空京

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創世の絆第二部 第三回

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創世の絆第二部 第三回

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王宮の戦い 3



 長曽禰率いる前列部隊。敵の防衛を切り崩すために精鋭が集められた彼らの中で、一際大きなシルエットを持ったアウグスト・ロストプーチン(あうぐすと・ろすとぷーちん)の周囲には花が浮かんでいた。
「うふふ、うふふふふ」
「……何が、どうしたんですか?」
 ソフィー・ベールクト(そふぃー・べーるくと)は異様に上機嫌なパートナーに訝しい視線を送る。
「あのね、あのね。聞いてくれる? さっき中佐に挨拶しにいったのよ。そこでね、私の気持ちを伝えたの」
 目を離した隙にまた厄介な事を、とソフィーは長曽禰に対し謝罪の気持ちを持った。
「陰日なたにお支えすると決めましたの。あなたが思い切って戦える場を提供することしかワタクシには出来ないからってね」
「はぁ、左様で」
「そしたら、中佐は何て言ったと思う?」
「わかりませんよ」
「『あ、ああ……』って言ったのよ。他の人には、キビキビ声をかけていたのに、わたくしにだけ少し戸惑いがあったわ。それって、やっぱり特別って事よね」
 それはきっと、単純に引いていただけだろう。ソフィーは事実を伝える必要は無いと判断した。というか、聞かなかったことにした。
 二人からそれほど離れていないところで、長曽禰は飛び交う報告にそれぞれ指示を出したり、状況を確認したりと忙しそうに働いている。今のアウグストの世迷いごとは届いていなさそうなので、それで良しとした。
 とはいえ、巨漢が花を散らしている様子は他の兵士の士気を下げかねない。少しは落ち着かせようとアウグストに振り向くと、居たはずの場所に姿が無い。
 姿を探そうとする前に、部隊全体にざわめきが広がった。その中心、長曽禰の居るところに視線を向ける。
 黒いパワードスーツが、部隊の真ん中に姿を現していた。その手には、レーザーソードのような武器があり、長曽禰に向かって突きたてられている。だが、レーザーはあと一歩のところで届いておらず、その間にアウグストが立ちはだかっていた。
「中佐に、傷をつけるのは許さないんだからっ!」
 そのわき腹辺りが真っ赤に染まっている。血だ。身体でレーザーソードを受け止めていたのだ。
 怒号と共にアウグストは腕を振るい、黒いパワードスーツの頭部を殴りつける。人間だったら首が取れるのではないかと思うほどの回転をして、パワードスーツはソードから手を離し吹き飛んだ。
「器用に防御してんじゃないわよ!」
 のっしのっしとアウグストは倒れたパワードスーツに近づく。首を回転させたのは、衝撃を逃がすためで、アウグストの拳の威力だけではなかったのだ。
 パワードスーツは軽い身のこなしで立ち上がると、大きく後方に飛んだ。その先には、大きな扉が一つあり、黒いパワードスーツはそれを片手で押し開ける。
 広く広大な部屋が扉の先に広がっていた。高い天井に、煌びやかな照明が取り付けられ、直接二階にあがる階段が正面に鎮座している。その部屋にはいくつもの通路が繋がっており、またそれと違って見える扉には操作盤のようなものが確認できる。それらの扉はエレベーターであり、この部屋は様々な場所に繋がっているエントランスのような場所であった。
 黒いパワードスーツはその部屋の中央に向かう。そこには、全く同じパワードスーツがずらりと並び、その周囲には獲物を今か今かと待ち構える大量のスポーンの姿があった。
「ふざけんじゃ……ないわよ……」
 一人扉に向かって歩みを続けていたアウグストは、限界を迎えて数歩手前で倒れた。衛生兵が彼の身体を重そうに引きずってつれていく。

「なんという数だ」
 長曽禰はうめいた。各部隊が、どれだけどのぐらいの敵と戦っているのか把握している彼には、目の前の敵の数が誰よりも非現実的に映っていた。
 開かれた扉を前に、部隊の動きがぴたりと止まる。
 スポーン達も突撃せず、入ってくるのを待っているかのようにそれぞれの位置からあまり動かず、扉を注視していた。
 あまりの光景に、ざわめきすら起きない中、手と手を叩く、ハイタッチの音が場違いに響いた。人を掻き分けて、集団が前へ前と進む。ルカルカ・ルー(るかるか・るー)ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)がその先頭だ。
「ここは我々、鋼鉄の獅子が引き受けるわ」
 ルカルカは長曽禰に決意の視線を向ける。
「ここで戦力の比べあいをしていても無意味だ。ファーストクイーンを中枢へ連れていくのを優先するべきだろう」
 ダリルはファーストクイーンを守りながら、この敵の群れを強行突破する案を進言した。真正面から戦いを繰り広げて損失を増やすのであれば、インテグラルを制御できるという王へ一刻でも早く到達した方がいいと言うのだ。
 長曽禰はその案を悩みつつも受け入れた。
「さぁ、蹴散らすわよ、みんな」
 手と手を打ち合わせた仲間達に、ルカルカは声をかけた。
「気をつけろ、以前見た時と様子が違う」
 黒いパワードスーツ達は、どれも過不足なくパワードスーツに収まっている。以前、変化を目撃した時は、もっと怪物じみていた。
「適応したんでしょうね。あのパワードスーツの性能を完璧に引き出せるように」
「だろうな。恐らく、かなり厄介な相手と見ていいだろう」
「そうね。でも、それならこっちだって条件は一緒よ」
 二人は、パワードスーツジンを装着している。ルカルカの言うように、条件は一緒だ。
「それにしても、悲しい話よね」
「何がだ?」
「化け物にならないと、正面きって戦えなかったんだから」
 黒いパワードスーツは、もともとブラッディ・ディヴァインが用いていたものだ。彼らは何度も契約者達の前に現れたが、一度たりとも正面から決戦を挑んだ事はなく、最後の決戦ですらその最中に逃げ出した。インテグラルへと変貌して。
「終わらせよう」
「ええ、みんな、行くわよ!」
 敵の群れの中に、鋼鉄の獅子は勇猛果敢に飛び出した。

 レオン・ラーセレナ(れおん・らーせれな)城 紅月(じょう・こうげつ)に回した手をゆっくりと離した。
「今日は私が可愛い紅月にご褒美をあげますから、無事でいてくださいね」
 レオンは優しく語り掛ける。
「少しは、人目というものをだな……」
「ふふ……」
 そうしている間に、長曽禰の説得に出向いたルカルカとダリルの二人が戻ってくる。
 甘い余韻など微塵もなくなり、張り詰めた空気に一瞬で切り替わった。
 作戦概要として提示されたものは、敵を倒して通路を切り開く、という単純なものだった。戦術らしきものが見当たらない。だが、時間制限がしっかりあって、隊列の中腹におり、まだ距離のあるファーストクイーンを護衛する部隊が到着するまでにそれなりの戦果が要求される。
「目標は一番奥の通路か、信用できる話なんだよな?」
 ゲルバッキーからの情報によれば、この先の通路に、王座に続く直通のエレベーターがあるという。他にも道はあるが、時間をかけたくないならば、そこが一番手っ取り早いそうだ。
 悩んだり確かめたりする時間は無く、そうであるという言葉だけを頼りに鋼鉄の獅子は最前列へと躍り出て、激しい戦闘が繰り広げられた。
「こりゃぁ、いくら弾があっても足りないねぇ!」
 キルラス・ケイ(きるらす・けい)の魔弾がスポーンの頭部を吹き飛ばす。だが、胸部に浮かび上がっている頭部パーツが目の機能を保っているのか、止まる事なく向かってきた。
「近づかせるか!」
 アルベルト・スタンガ(あるべると・すたんが)の慈悲と僥倖のフラワシがスポーンに組み付くが、力任せに引き剥がされた。フラワシが剥がれたところに機関銃を打ち込み、足が千切れてその場に倒れこむ。だが、止まらない。
「ちょっとしつこいねぇ」
 ケイが倒れたスポーンに銃弾を打ち込むと、スポーンは燃え上がった。炎はスポーンを焼き焦がし、完全に動きを止める。
 息を付く暇などなく、スポーンはありえない数で彼らを出迎えていた。
「こんのおおおおおっ!」
 スプレーショットでばら撒かれる弾薬のほとんどが敵に命中する。スポーンの身体に当たればその部位に打撃を与えるが、機晶ロボットのパーツに効果は薄い。
 だが、一つ一つの効果に目を向けていられるほど、この場に猶予は無い。とにかく撃つ、近づかれたら魔力のこもった重い一撃で追い散らす、そうやってとにかく敵を倒し、前へ前へと進むしかないのだ。
 秒毎に戦闘は激しさを増し、スポーンはその骸を踏みつけながら進み、鋼鉄の獅子は不退転の覚悟で立ち向かう。
「俺らが道を切り開くんさぁ」