空京

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創世の絆第二部 第一回

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創世の絆第二部 第一回

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大世界樹 ルバートとの戦い1


「あれは……」
 叶 白竜(よう・ぱいろん)がその姿を確認したのは、大蟲の群れをあらかた片付けて、部隊と共に移動を開始する直前だった。
 金属のぶつかりあうような、耳障りな音を伴って現れた巨大な姿は、幾度か目撃され、幾度が剣を交えたセラフィム・ギフトにほかならなかった。
 六枚の羽を持つ機械の天使は、自身と同じ金色の槍を体の後ろに回す。
「みんな、伏せて!」
 白竜の言葉のすぐあとに、猛烈な突風が吹き荒れた。続いて、次々と世界樹が倒れていく。
「無茶苦茶だ」
 伏せた顔を持ち上げた世 羅儀(せい・らぎ)はそう口にした。
 彼らの視界に広がっていた世界樹は、先ほどの一撃でまとめて倒されていた。いくつもの振動が、断続的に響く。その轟音は、世界樹達の断末魔だ。
「急ぎましょう」
 セラフィム・ギフトが動きだしたという事は、ルバートが動いたという事だ。これ以上の横暴を阻止するためにも、全速力で彼らは駆け出した。

「かくれんぼは終わりかね?」
 ルバートは、調子を確かめるように自身の腕に取り付けた金色の腕輪に手をあてながら、そう尋ねた。
 彼の視線の先には、ブラッディ・ディヴァインを倒すためにとここまでやってきた契約者達の姿があった。だが、先ほどの一撃によってその多くは身動きすらとれない状態にあった。
 その中に、黒革のライダースーツ状の魔装ビリー・ザ・デスパレート(びりー・ざですぱれーと)を装備した狩生 乱世(かりゅう・らんぜ)の姿もあった。二人は先ほどの槍でのなぎ払いと、それによって倒れた世界樹達の被害を幸運にも受けずに立っていた。
「これでお互い、少しは動きやすくなっただろう? なんなら、邪魔な丸太も掃除してやってもいい」
 世界樹をこともなげに破壊したルバートは、その中心で一人佇んでいる。周囲には、何体かの大蟲が散見されるが、同じパワードスーツを着込んだ者の姿は無い。
「てめぇ、なんつーことしやがってんだ」
「……それは、瞳術の類か。すまないな、最近は目を開けてるだけでもしんどいのでね」
 鬼眼の視線に対して、ルバートはかぶりを降った。彼の言葉通り、あまり効果があったようには見えない。
「しんどいだぁ? ギフトの侵食ってやつか。自業自得だろう」
 ビリーが吼える。
「……なるほど。ふむ、これも業であると言えば業か」
 意外そうに、ルバートはそう口にした。
「して、話でもするためにここに来たのかね? こちらとしては、一人一人に時間を割いていられるほど余裕が無いのが実情でね」
 その場から動こうとしないルバートに、乱世は考えを巡らせる。まともにセラフィム・ギフトに殴りかかっても勝算は薄い。操ってるルバート本人をなんとかするべきだが、この状態からでは隠れ身を仕掛けるのはまず不可能だ。
 仲間の陽動に期待したいところだが、彼女の周囲は死屍累々といった有様で、戦うよりもどうやって凌いでいくかの方が問題だ。
「いや、個人的に聞いておきたい事があります。もう少し話をしましょう」
 そこへ、部下を引き連れた白竜が到着した。
「負傷者が多い。このままではこちらの動きが取れません。部下と一緒にけが人を回収してください」
 小声での通達に、羅儀は小さく頷いた。
「ほう、何かね?」
「大世界樹との契約の事です。蝕まれた自らの延命を計ろうとするものですか? それとも、世界樹に対する絶対的な傾倒ですか?」
 質問に、ルバートがまともに返答する可能性は低いと白竜は考えていた。現に、答えを考えているのがルバートは動かない。
 こんな僅かなものでも、時間は時間である。そして時間が経過すれば、それだけ突入した部隊がファーストクイーンを肉体に届ける可能性が上昇する。
 ファーストクイーンの言葉を信じれば、肉体にたどり着ければルバートの契約は防げるはずだ。
「……面白い意見だな」
「……どうやら、私の考えでは及ばない理由のようですね。でしたら、その理由をお聞かせ願いたいものです」
 会話を引き伸ばす。
 そうしている間にも、負傷者の運び出しが進む。それはルバートからも見えているだろうが、彼は動こうとはしなかった。
「申し訳ないが、貴殿を満足させるような答えは持ち合わせたはおらんよ。理由や意味を必要とする段階はとっくに過ぎてしまった。空っぽなのだよ、私はね。だから、そう、君達のようにキラキラした目で生きている者を見ると眩しくてかなわん」
「おっしゃる意味がよくわかりませんね」
「それでいいのではないか。そもそも、君達にとって私は敵であり、私にとって君達は敵だ。それ以上深い理由が必要なのだとしたら、それは我侭だとは思わんかね? それとも、目の前の敵は殺すに値する悪であった、などという理由がなければならないのかな?」
 もう少し時間を稼ごうと白竜は考えていたが、次の言葉はセラフィム・ギフトの悲鳴のような声によってかき消された。
「けが人の運び出しも終わったようだし、もう十分だろう。心の整理をつけたければ、全てが終わったあとに適当な理由でもこじつければいい。もっとも」
 言いながら、ルバートは周囲を見渡す。
「そのような事をしなくとも、十分な理由は用意してやったと思うがな」

 三対の羽を持つ、金色の機械の天使の力は、圧巻の一言に尽きる。
 それを証明するのに、難しい言葉は必要なかった。最初の位置からほとんどルバートが動いていない。それだけで十分に伝わるだろう。
「困りましたね」
 一所に留まらず、動き回りながらガイ・アントゥルース(がい・あんとぅるーす)は呟く。セラフィム・ギフトの動きは、その図体からは信じられないほど繊細だ。
 六枚の翼を用いて姿勢を制御し、なおかつこちらの部隊の足を、巻き起こす突風で制御してくる。装甲も硬く、銃のような武器ではまともに傷をつける事はできない。
「でっかい魔法か、あるいは近づいて必殺の一撃が必要ってことですが、どうやって近づくのかが問題ですね」
 難題だったが、だが、不思議と不可能とは思えない。
 それは理由のつくものではなく、言ってしまえばただの勘だった。だが、ここぞという時に自己主張する勘は、その主張が強ければ強いほど、外れない。
「いつまでも、自由に暴れられると思うわぬことだよ」
 仲瀬 磁楠(なかせ・じなん)が合図を送る。
 倒れた木に身を隠していた二体の大蜘蛛が、セラフィム・ギフトが槍を振り下ろした瞬間に姿を現した。大蜘蛛は口から白い糸を吐き出し、セラフィム・ギフトの羽を、腕を、足を絡め取る。
「この程度のもので―――」
「逃がさへんで!」
 蜘蛛の糸を引き千切ろうとしたセラフィム・ギフトに巨大な炎の柱が降り注いだ。七枷 陣(ななかせ・じん)の天の炎だ。炎に包まれたセラフィム・ギフトはその場に膝をつく。
「ぐっ」
 ルバートがくぐもった声をだし、腕輪に手を伸ばした。さらに、よろめき一歩後退する。
「ルバアアアアトオオオ!!!」
「な!」
 ラルク・アントゥルース(らるく・あんとぅるーす)の思わぬ行動に、ルバートのみならず、その場にいた多くが声を漏らした。炎に包まれたセラフィム・ギフトに、文字通り突っ込んでいったのだ。
 そして、セラフィム・ギフトの丁度心臓の辺りに、拳を叩き込む。
 拳の衝撃か、単純に魔法の効果時間が切れたのか、炎が掻き消えた時に見えたのは、無傷で着地するラルクの姿と、仰向けに倒れながら、今まさに消えようとするセラフィム・ギフトの姿だった。
 セラフィム・ギフトはラルクと違って、地面に倒れる前に霞のように姿が消え去った。
 セラフィム・ギフトの消失に沸く前に、さらに事態は進展する。
 稲妻のような速度で、ルバートに向かってかける姿があった。
 バシリス・ガノレーダ(ばしりす・がのれーだ)と、それに続く次百 姫星(つぐもも・きらら)だ。
「おのれ……」
 向かってくる二人に、ルバートはよろめきながら迎撃を行おうとする。先に近づいたバシリスに繰り出された蹴りは、しかし今まで見せた精彩さなく、空しく空気を押しただけだった。
「ハァァァ……チェストォォォォ!!」
 初撃を見切り、背後に回りこんだバシリスがその背中を思いっきり蹴り飛ばす。イーグルチェストが、黒いパワードスーツに鷹の爪あとのような傷をつけた。
「どこまでも卑劣な手を…許せません! これが、私の全力全開です! うおぉぉりゃぁーー!!」
 バシリスの華麗なパスを受け、姫星は荒ぶる力を込めたダブルインペイルで強烈な突きを繰り出した。
 強烈な二連撃は、一撃目でルバートを守るパワードスーツに大きな亀裂を入れ、二撃目が貫いた。槍は右胸の少し上から入り込み、背中を抜ける。
 手ごたえはあった。肉だけではなく、骨すらも貫いた。
 だが、ルバートは止まらなかった。
 貫かれた部位に近い右腕で槍を掴むと、ルバートは前蹴りで姫星を蹴り飛ばす。思わぬ攻撃にガードが間に合わず吹き飛ばされるが、飛ばされるだけで威力はほとんど無かった。
「……ぐっ、うおおおおお」
 そして、自らを貫く槍をルバートは力任せに引き抜いた。
「おいおい、マジかよ」
「傷口が広がってしまうだけでしょうに」
「なんつー事しとんのや」
「無意味なことを」
「すっごく痛いヨ」
 それぞれが、その行動に対し口々に言葉を漏らす。だが、それらの言葉もすぐに引っ込んだ。
 槍を抜いた衝撃で、彼の纏っていたパワードスーツが剥がれ、その身を露にしたからだ。その体は、もはや人間と呼ぶには、あまりにも禍々しいものであった。
 金色の血管のようなものが、全身に張り巡らされ、黒い肉片がその身を蝕み、赤い血と黒い血と金色の液体が、その体から混ざり合いながら零れ落ちている。
 ルバートは大きくふらつき、手にもった姫星の槍を地面に突き立て、杖のようにして体を支えると、一度大きく周囲を見渡した。何人もの契約者の顔を一つ一つ、確かめるように見ていく。
「どうした……まだ死んでないぞ」
 そう言って、フルフェイスヘルメットの奥で、ルバートは笑みを浮かべた。