空京

校長室

創世の絆第二部 第三回

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創世の絆第二部 第三回

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ウゲンとキロス2

「んで? ダメ弟君はかかってこないのかな?」
大吾、匿名らをあっさりあしらったウゲンが挑発的な笑みを浮かべる。キロスはまさに怒髪天を衝くという感じだった。
「貴様……」
怒りのあまりその声はすさまじく低い。剣を構え、キロスが跳んだ。ウゲンの護衛を買って出ていた契約者たちが色めき立つのを、ウゲンは片手を挙げて軽く制した。キロスの剣戟がトリッキーな動きでウゲンを狙って繰り出される。常人の目には留まらぬほどの早さだ。だが、剣戟はウゲンをかすりもしない。苛立ったキロスはもはや剣術のみでの対応をやめた。もう剣を使った何でもありの白兵戦である。周囲で見ていた面々は息をすることも忘れ、その戦いを見守っていた。ウゲンは手を両脇に軽く下げたまま、薄笑いを浮かべて最低限の動きでキロスの攻撃を全て避ける。闘牛士が怒り狂う牛をあしらうかのように。キロスはさらに怒りを煽られる。争いの帰結は、冷静さを失えばそこで決まる。ウゲンがふっと笑うと、突きかかってきたキロスの頭を片手で軽く押し、キロスは顔から大地に激突した。
「うぐぅッ!!」
相当な衝撃なのは、誰の目にも明らかだった。その背中をウゲンは片足で踏みつける。みしりと嫌な音がする。
「ぐぁっ!!」
「しばらく動けないと思うよ」
ウゲンは軽くキロスを足で横様に転がした。キロスが瓦礫に傷つけられた顔を必死であげようとする。
「おやおや、顔中砂だらけだな。しみるだろうけどさ、あとで顔、洗っといたほうがいいな」
ウゲンはしゃがみこみ、キロスの顔を覗き込む。
「……お前さ、“色々弄られてはいるけど、自分はスゲー強いから、いざとなれば――”とか思ってただろ?」
怒りに加え、屈辱感からキロスの顔に朱が注がれる。
「あはははは。アホだなー」
そう言って立ち上がるウゲン。マリカとテレサがキロスに駆け寄り、必死でウゲンからキロスを引き離すが、ウゲンは嘲笑するだけで何も仕掛けては来なかった。
(あいつ、以前よりも強くなっている気がするな……)
尋人はそんな感想を抱いた。
(もしも、ウゲンが再びシャンバラに対する脅威となるとしたら……。その時は……。
 それを慎重に見極めなくては)
複雑な思いが尋人を満たす。

 やや離れたところで、三賢者とともに面とマント、黒薔薇の冠でその半ば怪物化した姿を隠し、ナンダ・アーナンダ(なんだ・あーなんだ)とその忠実なる執事、マハヴィル・アーナンダ(まはう゛ぃる・あーなんだ)はウゲンの闘うさまを見ていた。ナンダは相変わらず三賢者をマークし続けているのだ。自分は未だに強くなれない、ウゲンの側で補佐も出来ない。ならば自分に出来る事は、この怪しげな三人が何を目的にウゲンに手を貸しているのかを探ることだと考えていたのだ。マハヴィルは有能な執事らしく瓦礫の町の中で使用に耐える家具を探し出し、茶菓を用意していた。ティータイムでゆったりとした時を演出しながら、マハヴィルは会話の口火を切った。
「三賢者様方はソウルアベレイターでいらっしゃるのですね?
 死者やナラカの生物を操れると聞きます。
 古の時代にナラカに没した失われた世界の魔術も取得されているとか」
「確かに……強き力の数々を私たちは持っております」
ナンダはティーカップの向こうを透かし見る。
(三賢者はウゲン様に何をさせるつもりなのか……ただ親近感を感じたから一緒にいるわけじゃないよね。
 ウゲン様がドージェに固執されている事を逆手にとって何か企んでいるんじゃないだろうか……。
 以前ウゲン様が三賢者はソウルアベレイターだとおっしゃっていたが……今の言葉でそれは裏づけが取れた)
「もしや……ウゲン様もソウルアベレイターなのだろうか?」
ナンダの問いに、小柄な一人が答えた。
「いえ。彼はまだ……」
「……まだ?」
「この世界は、まだ滅びてはいない」
「……率直に聞こう。貴方たちの目的は一体何なんだい? ウゲン様に何をさせるつもりなんだ?」
「私たちは彼に何をさせるつもりもありません……。
 何かをしようとしているのは、常にウゲンであり、ゲルバッキー殿であり、貴方たち契約者……。
 そう、“まだ”滅びていない世界の者たちです。
 私たちの世界は遥か昔にそれぞれ滅び、ナラカへと沈みました。
 かつて絶対なる滅びに最後までもがき、抗い続け……私達は持てる全ての力を注ぎ、手を尽くしました……。
 しかし、その甲斐なく己の世界を失う結果となりました。
 そんな私たちにとって、絶大なる力に挑もうとするウゲンには感じるものがあるのですよ。
 しかし……ウゲンは決して報われることはないでしょう……。私たちがいくら手を貸そうとも」
「なぜ、ウゲン様もソウルアベレイターになる、と?」
「絶大な力の前に屈し、それでも生き残るだけの強さを彼は持っています。私たちのように。
 世界が滅び、生き残った末にソウルアベレイターとなるでしょう。私たちにはそれが解っているんですよ……」

そのとき、ウゲンのすぐそばでレーザービームがはじけた。
上空に浮かぶ飛行形態のスフィーダ、デカログス・スフィアから、裏返ったキンキン声が響いてくる。ゲドー・ジャドウ(げどー・じゃどう)の声だ。
「オメーのせいで背中に十字架4本もはえちまったじゃねェか、責任とれやゴルァァァ!」
周囲の状況も、現在のニルヴァーナとパラミタの危機も彼の頭にはない。ツァールの長き触腕がうねうねと伸び、ウゲンを捕らえようとする。ウゲンは難なくそれを避け、軽口をたたく。
「へぇ、久しぶりじゃないか。なーんだ、まだ、背中に重いのを背負ってんのかい?」
「全部貴様のせいだろうがぁああああああッ!!
「背中の十字架どうにかしろやァァァァ!!!!! 俺様の恨みは恐ろしいぜェエエエエエ!!!!」
喚きながらさらにレーザービームの雨がそこかしこに降り注ぐ。シメオン・カタストロフ(しめおん・かたすとろふ)は黙々とゲドーの補佐をしていたが、内心はしぶしぶである。
(……関係ないのにつき合わされるこっちの身にもなって欲しいですね……)
状況はウゲンだけに危険なわけではなくなっていた。デューンがゲドーにも勝るとも劣らない狂ったような哄笑をはじけさせた。
「中々面白そうなことになったな、おい!
 ギャハハハハハハ! いっちょ、力貸してやるよ! ウゲン様よォ! 楽しもうぜェ!」
デューンがゲドーの機体をライフルで狙い撃つ。ハツネはディメンションサイトと行動予測でゲドーの動きを読んでいた。デカログス・スフィアをギルティ・オブ・ポイズンドールが襲う。
「あはははは! なんでもいい、ぶっ壊しちゃえっ!」
全員がゲドーとハツネらとの戦いと、そのとばっちりに気をとられている。月詠 司(つくよみ・つかさ)のパートナー、シオン・エヴァンジェリウス(しおん・えう゛ぁんじぇりうす)はウゲンの気を逸らそうと話しかけた。
「ねえねえ、香菜とクイーンがくっついた後如何するつもりなの?」
「“爆弾”に使えるかなってね」
「……爆弾?」
考え込むような表情で、シオンはツカサにテレパシーで指示を出した。
『今よ。さっき言った内容は覚えてるよね? ちゃんと伝えるのよ? 良い?』
『香菜くんを説得(?)して、インテグラル・クイーンから力を取り戻させるっていう話ですけど……。
 ほんとに有効なんですかねえ……やってはみますが』
ツカサは香菜の意識をゆすぶった。
『ン……誰? 何……?』
香菜の思念がかえってくる。
『良かった! 意識戻りましたね。えと……香菜クンに伝言です』
意識の上での会話ではあるが、ツカサは深呼吸をひとつした。
『ええ……このまま皆に助けて貰ってばっかりで良いの?
 ここは自分の意志でクイーンを軽く制して見せて香菜の意志の力って奴を示すべきじゃないの?
 今のクイーンが 以前より成長してるのは一目瞭然よね? あの立派な胸見てごらんなさいよ?
 もしそれが香菜の力の影響だとしたら?
 その力を取り戻して使いこなせれば、さよなら就寝前のマッサージ!!
 香菜の胸ももっと成長できるはずよ♪ ……との事です…ってコレ、何……セクハラ?
 というかこっちは私の意見ですが、あの、こちらの陣営にスキを見て逃げてくださいッ!』
『……わかったわ』
香菜からかえってきた思念には、禍々しい炎のオーラがまとわりついていた。
『うぅ……だからイヤだったんです』
シオンは嘆きの思念を投げかけた。
ウゲンとシオンはまだ話していた。
「……それで香菜に何か変化があるかもしれないし。
 クイーンと再融合すれば、クイーンが香菜の意識を喰らって完全に乗っ取る形になるのかなとかね。
 面白そうじゃないかい?」
「……実験みたいなものだってこと?」
「あははは。そこまで深く考えてないさ」
そこでふっとウゲンは言葉を切った。ハツネらの攻撃を避けまくったゲドーが、ウゲンめがけイコンで突っ込んできたのだ。
「ウゲンめェエエエエ!! ボッコボコにしてやるぅううううッ!!」
「……うるさいなぁ。もう。話もできやしないじゃないか」
慌てて飛びのくシオン。ニル子も悲鳴を上げて建物の陰に逃げ込んだ。香菜は跳ね起き、シオン、ツカサと共に仲間たちのほうへ全力で走る。ウゲンは突っ込んできたイコンをこともなげにヒョイとい避けると、コクピットを片手でトンと突いた。特殊加工されたキャノピーが難なく砕ける。突進の勢いにウゲンの攻撃か重なり、ゲドーのイコンは前面から瓦礫の山に派手に突っ込んだ。
「ぐぎゃあああああああああァァ」
カエルが潰されたような悲鳴が、瓦礫の下から聞こえてきた。
「手加減はしたし、十字架は増えないですんだんじゃないかな? あはははは」
笑うウゲン。それから何か遠くを見るような目つきになり、フゥとため息を一つついて逃げた香菜に向き直った。
「ふぅん。ま、いいや。そろそろ別の用事ができちゃったし。
 なんか護衛してくれてた人たち? 後を頼んだよ。じゃあね」
ウゲンはあっさりときびすを返し、キロスらとウゲンを守るべくやってきていた契約者たちを尻目に、あっという間もなくもと来た路を引き返していってしまった。