空京

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創世の絆第二部 第三回

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創世の絆第二部 第三回

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王宮の戦い 1



 王宮と呼ばれた場所は、その言葉からイメージするお城のようなものと違い、いくらか未来的な建物だった。ドーム状の円形の建物で、外から見る限り窓はなく、華麗さや歴史を感じるものはなく、ただ無言の圧力のようなものを感じ取る事ができた。
 本隊から一足先に、内部を先行して調査している五十嵐 理沙(いがらし・りさ)セレスティア・エンジュ(せれすてぃあ・えんじゅ)は、足音が異様に響く通路の中を、何故かサイコロを片手に進んでいた。
「不気味なところですわね」
 明かりがしっかりと確保され、薄暗いところがない通路は写真や映像などで見れば、綺麗だと映るだろう。だが、実際に足を踏み入れてみると、その印象を持つ事はできなかった。
「ほんとに、なんか違うのよね、なんか」
 言葉で言い表せないが、二人は同じ感想を共有していた。恐らく、内部に入った人は全員が同じ感想を抱くだろう。それだけはっきりと、ここは異質な世界だという事を肌で感じる事ができる。問題は、それが何かというのが、経験を積んだ契約者だとしても一言では言い表せない事だろう。
 小型の車なら難なく通れるだろう広い通路を進む二人の前に、分かれ道が現れた。どちらも、見た目では同じような通路で、案内板のようなものは無い。
「どっちが正解だと思う?」
「どっちと言われましても、どちらに進んでも中央ではありませんわね」
 円形のドームなのだから、中枢があるのならば中央の可能性が一番高い。
「んじゃ、これで決めよっか」
 理沙の手の中で弄ばれていたサイコロが振られた。
「奇数が右で、偶数が左ね」
 サイコロが示したのは、どちらも一だった。ピンゾロだ。
「これぞ賽は投げられたってやつよね!」
「いや、なにそれちよっと違うわよっ、ああもう。けど、偶然とはいえ何か意味がありそうな数字ですわね」
 二人は左の道を進んだ。代わり映えのしない景色に、僅かに湾曲した通路が方向感覚を蝕んでいく。黙々と淡々と、通路を進んでいくと、道の先に少し膨らんだ部屋のような場所を見つけた。
 遠目に飾られた絵のようなものや、何か大きな箱のようなものが見える。それらを遠くから確認したのは、その部屋のような場所に動くものがあったからだ。
「影……人間?」
 それらは実態感がなく、何をするでもなくぼんやりと、僅かに揺れたり、落ち着きが無い様子で同じ間隔を行ったりきたりを繰り返している。
「どうしますの?」
 影人間は特に何かを仕掛けてくるような存在ではない。
「行こう」
「待て」
 踏み出そうとした理沙の足を、背後からの声が引きとめた。
「監視カメラだ」
 ジェイコブ・バウアー(じぇいこぶ・ばうあー)が指を指す先に、わずかに機械の一部が見て取れる。
「影人間に注意を向けさせて、あれを見逃そうという腹積もりだろうな」
「わたくし達を相手にするには、少し稚拙な仕掛けですわね」
 フィリシア・レイスリー(ふぃりしあ・れいすりー)は影人間の繰り返される無意味な行動を冷めた目で見ながら言う。
「こっちは監視されてるって事は、反対側の道ならいけるのかな」
「いや、壁に印つけたのは二人だろ? それを見て、反対側を確認したが同じような仕掛けがされていた」
「自由に出入りできるラインはここまで、という事ですわね」
「施設自体が広いからな、ある程度誘い込んでおいた方が向こうもやりやすいと考えたんだろう」
 王宮内部の構造はかなり複雑だ。敵としても、無限ではない戦力の配置をどうするか、問題となっているのかもしれない。
「一度戻り、状況の報告だな。急いで突破した方がいいかもしれん」



 ゴム質の肉と、機械部品によって構成されたイレイザースポーンが、がむしゃらに突進する。
「遅いよ」
 その背後からした声は、衝撃よりも遅かった。首の辺りにいれられた肘鉄によって、イレイザーの顔は大きくのけぞり、身体は力を失って地面に叩きつけられた。
 鳴神 裁(なるかみ・さい)はそこで足を止めたりせず、この光景を目の当たりにして硬直している敵の中に飛び込んだ。
「ボクは風、変幻自在の風の動きを捉えきれるかな?」
 ピーキーな機動特化型のパワードスーツ NYA☆GA☆SO☆NE☆さんの力を借りて、床を壁を天井を、足場に駆け回る彼女を的確に捉えるイレイザースポーンは存在しなかった。
 機械を取り込んだ彼らはあるいはそれも可能なのかもしれないが、
「余所見は危ないですよ」
 上を見上げたイレイザースポーンの腕が吹き飛ぶ。
「着弾確認、続けます」
 白河 淋(しらかわ・りん)は次の弾を装填する。淋の的確な射撃により、動き回る裁に届きそうなレーザー銃のような武器を持つ腕は次々と破壊されているのだ。
 頭を破壊しないのは、頭部の損傷が死に繋がるとは限らないからだ。頭の無い敵に不意打ちを、なんて間抜けな場面を演出しないためである。
「あまり最初から飛ばしすぎるなよ」
 天井に繋げたワイヤークローによって跳躍していた三船 敬一(みふね・けいいち)カタフラクトが、イレイザースポーン目がけてパイルバンカー・シールドを向ける。
 質量と武器の破壊力が乗った一撃は、内部に取り込まれた機晶姫の部品もまとめて、ただの飛沫へと変えた。いくらわけのわからない生命体といえど、ここまで粉砕すれば再生も修理も難しい。
 高速起動で敵をかく乱し、的確で素早い射撃で武器を奪い、強烈な一撃で確実に無力化していく。
 理想的な展開だった。この調子でいけば、敵の迎撃部隊を押し切って突破することもできそうだ。
「いや、慢心は身を滅ぼす。我々はあくまで強行偵察であり、囮だ。目の前のものを一つずつ、確実にこなす」
 天井の僅かなでっぱりに足を差込み、天井に足をついて逆立ち状態で裁は戦場を見渡した。繋がる通路の一つから、新たな敵が入ってくるのが確認できる。
「殺気を隠そうともしませんね」
 黒子アヴァターラ マーシャルアーツ(くろこあう゛ぁたーら・まーしゃるあーつ)が裁に伝えた通りの敵だった。
「あれ……あれって」
 その集団の中に、異質な姿が一つ。ほとんどのイレイザースポーンは機械と肉が不均等に混ざり合っているが、完璧なパワードスーツ姿のが一体混じっていたのだ。
「ブラッディ・ディヴァイン?」
 それはもはや壊滅した組織の名前だ。構成員のほとんどは捕まっている。だが、一部は報告にあるように、異様な姿に変化し逃走している。
 そいつは、裁を見ると手の甲を向ける。
「わわ!」
 レーザーが飛ぶ。裁は天井を蹴飛ばし、一部を引き剥がしながら飛んだ。空中で一回転半、地上に足から着地する。
「どうした?」
 敬一が突然降りてきた裁に顔を向けずに尋ねる。
「ブラッディ・ディヴァインのパワードスーツを着た奴がいたよ」



 ファーストクイーンの護衛を行う長曽禰 広明(ながそね・ひろあき)率いる本隊は、王宮入り口近くに未だ留まっていた。
 この辺りには敵の気配はなく、教導団の生徒を中心とした大所帯が発する音しかない。軍隊特有の緊張感が張り詰めている。
 彼らの整列から少し離れ、それでもその堅固な防衛ラインの内側にラクシュミ(空京 たいむちゃん(くうきょう・たいむちゃん))と白石 忍(しろいし・しのぶ)の姿があった。
「緊張、しちゃいますね」
「……うん」
 王宮はインテグラルの本拠地のようなものだという。ここに至るまでにも、いくつも激戦があったし、今だって多くが戦いの最中にいる。
 自分も駆け回り、何かをしていればここまで不安にもならないのだろう。動きの無い現状は、ただただ彼女達に不安をかきたてさせていた。
 そんな二人のもとに、不機嫌そうなリョージュ・ムテン(りょーじゅ・むてん)が歩み寄る。
「どう進むか、まだ迷ってるみたいだな」
 何人も斥候を放ち、遊撃隊が動いているが、王宮の構造解明には至っていない。無言の時間に堪えられなくなったリョージュが様子を見に行ったが、長曽禰は忙しく報告を受けて対応の指示を出したりしていて、とてもじゃないが近づける雰囲気ではなかった。
「何かあったの?」
「何も無かったんだよ」
 ラクシュミに、首を振ってリョージュは答える。
 切り札とも言えるファーストクイーンを抱えて、うろうろするのはむしろ危険だ。できる限り安全なルートを選ぶ、その為に教導団は必死になって情報をかき集めてる。それはわかるが、彼らの発する部外者お断りな空気が、リョージュはどうも気に食わない。
「不安か?」
 わざわざ聞かなくても、それぐらいは表情を見ればわかる。過去にどんな事があったのかはっきりとはわからないが、似たようなシチュエーションがあったのかもしれない。
「俺はドージェの気持ちもわかるぜ。強いものに頼らず自分の力で戦うって、ロックだよな♪ 心配いらねえ、ロック・スピリットあるところに負けなしだぜ!」
 元気付けようと出した言葉は、思いのほか大きかったようで周囲の視線を集めた。ほとんどは教導団の人間で、視線は冷ややかだ。
 やっぱり、彼らは気に食わない。
「うん、そうだね」
 ラクシュミはそう答えた。
 小さな手は、ずっと強く握られたままだ。

「ジェイコブ曹長も、待ち伏せしていた敵と戦闘に入ったそうです」
 通信を行っていたヨーゼフ・ケラー(よーぜふ・けらー)が、ありのままに情報を伝える。
「そうか、遊撃隊はともかく、斥候のほとんども戦闘に入ったか」
 長曽禰は顎に手をあてて、頭の中で状況を整理する。
 斥候として出した人物の腕は確かだ。戦果をあげなくとも、生き延びるぐらいはしてくれると信じている。遊撃隊も、それぞれの戦果が届いており、最低でも拮抗、むしろ攻めているという報告ばかりだ。
「安全なルートは無いという事かもしれませんわね」
 エリス・メリベート(えりす・めりべーと)は呟く。
「既に我々は敵の腹の中、というわけか」
 監視カメラのような、見て判別できる装置以外の何かで、内部の人の動きをモニターしている可能性を長曽禰は考えた。ジェイコブに限らず、斥候が待ち伏せにあうというパターンがいくつかあり、偶然と片付けるのは危険だった。
「ここにいつまでも留まり続けるのは危険か」
 外周部に居つづければ、外からの敵がやってくる可能性は十二分にある。とはいえ、内部の安全の確保は難しい。
「小出しに戦力を出し続けていれば、疲弊するのがどちらかは明らかだな。多少強引にでも進むことにしよう。各隊に召集をかけろ、予定通りの陣形で進む」
 安全な進路がある可能性はもともとかなり低く見積もっている。見つからなかった場合の動き方も、折込済みだ。
 通路を大勢で進むための陣形、戦力の配分は既に決まっている。
「外側は教導団の生徒で固め、行軍の足並みを揃える。我々の任務はファーストクイーンを無事に王の間にたどり着かせる事だ。インテグラルの目に映らす事もなく、敵を防ぎ、切り裂き、道を作れ」
 各隊の隊長に檄を飛ばし、長曽禰も配置につく。ファーストクイーンから距離はあるが、蛇でいうところの目に当たる部分で戦況が最も掴みやすい位置だ。
「慣れないことはするもんじゃないな」
「そういうのは、人に聞こえないように口にするべきです」
 長曽禰の言い訳じみた言葉に、ヨーゼフは少し冗談じみて返した。