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リアクション
王宮の戦い 8
「させないよ!」
ユーリ・ユリン(ゆーり・ゆりん)が杖を振り、炎の竜巻が顔無しスポーンを包む。魔法の効果範囲の中央近くに居たスポーンは炎によって全身を焼かれ、その場に崩れ落ちた。間もなく原型も残さず燃え尽きる。
だが、外側や炎の嵐の向こう側に居た顔無しは、自ら炎の渦に飛び込み、炎で皮膚を溶かしながらも乗り越えてきた。
「凄い速さで傷が直っていく」
ぐずぐずになった皮膚が、瞬きする間に元の姿に戻っていく。顔無し達は、僅かな火傷が治療される時間も惜しみ、契約者達に駆け込んでくる。
何体かが、契約者の壁を乗り越えファーストクイーンに至ろうと、大きく跳躍した。飛び上がった彼らをヴァイス・カーレット(う゛ぁいす・かーれっと)の矢が歓迎する。
「休む暇もないね」
的確に放たれた矢が顔無しの滑らかな肌に起伏を持たせる。正面から矢に射られた顔無しは、空中で撃墜されたが、反応の早い顔無しは爪で矢を弾いて着地まで漕ぎ着けた。
近くにいた教導団の学生が銃剣を突きたてたが、狙った頭部が肩まで逃げるという、関節も何も無視した動きで攻撃を避けられ、逆に鋭い爪を腹部に受けてしまった。
トドメを刺すにも値しないと、顔無しはその学生を投げ捨てる。仲間に受け止められた学生を、カシス・リリット(かしす・りりっと)は歴戦の回復術で応急手当を施した。
「大暴れだな」
治療を施している間にも、顔無しはさらに進みファーストクイーンを目指す。学生達が人の壁を作るものの、細くなったり地面をはいずったりと、巧みな動きで人の壁を易々と突破する。
ファーストクイーンまでの距離はどんどん縮まり、顔無しスポーンは素早く奇妙な動きで近づき、爪を振り上げ、停止した。
「スコリアだってやればできる子だもん!」
フユ・スコリア(ふゆ・すこりあ)の手には、さざれ石の短刀が握られていた。顔無しスポーンの腹部には、ささやかな切り傷。そこから、石化の効果が徐々に広がっていく。
「え?」
下半身が石になったところで、顔無しの石になっていない右肩と頭部が突然落ちた。地面に嫌な音を立てて落ちた肉塊は、うねうねと動いて形を変える。あっという間に、頭部が鋭い一本の槍のようになった蛇の形になった。
体をバネのように曲げ、そこからファーストクイーンに向かって飛び掛ろうと試みる。が、バネを最大限に引き絞ったところで、カシスの足に踏み潰されて活動を停止した。
「往生際が悪いな」
カシスはさらに石になった体の方を小突く。倒れた石像はばらばらに砕け散った。蠢く肉片は見当たらない。
「焼き尽くすか石化させてしまうか、か。完全に殺しきるのは手間だな」
王の鳴き声が、戦闘の音を塗りつぶしていく。
「気分が悪くなりそう」
吉井 真理子(よしい・まりこ)は青い顔で、泣き喚く王を見る。
「本当に、まるで私達が悪者になったみたい」
天城 詩帆(あまぎ・しほ)は真理子に背中を向けたまま、その言葉に同意した。見た目は醜悪な肉の塊だったが、声は赤子の声そのものだ。その声には強烈な振動と電磁波が乗っかっており、通信機器などの機材が使えなくなったりと悪い事ばかりだ。
「しかし、あれにどうやって近づくかが問題ですね」
千歳 伯爵(せんねん・はくしゃく)が顎に手をあてながら、泣き喚く王を見る。熟練の契約者ですら、この泣き声によって操られる衝撃波のせいで近づく事ができずに手をこまねいている。
そうしている間にも、顔の無いスポーンが戦闘の余波で千切れた肉から作られて向かってくる。何か突破する方法が必要だ。
「ねぇ……あれ、なにかしら?」
巨大な王のさらに上を、真理子が指差した。
「……あれは、インテグラル?」
暗がりにあった何かは最初シルエットがぼんやりと見える程度だったが、やがて光にその姿を晒す。
真っ黒の角ばった体を持ったインテグラルは、以前その姿を見た者にはすぐにそれがルバートだと判断できただろう。だが、以前と違って骨しか残っていなかった羽は、完全に無くなっている。
「まさか、王を守りに着たの?」
詩帆がそう言い切る前に、ルバートは王の頭部に着地すると、拳を振り上げ、自分が立っている場所にその拳を叩き込んだ。
「え……え……?」
肉片が盛大に飛び散る。巨大な頭部は風船のように破裂し、飛び散った肉片は休む間もなく、顔無しスポーンへと変化をはじめた。
真理子が小さな悲鳴をあげる。飛び散った肉片ではなく、ごっそりなくなった顎から上に、何十、何百もの王の顔が浮かび、泣き声をあげながら水泡のように破裂すると、そこから新しい顔が湧き出してくる。
「悪夢のようですね」
真理子のみならず、詩帆もその再生の様に言葉を失っている中、伯爵だけが冷静にその様子を言葉に表した。
徐々に徐々に、王の再生は進む。
セリティア クリューネル(せりてぃあ・くりゅーねる)はいつの間にか、自分の手が握られている事に気づいて振り返った。ラクシュミが青い顔で、それでも王から視線を逸らさずに見つめている。
「怖いのじゃな」
怖いというよりは、気持ち悪いというのがセリティアの素直な感想だ。セリティアの言葉に、ラクシュミは返事を返さない。こんなに震えているのに、立ち向かうために彼女の目は前を向いているのだ。
「安心せい、わしがおるからのう」
セリティアはその手を握り返すと、ラクシュミの手が驚いたようにびくっと反応し、咄嗟に逃げようとするので、逃がさないように捕まえておく。
「私も、いるよ!」
さらにその手を、吉木 詩歌(よしき・しいか)が両手で包む。
「みんなもいるよ!」
パチパチとラクシュミは瞬きしたあと、力強く手を握り返した。
「うん」
「震えも収まったようじゃのう」
伝わっていた震えがなくなった事に安堵した瞬間、セリティアはみるみる自分の体温があがっていくのを自覚した。
「そ、そうじゃ、ラクシュミよ、そのな、以前から頼もうと思っていたことがあったんじゃが、その、そうじゃな、うむ、この戦いが終わってから、その、な。よいかのう?」
あたふたと、何故か言い訳めいてセリティアは早口に喋った。
その様子を、詩歌はクスクス笑ってみつめる。
「この戦いが終わったらって、それじゃ死亡フラグだよ」
「むう」
抗議の視線を向けるが、取り合ってもらえそうになかった。
「いいよ。でも、その前に一つ私からもお願いいいかな。無事に、一緒に、絶対、私達の学校に帰ろうね」
「……約束しよう」
「うん、必ずね!」
飛び散った肉片が次々と顔無しへと変化していく。これまで相手にした数とは比べ物にならない数だ。
自ら足場、王の頭を吹き飛ばしたルバートは地面に降り立つと、再生を続ける王へと振り返った。
「いつまで泣いているのだ。来客だというのに見っとも無い……さぁ、おもてなしをしてやろう。ふふふ、そうだ、それでいい」
王宮外周部、機晶ロボットと融合したスポーンの残骸が散らばる通路。
「なるべく早くしてくれると助かるんだけど」
地面に倒したブラッディ・ディヴァインのパワードスーツの胸に足を押し付け、ライジング・トリガーの銃口を額に押し当てながら、アルクラント・ジェニアス(あるくらんと・じぇにあす)は玖純 飛都(くすみ・ひさと)をせかした。
パワードスーツは、片腕を失い、虫の息といった状態だったが、相手はインテグラルだ。突然息を吹き返さないとは限らない。
飛都は自作のナノマシンを装填した小さな銃を、パワードスーツの隙間に押し当て、撃ち込んだ。その着弾を確認して、アルクラントはパワードスーツから離れる。
「……どうだ?」
十分な距離を取って、反応を待つ。
黒いパワードスーツは、水の中に落ちたようにもがいた。ナノマシンを撃ち込んだ辺りから、肉が泥水のようになって溶け出し、体の一欠けらも残さず、崩れ落ちた。残ったのは、パワードスーツの残骸だけである。
「同じ結果、ですね」
転がる残骸と、同じ使用のパワードスーツのヘルメットを外しながら、アルベリッヒはため息をついた。
「くそ、何が間違ってたんだ?」
通路の壁を飛都は強く叩く。先ほど注入したナノマシンは、自信作だった。だが、結果はインテグラルの肉が融解し、最終的に死に至る劇薬となっていた。
「方向性は、合っているはずですよ。失敗は成功の母ともいいますし……気を落とさないでください」
アルベリッヒは融解した液体、かつてブラッディ・ディヴァインだったものを冷静に小瓶に回収しながら、苛立ちを隠せないでいる飛都に声をかけた。
「詳しい事はわかんねぇけど、効果があるのはこいつらにだけって事は、意味があるんだってことだよな?」
アルクラントは帽子の位置を直しながら、周囲のスポーンに目を向ける。先ほどのパワードスーツと同じように、ナノマシンを撃ち込んでみたが、全く変化の様子はなかった。
「人間の遺伝子が鍵なのは確かですね。もう少し、続けてみますか?」
矢代 月視(やしろ・つくみ)が提案するが、それをアルベリッヒが、
「いえ、これ以上はやめておきましょう」
と、首を振る。
「随分冷静なのですね、今は袂を別ったとはいえ、かつての仲間なのでしょう?」
シルフィア・レーン(しるふぃあ・れーん)が尋ねる。嫌味というわけではなく、望まぬまま化け物にされたブラッディ・ディヴァインの人たちについて知った故の優しさからだった。
彼らを人間に戻す、そんな奇特な行為をしているのは、ここに居るほんの僅かな数人だけで、この作戦に従事している多くは、ただの障害として彼らを見ている。自分達が彼らを見捨てれば、もう誰も彼らに手を伸ばそうなどとはしないだろう。
「……ここでナノマシンを調整することはできませんし、できれば通常の状態のサンプルを手に入れておきたいんですよ」
「サンプルとは、酷な言い方をするもんだな」
アルクラントが言う。
「ええ……、正直なところ、僕は彼らを救う特効薬については、諦めています」
「俺にはできないと、そう考えてるってことか?」
飛都が詰め寄る。
「まぁまぁ、落ち着いて、話を聞いてください。僕はですね、特効薬ではなく、予防薬を作る必要があると考えているんです」
「予防薬……?」
「ええ、予防薬です」
アルベリッヒは、月視に頷いて答える。
「僕は以前彼らと行動を共にしていました、その時の記憶は少し曖昧な部分も多いですが、子供とか女性とか老人といった、非戦闘員はいなかったはずです。先日彼らの船から奪取した名簿にも、無かったと記憶しています……考えてみてください、人間は細胞分裂で増えるような生き物ではないでしょう。まだ居るはずなんです、多くのインテグラル予備軍が」
「インテグラル、予備軍……」
シルフィアがまるでそれが呪いの言葉であるように呻いた。
「幸いにも今のところ地球でそのような事件が起こったという話はありません。ご存知かとは思いますが、僕は以前イレイザーに寄生されてました。今の状況を見る限り、そうするよりもインテグラル因子とやらを僕に使った方が、最後まで使い潰せた点やその強さからみて効率的です……では、何故そうはしなかったのか。できなかったから、と考えるのが自然ですね。すなわち因子とやらは、何らかの条件が整った状態でしか保有できず、発動もできないものと推測する事ができます」
アルベリッヒは淡々と続ける。彼個人の感情としては、不覚極まりないこれらの出来事は、思い出したくも無い部類だ。
「遺伝子学や医学は専門分野外ですが……、皆さんの力を借りれば、条件を見つけ出し、予防薬は作れるものと考えています。……ずっと、考えていたんですよ、僕にできる事は何かあるのか、と。やっと、するべき事が見えてきた気がします。今更遅いかもしれませんがね」
「……フ。自分のやるべき事か」
蘆屋 道満(あしや・どうまん)が姿を現す。
「おやおや、聞かれてしまってましたか」
「別に隠し立てする必要もないではないか。そういう事ならば、協力できない事もないのだしな」
「それは頼もしい」
「インテグラル化の予防薬でありますか……調べなければわかりらないが、予備軍というのはほとんど彼らの故郷、イギリスに、地球に居るんであるましょうな」
マリー・ランカスター(まりー・らんかすたー)が自然に混じるが、つい先ほどまで彼の姿は無かったのだ。とはいえ、道満のように隠れて様子を伺っていたのではなく、たった今ここに到着したのである。ハッキングが不調に終わり、王が発見され、白竜との合流のために移動中なのだ。だが、会話は逐一道満から流してもらっていたので、混ざるのに不具合は無い。
「さすがに、放っておくわけにはいかないでありましょう。今作戦のあとになりますが、長曽禰中佐にあなたの行動の自由を拡大するように具申しておくであります。教導団の機材やネットワークを使えれば、調べごとや研究の足しにはなるでありましょう。もちろん監視は付けさせていただきますが」
「なるほど、それはありがたい」
「ただし、忠告が一つ。ゲルバッキーの犬には、注意してください」
マリーが凄む。すごい迫力だ。
「その予備軍に関してもあの犬は知っていたはずでありましょう。しかし、そんな話をあの犬はこれっぽっちもしていない。単に興味が無いや、忘れていたなんて話であればいいですが、敢えて口にしていない可能性も考えられるであります」
「随分と警戒してるんですね」
シルフェアは少々気おされながら返した。
「あくまで、軍人としての注意の範囲であります……今の話を耳にして、というのも事実ではありますが。思えば、ずっとゲルバッキーの口車に乗って行動させられているんでありますよ。それは、今のところわてらにも有益な話でありますが、どこかで袂を別つ事になるかもしれないわけで、最低限の注意をするのは、悪い事ではないとは思いませんか?」
あくまで注意するだけありますよ、とマリーは念を押す。
それから、周囲に聞こえないように二言三言、道満に言伝をしたのち、急いだ様子で去っていった。
「彼は何と?」
尋ねられた言葉に、道満は一言こう返した。
「フ……」