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リアクション
王宮の戦い ９
顔無しを引き連れて、ルバートが契約者達へと迫り来る。
「ふん……ルバート、ついに人ですら無くなったか」
拳を自分の掌に打ち付けラルク・アントゥルース（らるく・あんとぅるーす）はルバートを睨んだ。
「奇策は……無いはずです」
ガイ・アントゥルース（がい・あんとぅるーす）はちらりとみえたビジョンから、言葉を選んで告げた。
合図のようなものはなく、ラルクは自らのタイミングで、顔無しや王の腕からファーストクイーンを守るために作られた陣形から飛び出し、ルバートに迫った。
ルバートもそれに気づくが、速度は落とさない。互いに最高速度に乗った状態で拳を繰り出した。拳は交差せず、拳と拳が衝突する。
「……決着をつけようぜ。そろそろな！」
まだぼんやりと人の形を保っているルバートに対し、人間であれば急所である部分を狙ってラルクは自在の掌底を繰り出す。だが、伸ばした腕は急所には届かず、ルバートの拳によって止められる。
さらに一手、同じ拳が阻む。その上に一手、しかし拳が邪魔をする。
坂道を転がっていくかのように、ラルクの技の速度が上昇していき、目にも止まらぬ速さへと昇華していく。それに対し、ルバートの動きも微塵の遅れもなく対応する。
近接での奇妙な殴り合いだ。だが、均衡は唐突に崩れた。ラルクの技を受けた腕が、後方に吹き飛んだのだ。その腕の肘の部分には、大きな亀裂が入っており、反対の手も似たように亀裂が入っている。
「へ！ ガタが来たか、おっさん！」
防御の壁が開いたところへ滅殺脚が叩き込まれる。ぐらつくルバートに、未だギアの落ちないラルクが間合いを取り直させる事はせず、七曜拳を叩き込んだ。
ルバートの頭部から、うめき声のようなものが漏れる。
「ここですね」
ガイはルバートが振り上げた腕に向かって、曙光銃エルドリッジを撃った。さきほど、浮かんだビジョン通りに未来を選択する。
「これは、おまけですよ」
さらに追加射撃、こちらにわずかに向いたルバートの側頭部にも曙光銃エルドリッジをお見舞いする。これは未来予知ではなく、彼の視野の広さ故の一撃だ。
見舞った弾丸は側頭部に当たったが、ラルクの拳のように亀裂にまでは至らない。注意をひきつけただけだ。だが、肝心なのは注意をひきつけた事にある。
「うおおぉぉりゃぁぁぁぁーーーー！！」
次百 姫星（つぐもも・きらら）が幻槍モノケロスを携えて突貫。その直前までその動きに気づかなかったのは、ガイが注意を逸らしたからだ。槍の射程に入るなり、姫星がダブルペインを繰り出す。
二連続攻撃をルバートは右腕でいなそうとするが、大きく亀裂の入った右腕は、一発目を凌ぎ、二発目を受けたところで砕け散った。
「私は認めない。滅びが真実なんて、認めません！」
腕を失ってなお、ルバートは踏み込む。姫星も迎え撃つが、そこはもはや槍の間合いではない。ルバートの蹴りを二度槍で受け止めるが、勢いの乗った回し蹴りを受け止めきれずに吹き飛ばされた。肩から地面に叩きつけられた姫星に顔無しが殺到する。
「させないネ！」
姫星に注意がいっている顔無しの横から、バシリス・ガノレーダ（ばしりす・がのれーだ）が轟雷閃で蹴り飛ばす。
「まだ大丈夫ネ？」
「もちろんです！」
まだ、ただ吹き飛ばされただけだ。姫星は起き上がると、再びルバートに狙いを定める。直進路に居る邪魔な顔無しがいるが、瞬きする間もなく先に飛び出したバシリスが蹴り飛ばす。顔無しもすぐに起き上がるが、道が開く。
「……世界を救うために戦うとは、どういう気分かね？」
姫星の突きを、残った腕で掴み取る。それを横に力任せに振る。手を離さなかった姫星をラルクにぶつけ、間合いを取りなおす。
「いや、すまない。言い方が不味かったな、実態は違う。世界を歪ませるのは、どんな気分かね？」
ルバートは姿勢を正し、ラルクを、姫星を見る。
「滅びを受け入れるとか緩やかな自殺思考なだけじゃねぇかよ！ そんなのに俺らを巻き込むな！」
ラルクが立ち上がり、構える。
「本当に滅びなんかが真実だと思うんですか？ あなたが、あなたが欲しかった真実は、そんなものですか！？」
離さなかった槍を、姫星は再び向けた。
「なるほど、正しき滅びを受け入れるつもりはないと、そう言いたいのだな。確かに、今を生きる貴様らには非の無い話だと思うがね。しかし、親の責任を子が取るように、過ちは正されるべきだとは思わないかね？」
「正しき滅びか……今の世界が遙か昔に間違ったと宣うのならば
私達は、今のこの世界に至った軌跡こそが正しいと断じよう。私達の進む道の先に今更ケチを付けてしゃしゃり出るな、遺物！」
仲瀬 磁楠（なかせ・じなん）がルバートの背中から言葉をぶつける。
「ここにいる！お前等以外の奴らは！まだまだずーっと先まで生きて戦って遊んで楽しんで行くんや！ お前等みたいな死にたがりは……お前等だけで静かに滅んどけ！ オレらを……世界を……巻き込んでんじゃねぇ、ダボが！！」
さらに右斜め後方から七枷 陣（ななかせ・じん）が獲物を向ける。
「滅びが真実と言うなら、バシリスが蹴っ飛ばして嘘っぱちにするヨ！」
バシリスも並ぶ。気が付けば、ルバートの周囲に展開していた顔無しの姿が無くなっていた。もともと彼らは、王の自衛機能のようなもので、ルバートを守る理由もなければ、意思疎通ができる類でもないのだ。だから、戦況が傾けば自然と王の守りに動く。
「忌憚の無い意見をありがとう。不思議なものだな、世の理から言えば、どちらが間違っているのかなんて自明の理だ。だが、貴様らの目を見ると、まるでこちらが間違っているように思えてくる。最も……何を考えようとも、時間切れなのだがな」
ルバートは地面を蹴って大きく跳躍する。
陣と磁楠を飛び越え、背後を取られている状態を脱した。飛び越えられた二人に、ぱらぱらと小さい何かが降ってくる。亀裂が入り、砕けたルバートの一部だ。会話をしている最中にも、彼の傷口は広がっていき、直る気配を見せない。
「逃げ道無く戦うのは、これが最初であり最後か。今さら誇りも何もあったものではないが……尋常に、勝負といこう」
ルバートが駆ける。
磁楠が双剣を構えて迎え撃つ。ルバートが振り出した拳を避け、胴に、肩口に、剣が走る。確かな手ごたえだ。だが、ルバートは一歩も引かずに、無理やり腕を伸ばして磁楠を突き飛ばした。
間髪いれずに、陣が間合いを詰める。ルバートが腕を大きく振るが、かがんで掻い潜ると顎に確実に拳を叩き込んだ。人間であれば脳震盪どころか、頭蓋の内側で脳が損傷するような強烈な打撃だ。それでも、一歩も引かずにルバートは肩でタックルし陣を押し飛ばす。
体に走る亀裂が広がり、破片となって飛び散る。
バーストダッシュで駆け込んだ姫星が、槍を突き立てる。確かに反応はしたが、間に合わずに腕ない方の胸に深々と槍が刺さった。そこへバシリスがすかさずとび蹴りを叩き込み槍がさらに奥へと突き刺さる。
「……もはや、私の希望はあの犬の言葉だけか、古き友は、もうこの身に執着は無い、と」
ルバートは深く突き刺さった槍に手を添えると、それをさらに押し込んだ。当然槍を持つ姫星との間合いが近づく、蹴りで姫星を押し飛ばすし、後ろのバシリスへとぶつけた。
足を引きずり、ラルクに拳が届く間合いに入った時には、既にまともに戦える状態には見えなかった。だが、ラルクは強く拳を握り、それを迎え撃つ。
ルバートも指が砕け落ちた腕で拳を握り、振りぬいた。その先でラルクの拳にぶつかり、肩に至るまで腕が砕ける。既に亀裂はその形を保つ事が奇跡といえるほどまで広がり、瞬きの合間にも崩れ落ちてしまいそうだった。
「……どうした、それで終わりか？」
ルバートの周囲を、再び契約者達が囲う。突き飛ばされたり押されたり、ダメージらしいダメージは誰一人として受けていない。
ルバートは体をそらし、全力でラルクに頭突きを仕掛けた。ラルクはそれに額で応戦する。どちらに軍配があがるかなんて、その場に居た者には考えるまでもなかった。
最後の一撃を受けて、ルバートはその場に膝をつき、その膝が砕け仰向けに倒れる。砕けた身体の内側に人の身はなく、残っているのはパワードスーツの残骸にしか見えない。
「勝手な願いを一つ……いいか？」
形をなんとか保っているのは、胸から僅か上の部分だけだ。
「ルバートという男は、最後まで戦ったと、なるべく多くに伝えてはくれないか？」
「それは、あれか？ 歴史に残りたいとか思って言うてんのか？」
陣の言葉に、ルバートは笑って返そうとして咳き込んだ。
「そん、な、事は、どうでもいい。ただ……古き友の耳に、届けばいい、のだ。さすれば……古き友も、約束を……まも、て、く―――」
ルバートだったものは、最後の一片まで残さず砕け散った。
残ったのは、彼が利用していた黒いパワードスーツの残骸だけだった。大した特徴がなく、他の一般構成員が使っていたものと何も違わない、黒いパワードスーツのヘルメットが自然に転がっていった。
