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創世の絆第二部 第三回

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創世の絆第二部 第三回

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インテグラル・ルーク

「一時はどうなることかと思ったぜ」 
戦艦の甲板真上で小型費空挺に乗り、待機していた天城 一輝(あまぎ・いっき)が額をぬぐった。『マ・メール・ロアの破片』、『龍騎士の欠片』を『装甲強化』で防御を強化した小型飛空艇アルバトロスは、身をもって艦橋の盾となるべく待機しているのだ。
「ブリッジはいわば戦艦の中枢、いわば脳だ。ここはなんとしても死守しないとな」
都にはびこるイレイザーたちは、各々散開して場を守護している。王宮の前のルークも、どういう攻撃を仕掛けてくるかわからない。周囲360度を敵に囲まれながら進むのだ。待機して敵を迎え撃つのに比べ、小規模な戦力で敵中を突破しながら侵攻すると言うのは分が悪い。常に警戒を怠らず、油断しないことが肝心だと一輝は考えていた。ユリウス プッロ(ゆりうす・ぷっろ)はもくもくと装備の点検を行っている。
「最悪、体当たりでの護衛もありだからな」
ユリウスは今回の作戦について、機乗前に一輝に言っていた。
「……最悪の事態にならないことを祈ろうや」
まだだいぶ遠いが、王宮の建物を目視できるほどの距離となった。その前に立ちふさがるルークの恐ろしい姿も。
「イレイザーが思ったより少ないな?」
一輝が言った。
「ああ……イヤな予感がする」
ユリウスがうなずいた。艦を護衛しているスフィーダクォンタムに乗艦しているクローラ・テレスコピウム(くろーら・てれすこぴうむ)も同じ懸念を抱いたようだ。
「ルークの正面にインテグラルが少ない。警戒してあたろう」
緊張感のある声が通信機から響く。
「ああ。しっかり目を見開いてみてるよ」
一輝が応じた。
「俺の艦は覚醒を使えない。だが、軍隊には軍隊のやり方がある」
「各々が使える手立てを使い、知恵を絞って対応することだな」
ユリウスが重々しい口調で言った。崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)がリヴァイアサンのサクに乗り、ブリッジのほうへ近づいてきた。一人乗りのドラゴンゆえ、パートナーのマリカ・メリュジーヌ(まりか・めりゅじーぬ)は留守番であるらしく、姿が見えない。
「一人かい?」
セリオス・ヒューレー(せりおす・ひゅーれー)が気楽に声をかける。
「あの子はいじり専用ですもの。今回はお留守番を命令してきたわ」
「……なるほど」
「ルーク、でしたっけ? ……まるで怪獣大決戦ね。もうちょっとかわいらしくはならなかったのかしら」
亜璃珠がルークの異様な姿を見やって感想を述べる。
 不意にルークが動いた。クイーンを頂く兆部に近い位置の、巨大なツノと口だけを持つ頭部がぐるりとこちらを向く。角が青緑の光を帯びはじめ、その真下の口がガッと開き、内部の機械のようなものの中心にツノと同じ色の光が集中し始める。
「総員急上昇しろっ!!!」
全ての隊の通信機から山葉の声が雷のように響き、侵攻部隊全てがビルの屋上近い高さまで垂直上昇する。その瞬間、青緑の光の玉は光条となってその直線上にあったものを全て貫いて都を走った。進路上のイレイザーも、建物も蒸発させながら。
「……なんて威力だ」
ユリウスが呻く。
「だが、どうも狭い範囲しか影響はないようだな。前触れもわかりやすい」
ドックズオブウォーの傭兵団のイコンを左右に従え、クローラの機体がゆっくりと旋回する。ルークの周囲にいたイレイザーが、こちらに向かってくる。クローラはてきぱきと命令を下し、チームの弾薬が尽きないよう部下たちに命じる。
「ツノが光ったら、上下左右に大きく動いてよけろ」
イレイザーの群れがいっせいに襲い掛かってきた。アルバトロスはブリッジ周辺で、敵の動きを見ることに集中する。ブリッジへの攻撃を自機の体当たりで止めるためだ。クローラのイコンと、その部下の機体が3機セットで展開し、長射程のブラスターで遠距離攻撃を加えている。セリオスのスキル、行動阻害で動きを鈍らせ、偵察で翼の弱い箇所を狙って集中攻撃をかける。浮力がなくなれば高度60メートルほどを移動する戦艦にとっては脅威ではなくなる。落下するイレイザーにとっては重力加速度も加わった急速な落下は十分な攻撃ともなるだろうからだ。
「艦橋に万一突っ込むものがある場合、僕たちの機体もシールドを投げて当ててでもいいから防ぐよ!
 天城さんたちにだけ、負担がいかないようには考えているからね」
セリオスがアルバトロスに通信を入れた。
「ああ、ありがとな。気をつけろよ」
「君たちもね」
亜璃珠のリヴァイアサンが細長い巨体をくねらせ、イレイザーをクローラらの有利に動ける場所へと誘導してゆく。
(この子は大物と戦うのには慣れてないから……。戦うのは私でなく、サク。
 主がしてやれるのは、この子が全力で戦えるようにすること)
「サク、頑張ってね。大丈夫、怖くない。船を追い払うのと勝手は同じよ」
龍の咆哮を使い、サクと人馬一体――いやこの場合は人龍一体というべきか――で、巧みにイレイザーの炎や、繰り出される触手を避けながら、罠へと誘い込んでゆく。展開していたイレイザーたちは徐々にその数を減らしていった。

「さてと、大本命やな。折角メルるんが指揮やし、ええ手柄になるよう、働いてやりたいなぁ?」
ファーリスバンデリジェーロに機乗する大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)から、ジェファルコンウィンダム高崎 朋美(たかさき・ともみ)に通信が入った。
「さっきのビームの威力は狭い範囲だし、ため動作もあったけどものすごく強力だったね……」
「せやなぁ……ルークに牽制の攻撃を仕掛けて、その反撃パターンをなるべく数多く出させるってのはどうや?
 ほしたらルークの弱点を判断・分析して的確な指示が出せるのとちゃうやろか?」
「弱点をあばくために、ボクらは全力で囮攻撃をするってわけだね?」
「せや。倒すための攻撃やのうて、パターン出させるためだけやから、躍起になる必要もない。
 あとはひたすら避けるだけの、簡単なお仕事っちゅうわけや」
「後の事は、仲間達に任せればいいんだから、ね?」
軽口を叩き合ってはいるが、未知の、それもすさまじい強さが予想される敵である。いかに危険な囮行為であるかは二人ともよく解っていた。泰輔のパートナー、讃岐院 顕仁(さぬきいん・あきひと)は朋美と泰助が話している間にすでに使用エネルギーを最小限にした効果的な移動パターンの組み合わせの解析や、各種緊急事態に備えた回避パターンの入力などを開始していた。有利なのはこの機体がワープ移動を持つことだ。いざというときは危険域からの脱出も他の機よりも楽にできる。最新鋭の第三世代機には攻撃を中心に当たってほしいという思惑もあった。
「頼んだで。頼りにしてるで」
「任せよ。可能ならばヤツを消耗させられれば一石二鳥」
「ほーい、ほい、と」
泰輔は効果的な攻撃のパターンをシミュレートしてみた。朋美も攻撃制御担当ののウルスラーディ・シマック(うるすらーでぃ・しまっく)に、声をかけた。
「より強力な仲間達が有効な攻撃を出来るよう、弱点を引っ張り出すよ!」
「ああ、わかってる。武器の装備変更に時間を取られて隙が出来ないようなパターンを割り出してある」
「頼んだよ。やられちゃあ元も子もないから、引き締めていくよ」
「倒す事が任務ではない事は心得てる」
「うまくやれば蟻だって象を倒せるのさ! 行くよっ」
万一を考え、戦艦と対ルーク部隊には即回避できる位置まで下がってもらうよう連絡し、まずは泰輔の機体が遠距離から高速でルークアサルトライフルを撃ち込んだ。ルークの真ん中あたり、獣のような頭部が低い咆哮を発した。その口から大量のスポーンが雲霞のように現れ、襲い掛かってくる。即座にソウルブレードを振り回し、小虫のようなスポーンをなぎ払う。朋美の機体もビームサーベルで加勢する。さらに頂点のクイーンの目が赤く輝き、震えるようなソプラノが響いた。
「音波攻撃だ! 即回避っ!!」
讃岐院が叫んだ。ほぼ同時にルークの全身から棘のような長い触手が一気に噴出した。辛くも二機は間一髪で串刺しを逃れた。
「……ヤマアラシだな、まるで」
ウルスラーディが軽口をたたく。触手は現れたとき同様、唐突に引っ込んだ。
「気軽には接近できないということだな」
讃岐院がふっとため息をつく。遠距離攻撃を中心に、即回避できるよう警戒しながら2機は遊撃を数回試してみた。ルークの動きはまったく衰えることはなく、どこに攻撃が当たっても虫に刺されたほどのダメージもないようだった。不意に体の真ん中付近にあった頭部が2つ、ずるりと本体から抜け出してきた。飛ぶことはないようだが長い舌を持つ異形の生き物はそれをムチのように振り回して周囲の建物を崩壊させた。
「なんだあれ……」
「分裂しやがった」
ルーク本体に接近は非常に危険だということと、攻撃の多彩さはわかったものの、先ほどとなんら変わりなくルークは鎮座していた。分裂した2匹は本体を守護するように舌を振り回している。
 彼らから程近い位置で待機していた黒乃 音子(くろの・ねこ)のフィーニクス{ICN0005073#Esprit}と白鳥 麗(しらとり・れい)ゴールデン セレブレーションが前進してきた。ルークから抜け出してきた分身も危険極まりないが、あるいは抜け落ちたあとの箇所が弱いかもしれないと考えたのだ。今までにイコン以上ともいえるパワーを発揮してきた熾天使の力を持つセルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)とともに、助力できることがあるかもしれないと考えた御凪 真人(みなぎ・まこと)も通信機を手に、母艦である戦艦に程近い位置から協力する旨を黒乃と白鳥に連絡を入れた。
「爆雷、叩きつけたら爆発するよね?? 爆撃できるんじゃな〜い?」
黒乃が言った。
「クイーンの部分に近い位置を狙う、と? 
 なら、俺達はそのフォローに回りますよ。ですがいきなり上部を狙うのは難しいのでは?」
御凪が言う。
「上部にいらっしゃるインテグラル・クイーンですが……。あまりにもこれ見よがしすぎて逆に罠に見えますしね」
「とりあえず、手前の分裂したやつと、可能ならルークの上にも爆撃を試してみるさ」
黒乃の言葉に、白鳥も同意する。
「いいでしょう。例え罠でも飛び込み、このわたくしの拳を叩きこんで差し上げますわ」
白鳥はサブパイロット席のサー アグラヴェイン(さー・あぐらべいん)のほうに体を傾けた。
「百合園生徒として、わたくしもイコンに乗って戦わせていただきますわ!
 アグラヴェイン、しっかりとサポートをお願い致しますわよ?」
アグラヴェインはしっかりと頷いた。
「それは勇気とも言えますが、少々蛮勇になる気が致しますな。ですがそれがご決意というのであれば、わかりました。
 私は、ギリギリまでお嬢様のイコン操縦のサポートを行います。
 ただし、敵のカウンター攻撃が発動しそうでしたら強制的に回避行動に移らせていただきます」
「わかりました。お願いしますわ」
アグラヴェインは白鳥の言う行動は実質上の攻撃と言うより、あえて敵に飛び込み、黒乃の爆撃のために敵の注意を引きつけるものであると理解していた。それゆえ危機的状況からの回避行動を中心としたデータのインプットを行っていた。
黒乃のパートナー、フランソワ・ポール・ブリュイ(ふらんそわ・ぽーるぶりゅい)は、爆発の程度と爆風の拡散の程度などをシミュレートしていた。
「まあ、最悪味方への支援となればそれで良いわけですからな」
慎重なフランソワをよそに、黒乃は気楽に考えているようだった。
「ま、間断なく攻撃に徹すればいつか倒れるんじゃないっすか?」
「……どうでしょうな」
 御凪とセルファは、上空の偵察機からの情報を元に、建物を遮蔽物としてルークのほうへとじりじり移動を開始していた。力を使う際にルークにすぐ近づくことができ、なおかつ退避の際にも危険がない位置を選ばなくてはならない。イレイザーが入り込めないような狭く入り組んだ場所を選んで移動してゆく。
「こういう場所では生身のほうが有利だね。……セルファ、大丈夫ですか?」
眉間にしわを寄せ、何かを一心に考え込んでいる様子のセルファの手を引き、御凪が囁く。
「いつも通りの一か八かな博打になりそうだと思ってね」
「確かにね。でも一か八かの賭けですけど、引く気は無いですよ」
 これで3回目の熾天使の力。少しは慣れたいものだけど、今はやれる事をやるわ。大丈夫」
「それならいいけど、何か懸念があるなら言って下さいね」
「自分のイメージした武器が出せるみたいだから、イメージをきちんと固めておきたいのよ。
 今回も槍で行くつもりだから。目的地に着くまでにきちんと考えておきたいの。誘導だけ、お願いね」
「わかった」
全員の配置が完了し、バンデリジェーロとウィンダムに攻撃の交代の通信が入る。
「……この辺が限界だね。ボクらは退避しよう」
「せやな」
ゴールデン セレブレーションが2機の退避を助けるべく、ルークの手前にいる分裂体に強化型ガトリングガンを乱射する。ルークの方もそちらに複数ある頭部を向けた。
「今だ!」
Espritがルークの上空からデプスチャージを大量に投下し、回避行動をとりながらそれをツインレーザーライフルでなぎ払う。ルークとその周辺が噴火でもしたかのような爆炎に包まれた。ここぞと白鳥の機体がやや距離をとってビームアサルトライフルをガンガン撃ちち込む。
 爆風が晴れたとき、ルークは傷ひとつない状態で依然としてその場にあった。
「バカな……なんともないだと……?」
茫然自失の一瞬をついて、ルークの全身から触手が飛び出す。その刹那、セルファと御凪の大天使が出現し、ゴッドスピードとバーストダッシュの合わせ業で突っ込み、手にした巨大なランスで触手をなぎ払った。イコンは辛くも攻撃から逃れた。大天使はランスバレストの突撃からライトブリンガーを打ち込んだ。やはり傷はつかないものの、ゆらゆらとルークは後退した。
「通常攻撃は通らないか……っ!」
フランソワは呟き、力を使い果たした御凪とセルファを救うべく機体を走らせた。