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リアクション
ブラッディ・ディヴァイン殲滅戦 3
サンダラ・ヴィマーナが保管されている格納庫に、真っ赤な機晶スポーツカーが滑り込む。雑多に資材やコンテナが入りされた格納庫を華麗なドリフトで右に左に避けて進み、広い場所に出たところで動きが止まった。
突然の想像外のものの突入に、ブラッディ・ディヴァインの視線は真っ赤なスポーツカーに釘付けになった。
そこから姿を現すのは、一人の女性だった。
「記憶を奪われ十と六とせ、最強の血筋を持つこの私が、何の因果が落魄れて、今じゃただの蒼学の生徒。けどね、こんな私でも愛を忘れ人の心を踏み躙るほど腐っちゃいないわ」
ヨーヨーを掲げた香菜は啖呵を切る。
「ドージェの妹・夏來香菜! お前ら許さんぜよ!」
そういい切ったと同時に、同時にレジェンドレイを浴びせる。
彼女は本物の夏來香菜ではなく、ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)が変装したものだ。
降り注ぐレジェンドレイが、ブラッディ・ディヴァインの一人に直撃する。パワードスーツの電気系にダメージを与え、その機能のいくつかがまともに動かなくなった。
「な、なんだあいつは」
「知るかよ。とにかく、持ち場を動くな。今に増援が来る」
格納庫に詰めているブラッディ・ディヴァインの数はまだ少ない。
「成敗!」
「ぐわぁぁ」
資材を飛び越えて現れたグロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)がレジェンド・レイを受けたパワードスーツにホークアヴァターラ・ソードを叩き付けた。動きの鈍ったパワードスーツは対処する事できずに撃沈。
グロリアーナはそこで足を止める事無く、再度跳躍そのままサンダラ・ヴィマーナにへと向かう。
「どこが推進装置か、見た目ではわからんな」
サンダラ・ヴィマーナは、円錐形の不思議な金属の塊である。よく似ているものを想像するなら、旧世紀の宇宙に飛び立ったロケットの先についている指令船だろう。
「壊してしまえば、どこだろうが一緒か」
イコンすらも破壊するという鬼人の力を解放し、グロリアーナはサンダラ・ヴィマーナへと向かう。
「間に合ったか」
誰かの声が彼女の耳に入ると同時に、眩い光がいくつもはじける。姿を現したのは、銀色の機械天使、セラフィム・アヴァターラの一団だ。それらは格納庫の内部に散っていき、一体がグロリアーナに向かう。
「邪魔をするなっ!」
セラフィム・アヴァターラの拳と、彼女の一撃がぶつかり合う。
接触の時間は短く、わずかな一瞬だった。だが、互いに受けたダメージはその体の大きさの差を無視し、同量のダメージが蓄積される。
「くっ」
互いに弾かれる一人と一体。
仕切り直しの形になった時には、契約者達もブラッディ・ディヴァインも、最低限の布陣を完成させていた。
「ここは制圧した。武器を捨て、投降するなら命だけは助けてやろう!」
叩きつけるように扉を開けて、金元 ななな(かねもと・ななな)は室内に侵入すると共に、どこかで聞いた事があるような台詞を口にした。
声は薄暗くて広い室内に行き渡る。その声に返事はない。
「……よし、制圧完了!」
「なんでやね〜ん!」
いい音を立てて、布袋 佳奈子(ほてい・かなこ)のハリセンがなななの後頭部を叩く。
後頭部を強襲されたなななは、振り返り片手をあげた。
「いっえ〜い!」
「いっえ〜い!」
振り上げた手で佳奈子とハイタッチ。
「ここが、敵の本拠地だって忘れそうなんだけど」
二人の楽しそうなようすに、エレノア・グランクルス(えれのあ・ぐらんくるす)はどう対応していいか少し困る。ボケと突っ込みによる連帯感の想像、なるほど確かに妙に和気藹々としているものの、緊張感は皆無である。
「それじゃ、調査いってみよう」
なななは普段通りに元気な様子で、その部屋にへと侵入した。薄暗くて広い部屋は、すぐに電気のスイッチのようなものを見つけて明かりを手に入れた。
「食堂かしら?」
規則的に並べられたテーブルに、奥に見える調理ができそうなスペース。ところどころに、地球やパラミタ製品が散見できるのは、この部屋が利用されていた事の証だ。
リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)が言うように、ここは食堂として使われていた部屋である。
「あ、このソーセージ腐ってる」
いつの間にか冷蔵庫の中に顔を突っ込んでいたなななが、貴重な情報を手に入れた。
「こっちのパンはカビが生えてるね」
籠に放置されたパンを見て、佳奈子が報告する。
「コンロ周りはピカピカ……ほとんど使ってなかったみたいね」
食堂の中をそれぞれ歩き回りながら、使用状況や食料の状態などを観察して回った。
「あんまり面白いものはないね」
「それで、次はどうするの?」
リカインに問いに、なななは少し気おされた。
なんだかよくわからないが、彼女の雰囲気がいつもと違うような気がするのを、なななのアホ毛が敏感に察知していたのだ。だが、どう違うのかまではよくわからない。
「え、えっと、このまま伏兵や罠がないか確認しながら一部屋一部屋確かめて、いくよ?」
「そう、この部屋の確認は?」
「もう少し、だよ」
ヴィマーナは広大で、複雑だ。ここを拠点にしているブラッディ・ディヴァインにとって、迂回して背後を取る事や罠を仕掛けるのは簡単な事だろう。その対策と、この中の調査を兼ねてななな達は格納庫には向かわず、施設の把握と敵の調査や警戒のために動いているのである。
可能なところは道を閉鎖したりして、本隊の行動に邪魔が入らないように工作するのも任務のうちである。
「……それじゃあ、ここも調査済みっと。よ、よーし、次いくよー」
端末にデータを入力し、ななな達は行動を再開する。結局、ここには罠も敵も目ぼしいものは何も無かった。
「ねー、このお菓子もらっても……わわ、置いてかないで」
手にした賞味期限に余裕のあるお菓子を投げ捨てて、猪洞 包(ししどう・つつむ)は慌ててみんなについていった。
「くっ、あともう少しというところで」
ハインリヒ・ヴェーゼル(はいんりひ・う゛ぇーぜる)は被害の出た自分の部下達を大急ぎで下がらせ、自身も前にでて応戦する。
先ほどまで押し込めていたブラッディ・ディヴァインの抵抗は、セラフィム・アヴァターラによって押し返されていた。
「負傷者はこっちに、急いで」
なんとか戻ってこれた工兵を、川原 亜衣(かわはら・あい)が引き受けてすぐに治療をはじめる。
「すぐに部隊を立て直すぞ。いくらギフトが強力だとはいっても、数ではこちらが優位だ」
負傷者を部隊から外し、最低限の人数が確保できた事を確認できてハインリヒは再度管理施設への突入ルートを模索する。
「よし、ならその道をこじあけるのは任せてくれ」
相沢 洋(あいざわ・ひろし)が言う。
「みと!」
「はい、洋さま」
「小隊各員はみとの砲撃支援! みとへの攻撃を最大限阻止! みとは遠慮なく全力で砲撃せよ! 戦闘開始!」
洋の号令に、部隊は応えてすぐに動きを開始する。
洋も、光条兵器を展開する。
「ミニガン。理論上、歩兵携行型銃火器としては最高クラスだ。その重量を無視すればだがな。だが! パラミタではその夢も現実となる。喰らうがいい! 無慈悲なる砲撃を!」
洋のミニガンに酷似した光条兵器が吼える。
その横顔を見て、乃木坂 みと(のぎさか・みと)は小さく笑みを浮かべた。
「ふふ……洋様は本当にガンオイルとパウダーのお好きなお方だこと。まあ、そういう方だからこそ、好きになったのですが」
銃声に言葉はかき消され、言葉は誰の耳にも届かない。
みとは眼光を鋭くさせ、ミニガンの弾丸を受けてなお歩みを止めようとはしないセラフィム・アヴァターラを見つめた。
「防御力を無視しての最大攻撃です。魔力砲台として鍛えていますから存分にお楽しみを……」
セラフィム・ギフトの登場によって、戦闘の激しさは一層増している。数では圧倒的に契約者達が優位であったが、ブラッディ・ディヴァインには土地勘と、なにより背水の陣の必死さがあった。
逃げ場を失ったネズミ達の必死の抵抗は、その戦力の数値以上の奮戦となって現れていたのである。
「いい動きですね。上から見るとよくわかる」
格納庫の中空で、ゴットリープ・フリンガー(ごっとりーぷ・ふりんがー)は地上の戦いを眺めることができた。ついたった今、迎撃にでてきたパワードスーツを一体蹴散らしたところである。
「次がくるぞい」
とはいえ、迎撃の一人を蹴散らした一息は、長くは続かない。
「今度はセラフィム・アヴァターラですか。一人では手におえないかもしれませんね」
「別に倒さなくてもいいんじゃよ。あちらの偽者の天使は数が揃ってはいないようじゃ。たった二人で、一体を抑えておけるなら十分じゃ」
「逃げ回れ、というわけですか。確かに、現実的ですね。うまくひきつけてやりましょう」
「よし、まずは小突いてやろうかの」
格納庫の中で激戦は続く。契約者達はなんとかサンダラ・ヴィマーナに取り付こうと奮戦し、それを阻止しようとブラッディ・ディヴァインは奮闘する。
セラフィム・アヴァターラの援軍で一時は盛り返したブラッディ・ディヴァインではあったが、それも長続きはしないというのはもはや誰に言われるでもなく、その戦場にいた誰もが自覚していた。