空京

校長室

創世の絆第二部 第一回

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創世の絆第二部 第一回

リアクション



大世界樹 中枢


 戦いの音が聞こえてくる。
 今の戦況がどのような状態になっているのか、大世界樹に祈りを捧げるフレデリカ・レヴィ(ふれでりか・れう゛ぃ)にはわからない。きっとうまくいっているだろう、そう信じて彼女は祈り続ける。

「バッジをつけるの?」
 ラクシュミはレヴィの話を聞いて、少し首をかしげた。
「ええ、大世界樹に創生学園の印だってわかってもらえるように」
 大世界樹にとっては、ブラッディ・ディヴァインも自分達も同じ人間というカテゴリーになる。誰が味方なのかわかってもらえるように、識別用の印をつけておこうというのが彼女の提案だった。
「なるほど! でも、大世界樹って、目があるのかな?」
「え?」
 素朴な疑問に、レヴィは即答できなかった。
「うん、じゃあ、みんなと相談してみるね」
 大世界樹の目についての疑問はとりあえず横に置かれ、ラクシュミは提案を預かった。
 結局この提案については、準備にかかる時間の不足と、ファーストクイーンの心配ありませんという言葉によって採用されなかった。
 ファーストクイーンによれば、大世界樹は近づくだけでその生き物がどんな生き物なのか察するという。だから、本来ならば悪意を持っている場合、たどり着く前に森に阻まれて近寄ることはできないという。
「力任せに世界樹を排除しながら近づくというのは、最も合理的な方法なのですね」
 ルイーザ・レイシュタイン(るいーざ・れいしゅたいん)は静かな怒りを瞳に湛えて、そう零した。
「そうだとしても、いいえ、だからこそ許せないわ」
 ブラッディ・ディヴァインのやり方に、レヴィも怒りを感じていた。
 大世界樹のもとまでたどり着いた二人は、武器を取って戦わず、大世界樹に祈りを、自分の意思と気持ちを届ける。
 彼女達の祈りに、大世界樹は冷静に受け止めた。自分達のこと、今までのこと、何を考えてきたか。そういった想いを、大世界樹は跳ね除けることなく、静かに受け止める。
 ごく稀に、大世界樹からかえってくる意思は、小波のように小さいものだったが、そんな些細なものですら受け止めきれず、数多の言葉を受け止め損ねていた。それが自覚できる二人は、歯がゆく思う。
 大世界樹との対話をするには、自分達にはまだまだ足りないものがある。大世界樹との信頼も、言葉ではないものを人の言葉として理解するための術であったり、足りないものが多すぎる。
 それでも、大世界樹への祈りをレヴィもイーザも諦めはしない。
 いつか、大世界樹のその名を教えてもらうまで……。



「なんか、感じが変ってきたな」
 大世界樹の内部、進む一向は歩調を速めて進んでいた。吐く息は白く肌寒いが、肌にぴりぴりと感じていたこないで欲しいがっている大世界樹の意思は、少し薄らいでいるように感じた。
(ええ、きっと皆さんの呼びかけに大世界樹が応えてくれたのだと思います)
 ザイン・ミネラウバ(ざいん・みねらうば)の言葉に、ファーストクイーンが返答する。
「大世界樹が俺達の事を味方だと思ってくれたってことか?」
(いいえ……一定の距離を置いて、私達が危害を加えるものではないだろう、そう判断したのだと思います)
 ファーストクイーンはリア・レオニス(りあ・れおにす)の言葉に、歯切れ悪く答える。
「そうか……」
「わかってくれるよ、きっと。その為に、俺たちはここまで来たんだ」
 ザインが励ますようにリアの肩を叩く。
「そうだな、少しずつでもわかってもらわないとな」
 大世界樹の中は、複雑な迷路のように行き止まりが立ちふさがる。
 これらは、中心に近づけないように大世界樹が新しく作ったものもあり、一向は回り道や来た道を戻るなどして少しずつ進んでいた。
 突入してからしばらくは、入り込んできた大蟲との戦闘もあったが、それも無くなり、自分達の足音と会話の音を除けば、内部は静寂に満ちている。
 ファーストクイーンの記憶と、最新機器のマッピングなどを利用して進むさなか、今更な質問ですが、とザインは前置きをしてファーストクイーンに尋ねた。
「今、水晶から肉体へと移る事は、貴女に致命的な結果を齎さないか?」
(……それは、)
 その問いに、ファーストクイーンは言いよどんだ。
 彼女は永い年月に渡る魂の酷使で、疲弊しきっている。大世界樹と交渉できるのが彼女だけとはいえ、それがもし彼女の身あるいは魂に危害が及ぶのならば、ザインは彼女を止めるつもりだった。
 彼女を犠牲にしていい法などない、と。
 返答に窮するファーストクイーンの言葉を待つ時間は、少しじれったかったと同時に、絶対に安全だと保障できるものが無いのだと悟る。だが、ひとまずは彼女の答えを待った。
 その返答が得られる前に、彼らを振動が襲った。振動一つ一つは短く、それに音が伴ってくる。木にヒビが入り、砕ける音だ。その音は次第に近づいてきて、ついにその姿を現す。
 彼らの後方、大世界樹によって塞がれた道から、銀色の手が飛び出してきたのだ。それは、壁を掴むと力任せに引きちぎり、その恐ろしくも神々しい姿を現す。
 一対の翼を持つ銀色の巨兵、セラフィム・アヴァラータ。
「なんだ、結構近くに居たんじゃねーか」
 その背後、いくつもの壁面を切り裂き、突き破られた痕がある。それを一つ一つ、大世界樹に敬意も、自分らの行いに何の疑問も持っていない様子で、モードレット・ロットドラゴン(もーどれっと・ろっとどらごん)は姿を現した。
「お前んとこの下忍の情報も役に立ったな。こいつらが居るって事は、中心もあと少しだ」
 モードレットの言葉に、久我内 椋(くがうち・りょう)は静かに頷いた。
「一対の翼の機械の天使、セラフィム・アヴァラータをこんなところで」
 リアはファーストクイーンを守るラクシュミを守るように、立ち居地を変えた。
 セラフィム・アヴァラータは一般的なイコンより僅かに小さく、その戦闘能力もそれに順ずる。とはいえ、イコンが乗り手によって大きくその戦闘力を変えるように、状況や使い手によって一概に論ずる事はできない。
 この場所は、セラフィム・アヴァラータが自由に動き回るには狭い。だが、戦闘力の比較対象がイコンであるセラフィム・アヴァラータに通る攻撃をするという事は、この狭い大世界樹内部の通路に間違いなく被害が及ぶだろう。
「あれを潜り抜けて、使い手をなんとかするしかありませんね」
 だが、ザインの目はさらに奥からこちらに向かってくる一団を確認した。大蟲だ、それも今までなんどかぶつかった、少数のはぐれた大蟲ではなく、大群だ。

「また面倒くせぇ事になっちまったなぁ」
「もう、お兄ちゃんってば。でも……世界樹さん達が可哀想」
 突然、道を破壊しながら現れたブラッディ・ディヴァインの刺客に、高柳 陣(たかやなぎ・じん)は胡乱な視線を向ける。
「……確かにやり方は気にいらねぇ」
「うん! 大世界樹さんをこれ以上傷つけちゃいけないもん!」
 ティエン・シア(てぃえん・しあ)と共に、陣はセラフィム・アヴァラータに向き直った。ここに残って、敵を討つという意思表示だ。
 彼だけではなく、ここまで大世界樹と共に進んできた多くも、同じくこの事態に武器を構え、戦う準備を整える。
 とはいえ、ここまで一緒にたどり着けた仲間は僅かだ。途中で道を塞がれ分断されたり、大蟲を退治するために残ったりで、最初突入した人数の三分の一程度まで減っている。
 対して、敵は大蟲だけでこちらの三倍近く居て、さらにセラフィム・アヴァラータの姿もある。大世界樹を傷つけないと考えるならば、この戦いは絶望的な未来しか見えない。
「で、でも」
 早く行け、とあちこちから言われて、ラクシュミは怯んだ。ファーストクイーンを体に届けるのが大事であるのは、彼女もよくわかっていた。だが、だからといってこの状況は「あとは任せるよ」なんて気楽に言えるものではない。
 一人だけ逃げるようなことをしていいのか。逃げたら、また―――。空京 たいむと名乗っていた頃の、嫌な思い出が彼女の心を揺さぶる。
「ラクシュミ様」
 ダイヤモンドの 騎士(だいやもんどの・きし)がラクシュミの手を取った。微かに震えている手を、ぎゅっと握り締める。
「大丈夫です。信じてください、我々もラクシュミ様を、ファーストクイーンを信じているからこそ残るのです。ファーストクイーン、あなたの体まであとどれぐらいですか?」
(すぐ近くに感じます)
「わかりました。ラクシュミ様、一刻も早く、ファーストクイーンを体のもとへ」
 強く握っていたラクシュミの手が、ダイヤモンドの騎士の手を握り返す。
「う、うん。わかったよ」
 少しぎこちなく頷いたラクシュミの体が、突然浮かび上がった。
「話は決まったな。急ぐならこいつの足を借りた方が早い」
 いささか乱暴にラクシュミを持ち上げた十文字 宵一(じゅうもんじ・よいいち)は、そのまま彼女をスレイプニルの背中に乗せた。
 スレイプニルの足があれば、例え大世界樹が道を塞ごうとしても、それより早く駆け抜ける事ができるだろう。
「気をつけろ。振り落とされるなよ」
 それだけ言って、宵一はスレイプニルに行けと命じた。あっという間に暗闇の中にラクシュミの姿が消えていく。その姿が見えなくなるまで見守ったダイヤモンドの騎士は、振り返った。
 その横顔を、南臣 光一郎(みなみおみ・こういちろう)が肘でつく。
「やりゃできるじゃんかよ」
 にやにやと笑いを浮かべる光一郎の顔を見て、ダイヤモンドの騎士はむっとして視線を逸らした。
「最近暗い顔ばっかしてっから心配してたんだぜ?」
「それでも、いきなり突き飛ばすのは酷いと思います」
 ラクシュミが迷っているのを、感じ取った光一郎はダイヤモンドの背中を文字通り突き飛ばして、彼女の前に送り出したのだ。他の誰かにおいしい役を譲らせない、という漢心であり、このところ意気消沈気味のダイヤモンドの騎士に少しでも元気になってもらおうという優しさでもある。
「あとは、口にした言葉を現実にするだけだな」
 オットー・ハーマン(おっとー・はーまん)が、このまま二人でいちゃいちゃされてはたまらんと口を出す。今は絶体絶命の状況であり、ピンチであり、時間が無いのだ。
 ダイヤモンドの騎士はしっかり頷いたのを、オットーと光一郎は確認して視線を交わした。
「そんじゃ、あとはあっちをなんとかするだけだ。全部まとめてかかって鯉!」
「だからそれがしは、鯉でもお魚さんのゆる族でもあり申さぬ、ドラゴニュートであると何度言えば……」
 鯉という言葉に脊髄反射でオットーが異議を唱えた。
 思わず苦笑が漏れ、強張っていた肩筋の力が抜ける。
 いい緊張感を感じながら、三人は敵の軍団に立ち向かった。