空京

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創世の絆第二部 第一回

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創世の絆第二部 第一回

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大世界樹 ブラッディ・ディヴァイン2

 世界樹の枝の上に立つ黒いパワードスーツの男は、身を潜め気配を殺しながら地上の戦闘の行方を見守っていた。
 戦っているのは、大蟲の群れと、契約者達の一団だ。
「……」
 戦況は芳しくない。
 大蟲達は、自分達の食欲を優先して戦闘が無い時は近くの世界樹を襲ってしまう。世界樹を殺して、大世界樹の脅迫の材料にするという目的を考えれば、彼らの行動は反逆ではない。
 しかし、彼らの食事によって世界樹が一つ、また一つと枯れていくと、その周囲に空間ができてしまう。契約者達が、存分に戦える空間だ。
 世界樹を守ろうとする契約者にとって、世界樹は足かせのようなものだ。その足かせを、大蟲は自分達の欲望で取り外してしまう。
「結局、ただのモンスターか」
 地上の戦は既に範囲魔法でまとめて打撃を受けた大蟲の群れを、処理する段階に入っている。あの中には、貴重な指揮官大蟲もいたが、もはや手を出す隙間は無い。
 音も気配もなく、パワードスーツはその場から離れた。
 追っての姿が無い事を確認し、自分達の本陣にへと戻る。
 通信機のような電波による交信を行わず、足を使って偵察報告するのは、こちらの情報を一ミリも漏らさないためだ。手間はかかるが、少数の戦闘力しか残っていないブラッディ・ディヴァインにとって、本陣の強襲などされたらたちどころに全滅してしまう。
 慎重に念には念をいれて、それでもきっと足りない。
「そうか、先ほど別のところからも報告があった。これで指揮官型をもう二体も失った事になるな」
 ルバートは淡々と語る。
 指揮官型は、彼らの指示を唯一受け取り、理解することができる固体だ。彼らを失えば、大蟲は統率を失う事になる。好き勝手自由に行動し、目に映るものを襲うただのモンスターと化すだろう。
「このままじゃ、まずいんじゃないのか?」
 ミハイル・プロッキオ(みはいる・ぷろっきお)は、軽い口調でルバートに尋ねた。
「確かに、時間は無くなってきたようだな……。だが、シャンバラの者など、何をしていようが問題はあるまい。適当に、勝利とやらを味わっておればよかろう」
 ブラッディ・ディヴァインが拠点として利用しているのは、大世界樹の根が、地上に顔を出している狭い場所だ。程よく大世界樹から離れているため、この場所をピンポイントで発見するのは難しい。
 それでも、数と勢いのあるシャンバラの契約者達から延々と逃げ切れるわけではない。あくまで時間稼ぎであり、出撃する前から、時間制限のかかっている事は誰もが理解している。
 ルバートは地面から飛び出た大世界樹の根に、素手で触れると語りかけた。
「さて、聞いていたな。大世界樹よ……こちらも、お主が心変わりをするのをのんびりと待つ時間は無いのだ。今はまだ待機させている大蟲を解き放ってもよいのだぞ、もっとも、指示などださくても血気盛んな若者が、勝手に蓋を開けてくれるかもしれんがな」
 指揮官と共に結構な数の大蟲を、この森の中に潜ませている。世界樹の親である大世界樹は、その位置をはっきりと知覚しているだろう。ルバートが指示を出すか、あるいは幸運な契約者が彼らと遭遇したら、大蟲が解き放たれることになる。
 大蟲の群れが、果たして契約者にどれだけ打撃を与えられるかは未知数だが、世界樹の森はそうはいかない。何本もの世界樹が枯れ果てる事だろう。
「……くっくっく、まぁよい。大世界樹であれば、あとどれぐらい悩んでいられるかもわかるのだろう。ギリギリまで、悩み続けるがいい。その間に、いくつ世界樹が枯れることになるか……、わざわざ言わぬとも理解できているのだろうからな。こちらはゆっくりと……っ」
 ルバートは片手を大世界樹の根に残したまま、くるりと振り返ると彼に飛び掛ってきていた影に蹴りを繰り出した。鈍い音がし、飛び出してきた影、マークス・バッドランド(まーくす・ばっどらんど)は地面に落ちてうずくまる。
「礼を言うぞ、大世界樹よ」
 ルバートは手を離し、うずくまるマークスを見下ろした。
「つけられたか?」
 そして、先ほど報告に来たパワードスーツに視線を向ける。
「い、いえ。ありまえません」
 慌てた様子で首を振るパワードスーツの男のうしろで、ハイルは何が起こったのかを冷静に分析していた。マークスの仕掛けは完璧に見えた。音も立てなかったし、飛び出すまでルバートは全く気づいた様子は無かった。
 先ほどの言葉、まさか大世界樹がこの襲撃を教えたのだろうか。大世界樹はそこまで、ルバートに接近してしまっているのだろうか。
 疑問は焦りを産むが、その前にパートナーをこの窮地から救い出す事を優先する。
「随分と大胆な奴だな……」
 言いながら、ハイルは一番前に出てマークスを覗き込んだ。だめだ、これは気絶したふりではなく、完全に気絶している。
「こいつの処理は任せてくれよ。あとで磔にでもしてやるさ」
 マークスを担ぎ上げようとしたところで、ルバートは「待て」とその動きを静止した。少し無理やりだったろうか、と考えるもここはなんとか乗り切らなければならない。
「なんですかい?」
「荷物を改める。通信機や発信機の類を持ち込まれていては適わん」
 ルバートがあごで指し示すと、パワードスーツの一人が何か機械を持ってきた。電波などを感知する機械なのだろう。チェックの結果、そういう類のものは見つからなかった。
 同じものをハイルも手渡される。
「近くに隠されているかもしれんからな。周囲に怪しいものが無いか調べて来い……それと付け加えるが、我々は殺し方にあまり興味はない。無駄な手間もかけん。治める土地も無い者が見せしめなど滑稽なだけだ。そいつは適当に手足を縛って転がしておけ。どうせ一人二人殺した程度では、彼我の差は埋まらんのだからな」
 ルバートはそれだけ言うと、根に背中を預けて黙ってしまった。
 今のところ、ハイルとマークスが繋がっている事に彼は気づいていないらしい。言われた通り、マークスを縛り上げると周囲に発信機の類が無いか調査に出た。そんなもの、持ってきていないとわかりきっていながら。