空京

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創世の絆第二部 第三回

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創世の絆第二部 第三回

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ウゲンとキロス1

 戦艦の進路確保に契約者たちが動いている中、市街部ではイコン破壊の衝撃で意識を失ったニルヴァーナの地祇 ニル子と夏來香菜を左右に抱え、ウゲン・カイラスがビルの合間を縫いながら、インテグラル・ルークを目指していた。ウゲンにとってイレイザーなど敵ではないのだが、二人を抱えての戦闘も面倒なので、手薄そうなルートを傍受しながら市街地を移動していた。
「こっちも露払いしてくれているみたいだから、ありがたく安全路を使わせてもらうかな」
後方から3機のイコンが高速で接近してくる。
「ん? なんか新手か?」
鬼院 尋人(きいん・ひろと) のファーリステュールから通信が入った。
「オレらはあんたの護衛に来た、攻撃じゃないから安心してくれ。
 敵対するヤツに、あんたにに手出しをさせるわけにはいかないんだよ」
「別に頼んじゃいないが……まあ、来たければ来たら? 自分の面倒は最低限自分で見られるならね」
ウゲンの小憎らしい返事が返る。尋人はため息をついた。
「ウゲン、どうやってその力を得たの?」
「生まれつきさ。兄貴と同じだ」
「でも、以前より……」
「“強くなってる?” だったら、いいんだけどね」
ウゲンは生来の力をただ使っているだけのようだった。
ドージェに叶うことが出来ないと悟ったその力を。
ふーっと息をついて呀 雷號(が・らいごう)をみやると、複雑な表情をしている。
「どうした?」
「今回は香菜にチョコレートを持って来れなかった……」
「ああ、まあ、気にするな。な? 無事戻ってからあげたら良いじゃないか」
雷號の無骨な顔に灯りが点る。
「……そうだな」
雷號はウゲンの異常な強さを獣人の勘で感じ取っていた。視野に入るだけでうなじから背中の毛が全て逆立つような気持ちになる。尋人には匂わせもしないが、彼は密かに、ウゲンがすでに人ではない存在なのではと思ってもいた。
 同行している早川 呼雪(はやかわ・こゆき)もまた別の思惑からウゲンの護衛を買っていた。シパーヒーラシュヌのコクピットで周辺を警戒しながら、彼が考えていたのはインテグラル・クイーンのことだった。
(ウゲンがしようとしていることは無茶苦茶かもしれない……でもあるいは荒療治にも転ずるかも知れない。
 インテグラル・クイーンに心を持たせて助け出せる可能性や、香菜が成長出来る可能性もある)
そんなことを考えていた呼雪にヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)が声をかける。
「香菜ちゃんとクイーンをまたくっ付けるって……そんな事出来るのかね?
 ……呼雪のやる事も大概無茶だけど、一か八かってのは嫌いじゃないよ」
「ああ、知ってる」
「ま、とにかく今は……インテグラルクイーンの元へたどり着かなきゃね」
そこでいったん言葉を切り、ラージャはウゲンに通信で呼びかけた。
「そうそう、まえーに、ドージェ本人に聞いた事あるんだけどさ? ウゲンは見捨てられた訳じゃないよ」
「ああ、僕の方が見捨ててやったのさ」
くくっとウゲンが笑む。ラージャは心の中で肩をすくめた。言うだけは言ったのだ。
 最新鋭の第三世代機ストークのウロボロスを駆りながら斎藤 ハツネ(さいとう・はつね)はまた別な思惑からウゲンについてきていた。以前は九曜として活動していた者のの転生体であるデューン・ヴァーンズィン(でゅーん・う゛ぁーんずぃん)が、面白いことがあると誘ったのである。
「何だか面白い事に付き合わせてくれるって言うから来てみたけど……。
 クスクス……壊しがいのあるのでいっぱいで楽しそう♪
 このイコンっていうので遊ぶのは初めてだけど……いっぱい壊してあ・げ・る♪」
ハツネは破壊することこそが価値の全てであると教えられてきたため、そのゆがんだ価値観は何か――あるいは誰か――を破壊することこそが褒められるべきことだとしか思っていない。残忍で残酷なデューンとは親しく、彼の事は右天ちゃんと呼び慕っていた。デューンがウゲンに声をかけた。
「僕の前世に世話になった人と聞いてたから来てみたら……随分と面白そうじゃないか! 僕も混ぜてもらうよ」
「……勝手にすれば良いさ、めんどくさいのが追っかけてきてるしね」
笑いを含んだような声でウゲンが答えた。
 件の面倒くさいやつ――キロス・コンモドゥスは香菜救出のため協力を申し出た契約者たちと共に、ウゲンのあとを追い続けていた。ウゲンに浴びせられた罵声を思うと、心底から煮えくり返る怒りが湧き上がる。半ばは香菜への心配から、そして半ばは決して弱くはないはずの自分、なのにパートナーを守りきれなかったことで、露呈したこと――それは彼がプライドから押し込めてきた、上には上があるという事実が眼前に突きつけられた形となったためだった。
マリカ・ヘーシンク(まりか・へーしんく)がのほほんと声をかけてきた。
「あ、あのキロスさん。
 キロスさんの強さを間近で見れる場所に連れて行って欲しいんだけど、だめかな?」
「……勝手にしろ」
テレサ・カーライル(てれさ・かーらいる)が慇懃にキロスに言う。
「同道をご許可いただきまして、ありがとうございます。
 ウゲン様に言われっぱなしでは、キロス様の面目が潰れます。キロス様を慕う人も多々います。
 キロス様は選べる立場であって、決して妹ラブへ逃げている訳では無いと知らしめなければなりません」
「……何の話だ」
フォローになっていないフォローに、キロスがむすっと返事を返した。
「『ウゲンくんこそダメな兄じゃない』って言ってる人がいたわよ」
マリカが火に油を注ぐ。つんつんとマリカをつつき、テレサがなにやらマリカに耳打ちする。
「え、デートの続き? こんな切迫した時にそんな事は考えられるわけないじゃない!
 ……先だってのキロスとのデートはテレサから落第と言われたけどさ……。
 せめてお弁当だけでも作り直して……。
 キロスさんの分だけでなく、香菜さんやウゲンさん達の分も作らないといけないのかな?」
「先だってマリカさんとのデートを受けて戴いたご恩に報いるにも大事な事でございます」
「そんなこと……え、今デートが嫌なら、次のデートの約束を取り付けろ!?
 ちょっとテレサ、何考えてるのよ!」
緊迫感も何もない。これはこれで独走状態である。
 飛空艇アルバトロスに乗り、キロスに伴走している飛鳥 菊(あすか・きく)が憎まれ口をたたく。
「まあさ、駄目弟を卒業するには、まず奪還することだな。
 しっかしお前の契約者さ、よく攫われるよな。どっかの姫さんみたいだ」
「相手がドン臭ぇ亀だったらまだマシだったな」
「ハッ。ったく、あの悪魔野郎、面倒ばっか起こしやがって。
 おい、赤いの。駄目にだけはなるんじゃねーぞ? どーせなるなら馬鹿だけにしとけ」
「るっせえ。そろっと黙って走れ」
赤いのと呼ばれた上、無意識上の図星を突かれたキロスが怒りに任せて走るスピードを上げる。漣 時雨(さざなみ・しぐれ)が追い討ちをかけるように煽る。
「駄目弟、ね……。あながち間違ってないかもな? オレ、今のお前は騒いでるだけのガキに見えるね。
 あのウゲンってガキに『キロス・コンモドゥス』を見せてやれ……弟くんなんて呼ばれたくねえだろ?」
キロスは赤毛をまとう炎のように輝かせながら、歯を食いしばった。
 実直そのものの無限 大吾(むげん・だいご)はプラヴァー・ステルスアペイリアー・ヘーリオスセイル・ウィルテンバーグ(せいる・うぃるてんばーぐ)とともに機乗してキロスと共にウゲンを追いながら、香菜を何とか助けたい、ウゲンを止めなくてはと思っていた。
「しかし、彼は香菜さんをどうするつもりなんだ?」
こぼす大吾にセイルが言う。
「まったくです。でもって…………ウゲン相手ならぶちのめしたほうが早いです。
 説得とか聞くような人じゃなさそうですし」
「……そうだな」
大吾はウゲンを傷つけるつもりはないので、今回銃器には非殺傷のゴム弾を装填していた。通常の人間でも当たれば十分痛いが、致命傷を負わせる危険はほぼない。
 突如目の前に10体のスポーンが出現した。3メートルほどの個体だ。上空から菊と時雨のアルバトロスが飛来する。
「時雨。今日は暴れる事を「許可してやる……獲物は逃がすんじゃねえぞ……いくぞ。仕事の時間だ!」
菊がクロスファイアとスプレーショットで豪雨のような弾幕を張ると、半数が致命傷を負ってはじけ飛ぶ。
「おーお。菊は怖いねェ……、さてとこっちも一暴といこうか!」
時雨が地面すれすれを飛びながら、トラッパーと破壊工作の合わせ業で、設置が見えないほどの速さで地雷トラップを置いてゆく。菊が残るスポーンの頭上をからかうように飛び、飛空挺の底面で頭を薙ぐ。スポーンが先に設置した地雷に近い位置に来るよう誘導し、時雨を召還する。
「来い……フォカロル」
すかさず時雨が氷術で敵の足元を凍らせる。
「もっともっといけんだろォ? ヒャハハハッ」
先に仕掛けたトラップ目がけてアルティマトゥーレを放つと、すさまじい爆発が起き、残るスポーンは瓦礫ともども吹っ飛んだ。大吾がボソッと言う。
「おいおい、ちょっと派手すぎやしないか?」

 ルークまであと数百メートルというところで、ウゲンは立ち止まった。抱えていた香菜とニル子を降ろす。ニル子は途中で意識を取り戻しており、ため息をついて立ち上がった。
「もうちょっとレディは大事に運んで欲しいですぅ」
「お前は香菜を見てろよ」
文句はスルーしてウゲンはニル子に言った。そこにキロスらが追いついてきた。
「ダメ弟君……思ったより早かったね」
大吾がウゲンに呼びかけてきた。
「ウゲンくん。一体何をするつもりだ? もし香菜さんにとって危険な事なら、悪いが止めさせてもらうぞ」
セイルも脇に並ぶ。
「そうですっ! 駄目な義弟に説教したお兄さんは妹をどうするつもりですか?
 私達の可愛い後輩に危害を加えるようなら、黙っちゃいませんよ」
ウゲンは肩をすくめただけだった。
「どうせ口で言ったところで止まってはくれないだろうな。ならば、力尽くで止めるまでさ!」
大吾は弾幕援護で撃ちまくりながら、ウゲンの前に回り込んで通せんぼをした。『お下がりくださいませ旦那様』、『ガードライン』を応用して 進路を塞ぐ。匿名 某(とくな・なにがし)も飛び出してきた。
「そうだっ! 今度は香菜になにさせようってんだ! 後輩の危機に先輩として黙ってはいられねえ!」
ダッシュローラーで加速し、大吾と並びウゲンの前に立ちはだかる。結崎 綾耶(ゆうざき・あや)が後方に立ち、大吾の弾幕支援にまぎれてレジェンドレイを放つ。多少なりとも攻撃力を下げようというのが狙いだ。匿名がホカの契約者たちを巻き込まぬよう、真空波をウゲンのみをターゲットロックして繰り出し、風術もさらに繰り出して多少のダメージ効果と浮かせ効果を狙う。だが、ウゲンは面倒くさそうな表情を張り付かせたまま、微動だにしない。
大吾が叫ぶ。
「ここから先には行かせないからな!『お引取りくださいませ』グーパンチだ! 歯を食いしばれ!」
攻撃はきれいにヒットしたはずだった。だが吹っ飛んだのは大吾のほうだった。
10メートルは優に吹っ飛び、瓦礫に叩きつける寸前、龍鱗化でダメージを殺し、横に転がってすばやく立ち上がる。その隙を狙い横手から匿名が巨大化させたフェニックスアヴァターラ・ブレイドを叩き込もうとした。ウゲンはひょいとそれを避けた。剣をつかみ、匿名ごと持ち上げると、ウゲンは大吾の方に匿名を放り投げた。
「おっと!」
匿名は風術を応用して空中を飛びながら軌道を変え、ふわりと瓦礫の上に降り立った。
「な、なんてパワーだ……」
大吾と二人、身構えながら呟く。セイルが戦闘モードに切り替わり、加速ブースターと機晶ブースターで突っ込んでくる。金剛嘴烏・殺戮乃宴を構え、その表情からは理性が消えている。
「オラオラァ、ぶっ潰れろこのすかし野郎! キヒッ、キヒヒヒヒッ!」
そのスキに綾耶が意識のない香菜のほうに接近を図ろうとセラフィックフィールドで身体強化、強化光翼を作動した。同時にセイルが獲物を叩きつけると見せて、等活地獄で踵落としを叩き込む。ウゲンはその踵を軽くつかむと、駆け始めようとしかけた綾耶に向かってセイルを放り投げた。
「おっと、裏をかこうったってそうは行かないよ」
「ギャッ!」
「あうっ!」
とっさに綾耶が作動した護りの翼でセイルとの激突は逃れた。二人の少女はすぐに立ち上がって身構える。ウゲンは再度襲い掛かってきたセイルのみぞおちを軽く指先で弾いた。鍛えた肉体もさすがに急所狙いではたまらない。
「くうっ」
セイルは意識を失って、その場に崩れ落ちた。大吾と匿名が、二人のもとにすぐに駆け寄る。
「綾耶、なんて無茶を!」
「……ごめんなさい。香菜さんだけでも取り返そうと思って」
大吾もすぐにセイルの介抱に当たり、彼女が怪我をしていないことを確認する。