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リアクション
ブラッディ・ディヴァイン殲滅戦 2
吉井 ゲルバッキー(よしい・げるばっきー)が開いた回廊から出てすぐに、ただっぴろい巨大な部屋に繋がった。これといった目ぼしいものは何もなく、ただ広いだけの部屋で繋がる通路も二つしかなかった。空気が埃っぽく、歩くと足跡が残る程に砂埃が溜まっていて、使われていない部屋であると判断し、そこを橋頭堡とする事にした。
「クローラの隊から連絡があった。格納庫の位置が特定できたそうだ」
長曽禰 広明(ながそね・ひろあき)中佐は、出撃準備を整える契約者達の間を歩きながら、傍らのメルヴィア・聆珈(めるう゛ぃあ・れいか)にそう告げる。
「了解です。他に報告は」
「いや……そういえば、少し声が篭っていたな。鼻づまりでも起こしていたのか、いや通信の不良だろうな。忘れてくれ。報告内容には特にこれといったものはない、端的なものだ。問題は無かったのだろう」
「では、作戦通りに私は格納庫の制圧の指揮を執ります」
「そうしてくれ」
メルヴィアはすぐさま部隊を取りまとめに駆け足で離れる。
長曽禰はその後姿を目で追うこともなく、自身も出撃のために自分のパワードスーツの元へと向かった。その途中で、ふと足を止めた。
正座をさせられて、説教を受けているアウグスト・ロストプーチン(あうぐすと・ろすとぷーちん)を見つけたからだ。
「あー、その辺にしてやれ。すぐに出撃するぞ」
声をかけられて、ソフィー・ベールクト(そふぃー・べーるくと)が敬礼を返してから、「は、了解しました」とはっきりと答える。
ソフィーの敬礼の動作や、ハキハキとした返事は単純に気持ちがいい。軍人とはこうあるべきという見本のようだ。一方のアウグストは、手の平を合わせて、キラキラした目で長曽禰を見上げていた。あまりのキラキラ具合は、少女マンガなら花が舞っていただろう。
「中佐が、わたくしのことを気遣ってくれるなんて!」
「いや、作戦が始まるから」
「きっとわたくしの事が気になってしかたないのですわね!」
だめだ、会話が通じない。
「とにかく、出撃準備を整えておけ。五分以内にだ」
「了解しました。お任せください。なんとかしてみせます」
ソフィーの言葉が頼もしい。
長曽禰の護衛を熱烈な志願で半ば強引にもぎ取ったアウグストは、これで中々戦場では鼻がきく。熱意だけで護衛になれたわけではないのだが、平時ではこうして説教を受けてる姿がやたら目につくのが珠に瑕だ。
「五分、五分ですって、お肌のケアがまだ……」
「装備を整えるだけで十分です。さぁ、さっさといきましょう」
ずるずると引きずられていく姿に若干の不安を覚えつつ、長曽禰は今度こそ自分の装備の準備を整えに歩き出した。
パワードスーツを装着し、機能の確認を行っている最中にふと新風 燕馬(にいかぜ・えんま)がキョロキョロと辺りを見回しているのに気づく。
「何か不安事があるのか?」
気になって声をかけると、「いえ……」と小さい声が返ってくる。
「そうか、ならいいが……」
「ゲルバッキーの姿が見えないなと、思いまして」
回廊に入り、斥候を送り出してからまだそれほど時間は経過していない。格納庫の発見も、思っていた以上に迅速だった。その僅かな時間に、ゲルバッキーと一定数の契約者が忽然と姿を消していたのである。
「彼には、我々とは別の目的があるようだ。その為に動いているんだろう」
ゲルバッキーがあれほど迅速に動けるのは、間違いなく内部構造を熟知しているからだろう。それを教えてもらえなかったという事は、自分達はブラッディ・ディヴァインに対して囮としての役割を与えられているという事に違いない。
「……なんかひっかかるけど、作戦は頑張ります」
「そうしてくれると助かる。敵の戦力は恐らくあまり残っていないだろうが、今回は完全に敵地に乗り込む形だ。何があるかわからないからな」
パワードスーツの最終確認を終えた長曽禰は、燕馬との会話を終わらせるとすぐに自分の部隊の集合場所へと向かった。立場上、時間より前に待っていると無駄に部下を緊張させる。時間ぴったりが大事なのだ。
長曽禰が離れていくのと入れ替わるようにして、ローザ・シェーントイフェル(ろーざ・しぇーんといふぇる)が燕馬の元へもどってきた。
「お待たせ」
「なんか声をかけられた」
「うん、見てたから終わるの待ってたのよ」
「それ、ずるいだろ……ところで、お前の父親のパートナーの様子が明らかにおかしい件について」
「ノーコメントで」
「……いいのかそれで?」
「……ねぇ燕馬ちゃん。世の中には『ツッコんだら負け』な事ってケッコー多いと思うの」
通路は薄暗く、そして狭かった。主要の廊下ではなく、連絡用の通路なのだろう。かなり長い間、誰かが踏み入った様子は無く集団がどたどたと進んでいくと埃が舞い上がって大変な事になる。
勝手知ったるなんとやら、ゲルバッキーはその通路を悠々自適にのんびりと歩いて進んでいた。敵の襲撃は無い、そうとでも言いたいかのようだ。
「ゲェェエエエエエルバッキィィィイイイイッ!」
突然、空気を切り裂さいて、影が飛び出してきた。
同行する何人かに緊張が走るが、飛び出してきたものが猫である事に気づくと、その緊張はすぐに解けた。
猫、ンガイ・ウッド(んがい・うっど)はゲルバッキーの頭の上に飛び乗る。
「二ビルが消滅したとはどういう事であるかぁぁあ!?」
爪を出さない猫パンチで、ポムポムと額の中心にパンチしながら、ンガイはなおも叫ぶ。
「……かわいい!」
思わず五百蔵 東雲(いよろい・しののめ)がそう零す。ンガイは本気の必死なのだが、見てる限りは犬の頭の上に猫が乗ってじゃれているようにしか見えないのだ。
「メルヴィアさんにも見せてあげたい」
可愛いもの好きのメルヴィアがいれば、ずっと保っている緊張も少しはほぐれてくれただろう。この場に居ないのが悔やまれる。
「我の体とか諸々は!? その辺良く分からないので他のポタ人の為に詳しく説明するのである」
ンガイは本気で、真顔であった。でも、猫の真顔を見て判別できる人は少ないだろう。
「話さぬ限り離れないのである! 貴様の頭は我が占拠した! 白状しろおおおおお!」
ポムポムポムポムポムポム。
猫の肉球が乱舞する。
(うっさいわぁああああああ!!! 我や貴様らが存在できる必要最低限の情報については実験用のプラントなどに諸々分散してバックアップしてあるから安心しろぉおおお!! それよりも“キー”だ!! あれは特別なのだ!!)
ゲルバッキーが頭をぶんぶん振って、ンガイを振り落とそうとするが、ンガイは離れない。
「本当か、本当であるか! 本当なら証明できるはずである!」
(黙れ黙れ黙れぇぇぇ! そんなもん”キー”の回収が終わったらいくらでもしてやる!! 邪魔をするなぁぁぁあ!!)
二匹の死闘が続く。
「やれやれ、存外お気楽ですな」
本山 梅慶(もとやま・ばいけい)は呆れたように呟いた。
「あれはあれで、必死なんじゃないですか?」
甲賀 三郎(こうが・さぶろう)は、しかし少し呆れたような表情でドタバタ劇を見守っていた。結局、ゲルバッキーは諦めて猫を頭に乗っけたまま先に進むようだ。
「しかし、あれほど必死になる”キー”というのは気になりますな。果たして、どんななものか」
「それを見せてもらうために、ついていくんですよ。皆さんには悪いですが、戦闘にはなるべく関わらずに最後までついていきましょう」
今はまだ、のんびりとした移動でしかないが、今後何も起こらないと考えるのは楽観的過ぎるだろう。諜報課として、ゲルバッキーの行動と目的を見据えるのが任務である以上、露払いに使われて何もわからない、なんて報告するわけにはいかない。
「きっと美味しい何かを見せてくれるはずですよ」
ヴィマーナ全てが、埃に包まれているわけではなく、常用されている場所に関しては明かりもしっかりと届き、掃除もある程度はこなされている。
そんな中を走るのは、辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)とファンドラ・ヴァンデス(ふぁんどら・う゛ぁんです)だ。二人が走っているのは、居住区として利用されている部分で、隊員の個室や医務室など、組織の存続に必要なものがまとめられている。
それでもほんの僅かなスペースでしかないのは、組織の規模がそれぐらいしかないからだ。
「残ってるのろまはもういないようじゃな」
少し息を弾ませながら、最後の扉の中を確認し終えた刹那は通路を振り返る。通信で全員に敵襲は知らせたが、区画を隔離していくためにはこうした人の目による確認は必須だ。
「私達も格納庫に急ぎましょう」
「うむ。しかし、この船にどうやって乗り込んできたのか」
ファンドラには、刹那の疑問に答える術は無い。恐らく、ブラッディ・ディヴァインの誰にもわからないだろう。わかるのは、敵が既に乗り込んできているという事実だけだ。
「船、ここは船であるのか?」
声のしたほうに二人は顔を向けた。
透玻・クリステーゼ(とうは・くりすてーぜ)は少しのんびりとした様子で周囲を見渡し、二人に向き直ると再度「本当に、ここは要塞や何かではなく、船だというのだな?」と重ねて質問した。
「そんな事もわからずに、ここに乗り込んできたというのですか」
ファンドラがすかさずそう答える。
「よせ」
もう遅いとわかりながらも、刹那はファンドラを制止した。
「随分風変わりな方法で乗り込んできたようじゃな」
じりじりと下がりながら、刹那は記憶を手繰る。確か、回廊に関わる装置の一つが誤作動したとかいう話があったはずだ。外側から回廊を繋いだ、という事なのだろうか。あの辺りの装置や機能についてはとんとわからないが、可能なのだとしたらセキュリティなんてあってないような物じゃないか。
「敵意を向けるということは、お二方はブラッディ・ディヴァインで間違いありませんね」
璃央・スカイフェザー(りおう・すかいふぇざー)が確認するように尋ねる。十中八九その通りだと思っているのだろう、反論の隙間は感じられない。
「返事が無いのが、一番の返事です!」
璃央が前に出て、間合いをつめる。だが、のんびりと会話をしている間に、刹那の手にはしびれ粉の詰まった小さな袋が握られていた。
「逃げるぞ、こんなところで遊んでいるわけにはいかんのじゃ」
しびれ粉が撒かれる。飛び込もうとするより一足早く撒かれたため、璃央は粉に巻き込まれる事は無かった。独特の色合いの粉の向こうで、二人が駆けていくのが見える。
魔法か何かで粉を除去すれば、と考える前にその粉の中を通り抜けて、毒虫が璃央と透玻に飛び掛ってきた。幸い、対応するには十分な距離があり、虫の数も大した事なく、簡単に全てを叩き落せた。
「最初から、時間稼ぎ目的でしたね」
既に刹那とファンドラの姿は無い。まんまと逃げられてしまったようだ。
「向かう場所などわかりきっているのだから、行かせてやればいいのだよ。それより、ここが船か。言われてみれば、船のような内部構造をしている気がするな」
「そう言って、戦闘を避けたわけではないですよね」
「そんな事はない。それより、この船気にならないか? これほどのもの、彼らが自力で見つけたとは考えにくい。それに、運用だって易々とできるものでないだろう」
「……ニルヴァーナの遺産という事ですか」
「だろうな。彼らの作ったもの、あるいは用意したものと考えるには、この船は巨大過ぎる。使われていない部分が多すぎる」
回廊を伝って乗り込んだ地点の周囲は、完全に手付かずといった様子だったのは、誰の目にも明らかだ。
「一度、外から見ておきたいものだな……果たしてこの船は、輸送艦なのか、戦艦なのか、それとも空母か、もしくは観光船かもしれないな。色々調べておきたいが、まずは殲滅戦が優先だな」
「はい。先ほどの様子だと、この辺りにはもう敵はいないようですね」
「では、そう報告しておこう。他の仲間も、すぐ近くにいるはずだ。うまくいけば、先ほどの者を倒してくれているかもな」
「やっぱり、戦闘を避けたんじゃないですか?」
冗談っぽくそう言ってから、璃央はすぐに頭を切り替えた。痺れ粉の広がった通路を迂回し、近くの周囲の探索を行う仲間に情報を伝えにその場を移動した。