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リアクション
王宮の戦い 4
「始まったか」
遠くに聞こえる戦争の音に、ルバートは僅かに顔をあげた。
彼の前には、舞台があり、後方にはずらりと座席が並んでいる。古めかしい劇場の最前列に、ルバートは腰を降ろしていた。
「では、こちらもそろそろ始めようか」
照明に照らし出された舞台の上に立つのは三道 六黒(みどう・むくろ)と羽皇 冴王(うおう・さおう)と、久我内 椋(くがうち・りょう)とモードレット・ロットドラゴン(もーどれっと・ろっとどらごん)の四人だ。
四人はそれぞれの獲物を持ち、ルバートに視線を注ぐ。
「一つ芝居を見せてくれる。というわけではなさそうだな」
ルバートは立ち上がると、ゆっくりと壇上に向かった。
「始める前に、一つだけ言っておきます。貴方の為に戦うという人は、いませんよ」
椋がそう告げた。ここまで生き残り、脱出したブラッディ・ディヴァインのメンバーは彼らの凶行に不干渉の姿勢を取った。最も、そもそも生き残りの数はごく僅かだ。ほとんどは、以前の戦いで掴まるか、化け物になってしまっている。
化け物にならなかった構成員のほとんどが、化け物へと変貌した仲間に襲われていた。既に、彼らに残る理由も戦意も残って無かったというのが正しいか。
「だから?」
「いえ、それだけです」
少しは反応があるかと思ったが、ルバートは特に反応示さなかった。
「濁ったな。少なくとも、以前のおぬしの目は、まだ意思があった。だが、今はもはや何も無い。操り人形として使われる事に、もはや何の感慨もないというわけか」
「……なるほど、この私に説教しようというのか」
「申し訳ない。今更そのつもりなど無かったが、おぬしの目を見てつい言いたくなってしまったわ」
「ぐちゃぐちゃ言ってねぇで、さっさと始めようぜ」
がらんどうの劇場に声が響く。
「全くもって、その通りだ」
無感情に頷くルバート。
ルバートに真っ直ぐルーンの槍を向けたモードレットが、怒りを表にする。
「それだ! お前はそうやって、死に逃げようとする。血も運命も抗わずそのまま身をゆだねる、それすらもできない癖に。それでも全てを滅ぼすなんて妄言を続けるつもりなら、ここで貴様が滅べ!」
「言いたい事はそれだけか。ならば、そろそろ始めようか」
「始まってしまいましたか」
舞台袖でベルフラマントで気配を消していた高月 玄秀(たかつき・げんしゅう)は、四人と一人の戦いを眺めていた。
隠そうともしない彼らの動きを手繰るのは容易かったが、こうして戦う場面を見せられると、それなりに感想らしきものを感じないでもない。
「拮抗というところでしょうか」
「いや、それはちょっと違いますね」
四人はそれぞれ実力は確かだが、四人で一人を相手に連携が取れるかといえばそうではない。特に、殺気を放ち殺す気で動いているモードレットと、自分勝手に戦闘を楽しむ冴王の相性がすこぶる悪い。
ルバートはその軋んだ部分を的確に突き、立ち回りで四人の攻撃を受け流している。とはいえ、それが限界なのか決定打になる攻撃を仕掛けられてはいない。時間さえかければ、いずれルバートの方が先に息切れするだろう。
式神 広目天王(しきがみ・こうもくてんおう)が目に映るものだけで判断すれば、その考えは概ね正しかったが、舞台で舞う四人も、ルバートも、そして袖で戦いの行く末を見守る二人も、その推測は間違っていると断言できるだろう。
「既に彼は、インテグラルを完全に受け入れています。今までのような中途半端な出力とは違うでしょうね」
ルバートは未だ人間の姿を保ってはいるが、その有り様は大きく変わってしまっている。光を失い、反応を失ったセラフィム・アヴァターラがその証拠だ。
「手を抜いているのであろうか」
「そうだといいんですけど、案外ここで殺されようとしているかもしれませんね。もう彼に残った望みは、人として死ぬぐらいでしょうから……時間切れになる前に、動きますよ」
戦いはやがて、最初の予想通りにルバートが押される形になった。舞台の上で戦う彼らは、手を緩める事はなくそのまま仕留めにかかる。
その僅かな好機を見抜いて、二人は飛び出した。広目天王が四人の目の前に召還され、牽制を行い。玄秀はルバートのの背後から、心臓を目掛け迦楼羅を突きたてた。
「……っ!」
ルバートは不意の一撃に反応示さず、容易く迦楼羅は急所を貫く。
「貴方にはちょっと期待していたんですがね。例え歪んでいようと、自分達の望む世界に作り変えたいというのであれば、僕は貴方に賭けても良かったんですが」
「てめぇ、抜け駆けを!」
冴王が動こうとするが、広目天王が当てるつもりの爆炎波のために回避せざるを得なくなる。
「滅びによって現世から逃げたいだけとは情けない。僕も……こちら側につく位ですから色々と怨念は持っていますが、貴方のように生きる事を諦めようとは思わない。貴方がそんなくだらない結末が欲しいというのならその命、僕が貰い受けましょうか。今までの働きの代価としてね!」
玄秀の狙いは、ルバートを仕留める事ではなく羅刹解刀による魂の救済だ。彼の戒魂刀【迦楼羅】には、魂を救済する力があるのだ。
「ぐ、お……がっ」
迦楼羅が輝きを放つ。
ルバートは表情を苦悶に歪め、背後の玄秀へと手を伸ばそうとするが、その前に眩い光が周囲を包み込んだ。その光は、玄秀の刀だけではなく、その場に居た三人からも発せられていた。
「セラフィム・ギフト……」
光が収まった時、そう呟いたのが誰なのかはわからなかった。 一人ではなく、何人もが同じ言葉を口にしたのかもしれない。
「これは、どういう事ですかね?」
ルバートの心臓を貫いたはずの刀は、目の前の金色の少女の心臓に突き刺さっていた。少女には六対の羽があり、またここに居る者ならば誰しもが見覚えがある姿だった。
セラフィム・ギフトだ。ただ、巨人であったはずのそれは、人とさして代わらない程の大きさに縮んでいた。さらに、玄秀だけではなく、そこにいる全ての人を銀色の機械天使が絡みつき、動きを封じている。
「あいつ、逃げる気か、くそっ、放せ」
冴王がもがくのは、彼らから離れるように、ルバートがふらつきながら歩いていくからだ。
「ああ……みっとも無い、わかっている。すぐに行くぞ、だから泣き止んでくれ……」
「何を言ってるんだ……?」
ルバートの言葉の意味を理解できる人はこの場にはいなかった。だが、逃げようとするのは見過ごせないと、なんとか拘束を解こうとそれぞれにもがく。
(行かせてあげなさい。もう、手遅れだから)
声が響く。
視線がセラフィム・ギフトに集まった。今のテレパシーの主は、この作り物の天使のものであるのは疑いようも無い。
「ふ……ははは……はははははは、行くぞ、すぐに、待っていろ!」
ルバートは人間の姿を捨て、インテグラル化を自ら行った。パワードスーツの意向は残しているものの、以前あった翼の骨格は無い。ルバートは地面に拳を叩き付けると、周囲の客席を巻き込みながら地下へと消えていった。
(……出てきなさい)
相変わらず拘束は解かれない。
セラフィム・ギフトは客席の遥か遠くを指差した。
「どうやら、かくれんぼでは勝ち目が無いようだ」
微塵もズレなく居場所を当てられた叶 白竜(よう・ぱいろん)は、観念して姿を現した。傍らには、世 羅儀(せい・らぎ)の姿もある。捜索隊が見つけたというルバートを追ってここまで辿りつき、仲間内での戦いを繰り広げる彼らの様子を伺っていたのだ。
誰かが、げ、と小さく呟く。
「なぁ、あんた、何者だ?」
出てきてさっそく、羅儀はセラフィム・ギフトを見上げながらぶしつけな質問をする。
(セラフィム・ギフト……では納得しないだろうね。僕は、マンダーラ……君達の流儀で名乗るならば、大世界樹だよ)
「大世界樹だというのか?」
(そうだよ。僕は彼に、正確にはこのセラフィム・ギフトに少し手を加えさせてもらった。こうなるのは不本意だったけど、彼の考えを僕は尊重することにしたんだ)
大世界樹と名乗ったセラフィム・ギフトは、片手を自分の顔に当てた。その手が離れると、ただの仮面だった顔に表情のようなものが浮かぶ。
「君達と話をするのであれば、こうした方がいいよね。抗う者達よ。用が無いのであれば、僕はここで失礼したいと思う」
「あなたが大世界樹と言うのであれば、質問したい事があります。何故、ルバートに接触をしたのですか?」
白竜は真贋を確かめるよう注意しながら、丁寧に尋ねた。
「なるほど、思えば君はあの場に居たね。なら、少し話しをしてあげよう。彼と僕には、共通点があったんだ」
「共通点?」
羅儀が首を傾げる。
「些細な事だよ。説明するには、少し無遠慮な行為だとは思うけど、彼の過去について少し語らなければならない」
大世界樹は朗らかな笑みを浮かべている。本心からの表情なのか、それともできたての顔が正しい表情を浮かべる事ができないのか、判断はつかない。
「彼は息子を殺されたんだ。彼の言葉を借りるのならば、古き友にね。その方法は結構残酷だったよ。息子をインテグラル化させて、一方彼には『殺せ』と命じたんだ」
大世界樹の後ろでは、ギフトの拘束を逃れようと指名手配者達がもがいている。だが、パワーに圧倒的な差があるのか、誰一人拘束から抜け出るのは叶わなかった。
「それが、殺す事ができなかった、というわけか」
「そうだね。結局、彼はその命令に背いた。そこへ、古き友が現れ、目の前のインテグラルを始末したんだ。都合のいい実験でもあった。マレーナ因子が彼の中に生きていて、命令に逆らう事ができるかどうかを確かめる事ができ、さらに彼を救うというおいしい役割も得る。彼はね、息子を交渉のカードとして殺されたんだ。僕と一緒だよね?」
幸せそうに笑いながら、大世界樹は言う。
「彼は僕に対して、同じ方方で交渉しようと試みた。それが、どれだけ痛いかわかっていながら、ね。僕はね、彼に怒りよりも哀れみを感じたよ。彼でなければ、僕はこんな方法を取ろうとはしなかっただろうね」
じっとしているのに飽きたのか、ギフトは舞台の上を軽やかなステップでまわりはじめた。
「不本意というのは、どういう意味ですか?」
「それは、そのままの意味だよ。彼に役割を当てていたけど、それが叶わなくなってしまったんだ。だから、僕が動く事にした。それだけだよ」
「動く、というのはつまり―――」
「違うよ」
大世界樹は踊るのを止め、静かな瞳で白竜を見下ろす。
「僕はね、この世界で生きる全てが死を拒み、抗うものであると知っている。それは、当然の権利であり、当たり前の欲望だ。それは、人でなくても、植物も昆虫も何もかもそうだ。だから、君達がそう望み、そうあるようにすることには何も言わない。けどね、この世界に生きるという事は、やがて終わりが来ることでもあるんだ。長い時間を生きる吸血鬼も、再び命を得るに至った英雄であっても、いずれ終わりは訪れる。それはね、当たり前の事なんだよ」
セラフィム・ギフトの翼が開いた。
「そして、この大地はもう遠い昔に終わりを迎えていなければいけなかった。そうすれば……。けど、この世界は、遠い昔、あるべき理を外れてしまった」
白竜はぞっとするような寒気を感じた。
「だが、いや、だとしても! 我々は、この大地もシャンバラも滅ぼさせたりはしない!」
「君達が望む事について、僕から何を言うことはない。僕はただ、為すべきことを為すだけだ」
ふわりとギフトの身体が宙に浮く。
その後ろで、指名手配されていた彼らも同じく地面を離れた。
金色の光を先頭に銀色の光が続く。光はそのまま天井を貫き、遠くに小さく空が浮かんだ。
「……だってさ、どうする?」
羅儀は白竜に振り返る。
「例え大世界樹が滅びを肯定しようと、俺達が抗い続ける事にかわりはない」
「だと思った。しっかし、指名手配の奴らぐらい置いてけばいいのにな」
「で、わし達をどうするつもりだ?」
六黒が遥か高い空の上で、大世界樹に尋ねた。
気が付けば、彼らだけではなく銀色の天使に拘束された人の姿が増えている。
「僕はね、君達がした事を忘れてなんかいないんだよ」
大世界樹はそれっきり、一言も口を開かなかった。