも早く空の大地に向かうべし。さすれば、再び我が声を聞くだろう。
「だが、私は盟約を果たさなかった」
ルバートの目は、既に焦点があっておらず、白くにごり始めていた。それでも淀みなく彼は続ける。
「どこまでが偶然であったかはわからぬが、不幸が起きた。一つではなく、いくつも、いくつもだ」
ルバートの年老いていた両親が強盗に襲われ、殺された。親戚は不審火で一家揃って灰となった。それらがルバートの中で、古き友の残した呪いであるという考えに至った時には、何もかもが遅かった。
休日に妻と息子を車に乗せ、ほんの少しのドライブにでかけたさいに事故が起きた。いくつもの車が絡む大きな事故で、ルバートの車は紙細工のように潰れた。トラックの下敷きになったのだ。一緒に同乗していた妻と息子は原型を留めておらず、彼だけがかすり傷一つ負うことなく生き残った。
古き友の残した呪いを自覚したルバートは、約束を果たすためにシャンバラに渡った。古き友は、遅れた彼を叱咤することなく、優しく出迎えた。それからは従順に声に従い、組織を作り寺院を隠れ蓑にして独自の勢力を作り上げた。
ブラッディ・ディヴァインはそうして誕生した。この時、ルバートですらこの組織の存在理由を把握していなかった。古き友のために作られたこの勢力は、その存在理由から―――古き友の助言もあって、ルバートの遠縁の血縁者などを中心に構成された。
全てを知ったのは、ニルヴァーナの大地に降り立ち、三度古き友の声と再開したその時だ。
「かつて、我が一族は古き友と出会った。詳しくはわからん、当時はまともな情報媒体は口伝しかなかったからな、仔細は抜け落ちている。それが記録に残されたのは、それからしばらく後のものだ。それによれば、我々は僅かな魔法の力と、先に起こるであろう混乱や戦乱などについて、様々な知識を得たそうだ」
「魔法の力……」
「今でこそ、それがパラミタの者であったと推測ぐらいはできるな……。おかげで、我が一族の歴史は古い。欧州の王朝や国家とは比べ物にならんほどにな。だが、古き友は無償で恩恵を与えたわけではない。対価を求めた。当然の話だ」
「それが、今あんたがやってる事か!」
英虎が吼える。
「そうだ……。安いものだろう?」
「しかし、自分の意思でないというのなら、なお更こんな事をするべきではないと考えはしなかったのでしょうか? 世界樹の森を荒らして、大世界樹に契約を迫るなんて」
「安心したまえお嬢さん。もとより私に拒否権など無いのだよ、古き友は恩恵と共にこの血に呪いを与えた。呪いは今も私の身体を蝕んでいる。多くを巻き込んで死ぬか、多くを道連れにするか、私の選べる選択はそのどちらかしかないのでね」
「呪いで従わせられているというのでしたら、なおさら自由を得るために行動したらいかがでしょうか?」
綾瀬の言葉に、くっくっく、と笑いを返すルバート。
「我が一族には、数千年に及ぶ恩義があるのだ。私個人の一存で、その恩義に背くのは、すなわち一族そのものに背く事にもなる。それにな……今更、どうでもよいのだ」
ルバートは契約者達から視線を外し、僅かに空を見た。世界樹の葉が、風に吹かれて音を立てている。
「あぁ……もう十分だろう。古き友との盟約に従い、世界を崩壊させる。それが私の役割であり、君達が私を殺さねばならない理由だ。かかってこないと言うのであれば、こちらから……ぬぅっ!」
もはやまとに踏み出せていない彼の足が地面に着く前に、誰もが想像もしていなかった事態が発生した。
ルバートが背中を預けていた大世界樹の根が、まるで口のように開き、伸びた根がルバートの体のあちこちに絡みついたかと思うと、その体を飲み込んだのだ。
脈打つようにして、飲み込まれたルバートの体が運ばれ、大世界樹に向かっていく。
唐突なこの光景を、誰もが唖然としながら、呆然と見つめることしかできなかった。
「ちくしょう、逃げる気か! こらぁ!」
「ストップ! 兄さん」
ブラッディ・ディヴァインの黒いパワードスーツを負って飛び出そうとした原田 左之助(はらだ・さのすけ)を、強い口調で椎名 真(しいな・まこと)が止める。
「ちっ。おいおい、いいのかよ、あいつらに逃げられちまうぜ?」
そう言ってる間にも、黒いパワードスーツの姿は見えなくなった。
「仲間からかなり離れてる。これ以上離れたら、俺達が迷子になっちゃうよ」
逃げるブラッディ・ディヴァインと大蟲を追いながら、二人を含む一隊はかなり奥地まで足を進めていた。
「あんまり気分はよくないけど、ここだったら大蟲の亡骸を辿ればまだ戻れるはず」
彼らの足跡は深い森では探すのは難しいが、途中途中で蹴散らした大蟲の亡骸はすぐに見つける事ができる。ほとんどの大蟲は、ブラッディ・ディヴァインの連中が自分達の逃げる時間を稼ぐために迎撃に使われたのだ。
なんとも気色悪いグレーテルのパン屑だが、意思を持って姿を変える世界樹の森の中で、動かない目印の価値は大きい。
「それに、ルバートはラルクさん達が抑えてるんだ。もう数えるほどしか残ってないブラッディ・ディヴァインが」
「頭を潰されたら、もう再起は不能ってわけだな。確かに、もうあんな少ねぇんじゃ脅威にもなりゃしねーだろうか。っても、見逃すっても癪だぜ」
「確証はないけどね。とにかく、一度戻ろう。みんながどうなってるかも気になるし」
最後に確認した時は、ルバートは一人で仲間の姿は無かったはずだ。いくら何でも、たった一人を相手に遅れを取るとは思えない。
きっとうまくいっている。そう信じていたのは、何も二人だけではなく、ここまで一緒に行動してきた十人程の仲間も同じだ。
「え?」
真の口から、思わず声が漏れた。背筋を凍らすような悪寒が、彼を通り抜けていったのだ。それは一人だけの錯覚ではなく、左之助は用心深く周囲を見渡しており、他の隊員も、不安そうな様子を見せている。
「みんな、迎撃体勢を」
先ほど逃走したブラッディ・ディヴァインが戻ってきた可能性を考慮し、防衛体制を取って様子を伺ったが、彼らの隊には一向に何も起きなかった。
「兄さん」
「戻るろうぜ。ここじゃねぇって事は、あとあるとしたら、一つぐらいか思い浮かばねぇ」