|
|
リアクション
王宮の戦い 6
「いつまで続くんですか……」
ソフィア・クロケット(そふぃあ・くろけっと)がその場にへたりこむ。
魔法を使い続けて踏ん張ってきたものの、そろそろ限界が近い。
「そんなのは、あいつらに聞いてくれ」
近づいてきたスポーンを殴り飛ばしつつ、ルース・マキャフリー(るーす・まきゃふりー)は返した。
機晶ロボットを取り込んだ、悪趣味なスポーンは次から次へと増援が供給される。精神力をすり減らしながら魔法を使い続けたソフィアでなくとも、心が折れそうな状況だ。
ファーストクイーンが王に辿りつき、インテグラルの制御をこちらのものにする。あとは、そこまで時間を稼げばいい。それはわかりきっているのだが、果たしてあとどれぐらいの時間がかかる?
目の前の敵に集中しなければならないのに、もやもやとした考えが頭の中に浮かんでくるのは、二人だけではない。
「くっそ、むかつく顔しやがって」
両胸と股間にロボットの顔の残骸が張り付いたスポーンが、ルースを見ている。取り込んだロボットを完全な形で利用できているスポーンと、そうでないスポーンと様々に入り乱れていた。そういったできそこないは、スポーンとしてもロボットとしても中途半端であり、御しやすい部類だ。
未完成や不完全な兵隊を送り込むぐらいだから、敵は相当逼迫しているし、焦っている状況なのだ。そんな心の拠り所も、そろそろ機能しなくなってくる。
「悪いな、遅くなった」
銃声や雄たけびが飛び交う中で、その声はすっとホールに浸透していった。波紋が広がるようにして、声の主に視線が集まる。
山葉 涼司(やまは・りょうじ)の服はところどころ焦げ、誰のともわからぬ血の染みを作ってなお、万全の笑みでその視線を受け止めた。
「こっからはこっちが思いっきり攻める時間だ。それじゃ、行くぜっ!」
涼司は本来は両手で扱う剣を片手で持ち上げ、その視線を指し示した。その姿は、打者がホームランを予告する時の姿によく似ている。
「ここが地獄の釜の底ってわけだね」
闘志を目に宿らせた、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)が構える。
「最後の最後まで、気は抜かないよ」
コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)が頷きながら言う。
「楓、僕達は僕達のできる事をやるよ」
「はい、兄上」
灯真 楓(とうま・かえで)は灯真 京介(とうま・きょうすけ)の言葉に、はっきりと返事を返した。
涼司と共にここまでたどり着いた彼らは、それまでの道のりが平坦でなかった事が見た目からでもよくわかる。負傷をしている者もいる。
だが、息苦しい戦いの渦中にあった多くに、彼らは頼もしく映った。増援の戦力以上のものを、彼らは運んできたのだ。
「かかってこないなら、こっちから行くぜ!」
涼司を先頭に、彼らは戦場のど真ん中向かって突き進んだ。
少ない増援は、戦場の空気を塗り替えた。
「いっけぇぇぇ!」
美羽のイレイザーキャノンがスポーンをなぎ払う。コハクは彼女の派手な攻撃を囮にして、迫る敵を次々と打ち払っている。
野生の勘なのかぽっかりと明いた空間に陣取った涼司は、近くの敵から一番危険な相手を的確に選び、切り結ぶ。何合か打ち合ううちに決着が付き、その間は周囲の有象無象が涼司の邪魔をしないように京介と楓が周囲の敵を寄せ付けないように忙しい戦いを繰り広げていた。
「よっしゃ、次はどいつだ!」
彼らの戦いは、とにかく派手だった。
敵も味方も、自然と視線が集まり、涼司が相手にする厄介な敵はどんどん高レベルのものへと更新されていく。知能があるのか無いのかよくわからないスポーンが、彼らの勢いに流されているのだ。
「不思議ね」
ヒルダ・ノーライフ(ひるだ・のーらいふ)のすぐ横をすり抜けて、弾丸がスポーンの肉をえぐる。それだけでは必殺の一撃とはならず、ヒルダ自ら最後の一撃を加えた。
「気持ちは、わかるであります」
銃剣銃を構えた大熊 丈二(おおぐま・じょうじ)は、頭の中で残りの弾丸の数を数える。まだまだ戦える、という結論にすぐに至った。
「しかし、あれはもはや計算の外側であります」
ああいう戦いに触発される気持ちもわからないでもないが、丈二は冷静に、自分達の戦い方を貫いた。
一方、本山 梅慶(もとやま・ばいけい)はこの空気の変化を感じ取り、それが動きにもよい影響を及ぼしていた。
「いいねいいね。せっかくの戦、酒の席で語れる武勇伝はいくつもあった方がいいさね」
上機嫌な槍の名手に、天井からせり出してきた機銃が狙いを定める。スポーンがまとわりつき、それがただの機銃でないのは一目瞭然だ。
弾丸がばら撒かれる前に、甲賀 三郎(こうが・さぶろう)が機銃の前に姿を現し、一撃で根元から叩き折った。
「どうやら、スイッチが入ったようさね」
今の今まで、三郎は光学迷彩によって姿を消しながら戦っていた。その方が効率的だったからだ。
「力なき、助けを求める者がおる。ならば、救いの手を差し向けるのに何の理由が必要だろうか……我は龍雷の忍び、甲賀三郎である」
光学迷彩を解き、三郎は敵へと向かう。力任せの叩きつけをかいくぐり、的確に急所を打ち抜く。流れるような連続攻撃で、何体ものスポーンを一度に破壊した。
三郎は一度自らの拳に視線を落とした。確かめるように。
動きの止まった三郎に、スポーンが飛び掛るが、運の悪いスポーンが二体纏めて串刺しになり、残りも三郎によって打ち倒された。
「さて、テキトーに捌きますか」
風のように駆ける三郎の背中を追いながら、梅慶は口元を緩めた。
フィアーカー・バルのギロチンアームの片刃が落ち、刃物としての切れ味も失って久しい。パイルバンカー・シールドは肉片が詰まって、現状ではただの鈍器でしかなくなっている。
「原始的で野蛮な戦いね」
パワードスーツの装甲は厚く、スポーンとの殴り合いで遅れを取る事は無い。ミカエラ・ウォーレンシュタット(みかえら・うぉーれんしゅたっと)はまだ屍の山の標高を上げていけるが、限界も見えてきていた。
「どれだけ、増援を送り込んでくるつもりでしょうか」
テレジア・ユスティナ・ベルクホーフェン(てれじあゆすてぃな・べるくほーふぇん)のイルマッサ・ヤーカリは、フィアーカー・バルに比べればまだ綺麗な状態を保っていた。
味方の援護や負傷者の治療を中心に動いているテレジアのパワードスーツは、殴り合いには参加していないでいたが、それもじわじわと押される形で前線に出ざるを得なくなっていた。
「これで本隊よりはマシなんだから」
カイマーニの運転席の瀬名 千鶴(せな・ちづる)には、飛び交う通信を拾い集めるだけの余裕があった。戦力も人員も、彼ら雷龍の紋章とは比べ物にならないほど集められ、それでなお敵の数に押されているようだ。
損耗も激しい中、なんとかこの戦場を保っていられる。
「……よし、後退しよう」
トマス・ファーニナル(とます・ふぁーになる)が彼女達の会話に割り込むように通信を入れた。
「後退、ですか」
テレジアは、素直に受け取れず、しかし反論もできずに言葉を鸚鵡返しにする。
戦力的にも物資を見ても、自分達にこれ以上この地点―――何も残ってはいないが、巨大な会議室のような場所―――で戦い続ける余裕は無い。しかし、ここの敵を放置してしまえば、すなわちこの戦力が本隊に向かうという事になりかねない。
「大丈夫、今連絡が来た。長曽禰中佐達ファーストクイーンの護衛部隊がたどり着いた」
「やっとね、随分待たされたわ」
引きずり倒したスポーンを、ミカエラは力の限り踏み潰した。徹底的に破壊することが、この敵を相手にするのに最も大事な事だ。
「けど、僕達の任務はまだ残ってる」
「どんな任務ですか?」
「退路の確保だ。中佐から確保すべき地点が送られてきてる」
「これ以上、施設の偵察は必要無いというわけね」
「戦力を集中させて、退路を確保しつつ部隊の損耗を抑えるつもりだね。あっちも忙しいはずなのに」
「瀬名さん達の部隊の確保地点のデータを送信したから、部隊を取りまとめてそこまで移動の補佐をお願い」
「了解よ」
「トマスはどうするの?」
「僕は、この近くに孤立してる部隊があるみたいだから、何人か連れて救出してくる」
トマスが比較的元気な歩兵を何人か見繕い、救援部隊をその場で作った。
「私も行くべきかしら?」
「通路は狭いようだから、パワードスーツの運用には向かないみたいだ。大丈夫、敵の数もここに比べたら少ない。合流地点は瀬名さんの方にデータを送っといた。何かあったらすぐ連絡するよ」
テキパキと行動するトマスに、ミカエラは納得した。
「では、先に合流地点を掃除してくる」
「うん、お願いするよ」
「これで、通達はほぼ終わったようじゃのう」
最初に本隊が中継地点として集合した場所で秦 良玉(しん・りょうぎょく)は、その場に腰を降ろした。大きな紙には、飛び交う情報から推測された王宮の見取り図があり、いくつものコインが置かれている。
沙 鈴(しゃ・りん)は何枚かのコインの位置を動かし、部隊の位置を調節する。これは、この戦場の見取り図であり、現状を最も公平な目で俯瞰する事のできる戦況だ。
「孤立した部隊の救援、うまくいくといいのですが」
「なんとかするじゃろう。してもらわんと困る」
わざわざこんなものを作っているのは、銃型HCの画面の大きさでは、一目で全てを把握できない程度に王宮が大きいからだ。探検をするのなら、銃型HCのマッピング機能は十分な代物だが、何百という人の動きを常に把握するには、僅かにタイムラグが出ても俯瞰して一瞬で把握できた方がいい。
「そろそろ、大詰めかのう」
地図の中央には、一つだけコインではなく小さな人形が置かれている。王の代わりだ。詳しい位置については不明だったので、地図の中央にとりあえず置いてあった。
その場所に、今は積んだコインが置かれている。中佐の部隊や、ファーストクイーン、ゲルバッキー、そういった意味を持たせたコイン達だ。
「あとは祈るだけじゃのう」
「祈るだけでは足りませんわ。ここで、私達はこの戦場を支えなければなりませんもの。おかえりなさい、と中佐達を出迎えるために」
中佐達との連絡は、王を発見したところで途絶えている。
無線連絡に何らかの障害が発生したようだ。王宮内部では以前として利用可能なことを考えると、嫌な予感がしてしまう。
それらを振り払い、鈴は一人でも多く無事に帰還させるため、通信機と送られてくるデータを睨みつける。
裏椿 理王(うらつばき・りおう)らが見つけた、例えるならばサーバールームのような機材が整然と並ぶ部屋は、戦いの音は遠く、不気味な静寂に満たされていた。
「旦那の髭無しの顔がそろそろ見たいねえ」
ごちゃごちゃとしていた機材の山は整然と並べられ、コード類は繋げられるのを今か今かと待っている。
「ルバートを見つけたって情報、本当かな」
「旦那の部下だし、信じていいんじゃないか?」
白竜は部下の報告を受けて、先ほど出ていった。桜塚 屍鬼乃(さくらづか・しきの)と理王の二人はここに残り、当初の目的通りにここの機械郡にアクセスし、情報を引き出す作業の準備を進めている。
持ち込んだコンピューターの下ごしらえを終え、ここの機材に直結できろうに手を加えたコードを屍鬼乃に渡す。
並んでいる機材はどれもこれも似たような外観で、どれが偉いかはわからない。ただ、随分としっかりと床に固定されている様子から、どれ一つとしても欠けてはいけない重要なものであるのだと推測する。
「とりあえず、一番近いこの子を足がかりにしよう。この様子から、スタンドアローンとは考えにくいしな」
言われた通りに、屍鬼乃は一番近い機械にコードを繋げた。
理王はすぐにプログラミングを走らせ、機械の内側へ接触を試みる。
当然の事ながら、古代ニルヴァーナで扱われている機械類は、シャンバラや地球で取り扱われているものと根本から違うものだ。その為、それぞれの方法で攻めたり守ったりする事はできない。以前に、融通の聞かない機械では相手の存在を認識することもままならない。
ここに至るまでに何度か彼らの施設を訪れ、契約者達は僅かではあるが彼らの技術に触れてきていた。一方、過去の遺産をただ動かしているだけでは、こういった技術による攻撃に対し、有効な防御手段は用意できるはずもなかった。
「あっさりと進入できちゃったね」
「ここからが本番だ」
進入するのは目的ではなく手段だ。これから、この施設に収められた情報を引きずり出す本番が残っている。
キーボードを叩きながら、目ぼしい情報を探し、とりあえず中身の精査は後回しにして転送する。そこにある情報は何もかも手に入れてしまいたいが、今はとにかく、この施設についてや王についての情報を持ち出しておきたかった。作戦は同時に進行中なのだ。
「うん?」
「なにこれ?」
画面の端に、小指程度の汚れがあるのを、二人は同時に発見した。
あまりにも合致したタイミングに二人は視線を交差させ、それが最初からついていた汚れで無いという考えに至らせる。
次の言葉を発する前に、今度は音が聞こえてきた。
「なんだ、これは?」
音の発生源はと自分の扱っているコンピューターに耳を向ける。確かにここから音が出ている。だが、それだけではなく、部屋のあちこちから、その音が響いた。
「これ、子供の泣き声、だよね……」
耳に残るは、小さな赤子の鳴き声だ。
辺りを見回すが、当然そんなものは確認できない。うろたえる二人に、今度は窓を叩くような音が聞こえた。音の主は、先ほどから作業を行っているコンピューターだ。
「冗談だろ」
今度のは、再生された音ではなかった。
画面には手が映し出されており、それが内側から画面を叩いているのだ。まるっこく、肉つきのいい手の平だ。手は窓を叩くような動作から、大きく後ろに引き強い一撃を画面にぶつけた。
割れる画面、飛び出す腕。飛び出してきた腕は、肘の手前からさらに腕を生やし、画面を注視していた二人の喉に組み付いた。腕はどんどん伸び、二人を持ち上げる。
「何よ、今の悪趣味なのは! って、何よこれ!」
周囲の警戒のために外にいたニキータ・エリザロフ(にきーた・えりざろふ)は、首を持たれ持ち上げられた二人の様子に驚きの声をあげる。
理由はよくわからないが、内側から攻撃を受けたのだ。とにかく助けようと動くその背中に、タマーラ・グレコフ(たまーら・ぐれこふ)が声をかける。
「私の方が早い、どけ」
既に目一杯引き絞られた弓が放たれる。
二人の喉に絡みついていた腕は、タマーラの矢に射抜かれて千切れた。思ったよりも、柔らかい素材だったようだ。
地面に落下し、苦しそうに咳き込む二人。
「まだよ!」
理王の目の前にあったコンピューターには、見覚えのある肉がまとわりつき、次第に同化していく。
「こっちの機材と融合してるのか」
動きたいが、二人はまだすぐに体が動かない。
「間に合ったわ」
なんとか完全な融合を終える前に、ニキータが間に割り込む。
できたての新しい腕の振り下ろしを、後ろに細心の注意を払って受け止め、開いたボディにモンキーアヴァターラ・ナックルを叩き込んだ。
手ごたえ以上に、コンピュータースポーンは破壊され崩れ落ちる。
「うーん、さっすがギフトちゃん」
崩れ落ちた敵に、さらり蹴りを叩き込み安全確認。もはや大事ないと判断したところで、二人を起こして事情を確かめた。
一通りの事情を説明したあと、理王はずたずたに破壊されたコンピューターを確認した。完全にくたばっている。
「これ、安くねーよな……」
「……弁償になったら、どうしよう」