空京

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創世の絆第二部 第三回

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創世の絆第二部 第三回

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没落の都市

 かつて高度の機晶技術を極めた古の都市は、その栄華の痕跡をわずかに残すくすんだ廃墟と成り果てていた。時折黒い砂嵐に見舞われるこの都市跡はいくつも立ち並んでいた超高層ビルや、錯綜する優美な曲線を描いていた高架の交通路がところどころ崩れ落ち、無事な建物も長きにわたって放置され、砂に磨かれて元の色合いを失い、低く垂れ込める鉛色の空と同じ色合いに染まっていた。時折ひらめく稲妻が、薄紫の閃光を投げかけるのが唯一の彩であった。
 都の中心部、巨大な王宮の手前に立ちふさがるのは、高層ビルのごとく高くそびえるインテグラル・ルークだった。100メートルあまりもあるその巨大な体は、もはや異形のものとしか言いようがなかった。さまざまな生物を寄せ集め、無理に融合させた挙句に創造者が整合を持たせるのをあきらめてしまったかのような姿だった。上半身のあちこちから獣や、溶け崩れた生き物の頭部のようなものが突き出し、昆虫や軟体動物を思わせる腕が不恰好に突き出している。背中の翼も昆虫や鳥、コウモリのような生き物の羽を無造作に突き刺したような按配だった。その頂点には石像のようなインテグラル・クイーンの上半身が、ルークの巨体にあわせて巨大化して突き出している。その手前の都市部にはビルのまにまにうごめくイレイザーたちの姿が見える。
「思ったより崩壊していないもんだな」
 王宮に突入すべく発進した戦艦のブリッジで、ニルヴァーナの悪夢を見やっていたメルヴィア・聆珈(めるう゛ぃあ・れいか)の背後から山葉 涼司(やまは・りょうじ)が声をかけてきた。
「そうだな……」
「インテグラル・ルークってのは、ありゃ出来損ないの化け物そのものだな」
「だが、その能力はあのビショップさえ凌駕するという。侮れんぞ」
二人は顔を合わせるでもなく、ただ並んでブリッジの外部スクリーンを見つめたまま会話していた。
「頂点にクイーンを頂くルークか……。なにかクイーンには変化があったって話しだが」
「ああ、そういう報告を受けている。実際今回も、コンタクトを取っててみようと考えている契約者もいるようだ」
「吉とでるか、凶とでるか……。さて俺は上部甲板で敵警戒をするとしよう。総合指揮官殿、頼んだぜ」
「言われんでも最善を尽くすさ」
山葉は振り向きもせず片手を挙げるとブリッジから出て行った。メルヴィアの瞳が炎の輝きを宿してスクリーンをにらんだ。
「今回の使命はこの艦とファーストクイーンたちを無事に王宮へ送り届け、帰還させることだ!
 戦艦の安全な進路の確保、ならびに王宮への突入、撤退時にルークの注意を艦から逸らす事。
 それさえできればいい。余計なことは考えるな! 敵は未知数だ、最大限の注意を払うように。
 こちらの戦力は決して余裕があるわけではない。無茶はするな。以上。総員配置につけ!」
 もとはにぎやかな都市の中枢であっただろう高層ビルの残骸を眺めながら、エルサーラ サイジャリー(えるさーら・さいじゃりー)ペシェ・アルカウス(ぺしぇ・あるかうす)に言った。
「イレイザーが結構はびこってるのね。王宮に進むのに市街戦は避けられないね。
 建物を利用して王宮を目指せるけど、そこは敵も同じよね」
「イコンとか、地上でサポートする人たちが戦って、戦艦を王宮まで無事に通すんだよね?」
「そうよ。でも……前に戦った荒野みたいに開けてないから、今回は偵察する人手が多く必要だと思うの。
 私達も各々飛空艇に乗って、うーんと高い空から望遠で街を撮り、戦艦に転送するのはどうかしら。
 比較的手薄な場所を探して進むのがいと思うのよ」
「あ、そっか。ナビゲーターをするんだね?」
二人は勢い込んでメルヴィアの元へと向かった。話を聞いたメルヴィアはうなずく。
「高空からの監視は確かに有用だろうと思いますが、物陰までチェックはできませんね」
安芸宮 和輝(あきみや・かずき)とともに来ていた安芸宮 ミサキ(あきみや・みさき)が翼を広げた。ミサキは大型のヤタガラスの姿を持ったギフトだ。何か言おうとするエルサーラを制し、和輝が言った。
「エルサーラさんたちが送ってくださったマップを元に、手薄そうなところを私のイコンで実地調査します。
 それをもとに戦艦の進路を決められれば、より安全かと思います」
「でも、イコンじゃ大きくて目立たない?」
ペシェが尋ねると、ミサキが胸を張った。
「拙者らのイコン、プラヴァー{ICN0004038#シャドーウォーカー}はステルス仕様なのですよ」
「なるほど……それなら大丈夫ね」
エルサーラが言った。
「提案はわかった。確かに手薄な箇所を突破して進んだほうが効率がいい。
 王宮の手前にはあの未知数のルークが陣取っている。戦力はできる限り温存しておきたい。2組で動いてくれ」
「はいっ!」
和輝とエルサーラは意気揚々と出て行った。エルサーラとペシェが一気に高高度まで小型費空挺で上昇する。とにかくすばやく、敵の目に付かないように動かねばならない。そういう意味では皮肉にもイコンの大部隊に守られた戦艦は、敵の監視対象としてはいい囮となってくれている。シャドーウォーカーが少し遅れてステルスモードで発進する。
「2時の方向にはイレイザーの集団がいるよ。11時の方角は比較的手薄な感じがする」
ペシェからの通信が和輝の元に届いた。
「奴等にむかついたから、良かったらついでに奴等の様子も送るわよ?
 ……最新の映像、要る? 要るなら送ってあげなくもないけど……?」
エルサーラの声が飛び込んでくる。その突っ張った声を聞き、和輝は薄く笑った。
「……お願いするよ」
「べ、別にクジラ船長がいないから、みんなが頑張る様を見たい……とかじゃないんだからね」
ステルスモードではあるが、和輝は慎重に建物の影を移動していった。エルサーラとペシェから次々送られてくる高高度撮影されたデータに、砲撃などで建物を破壊すれば敵の動きを鈍らせられたり、戦艦自体が建物の影になるようなルートを選び出して送信する。無論イレイザーの配置データの裏づけも一緒だ。忙しくコンソールを踊る和輝の手。一方のミサキはサブシートにきっちり固定された鳥かごの中で、毛づくろいなんぞをしてくつろいでいる。
「緊張感がないな……」
和輝がボソっとつぶやく。ミサキは片目で和輝を見上げて言う。
「一応、偵察任務ですから周囲に目を光らせてますけどね?
 人間と違って、片目ずつで見たほうがよく見えるんですよ」
和輝はその返答をスルーしてつぶやいた。
「闇雲に進むよりはずっと安全でしょうね。もっとも、地下施設のチェックまでは無理そうですが」
イレイザーとルーク、イコン部隊に戦艦の衝突。この街がこんな事になるとは、かつての住民たちは思いもよらなかったに違いない。高空監視と地上探索の二組は、着実に任務を遂行していった。パラミタを救うための小さな、しかし大切な任務を。