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リアクション
ブラッディ・ディヴァイン殲滅戦 8
頭上を青いレーザーが通り抜けていく。
副操縦士が座る席を遮蔽物にし、身を屈めていたルカルカ・ルー(るかるか・るー)達はタイミングを冷静に見極めようとしていた。
「あまりここに時間はかけたくはないな」
「うん」
ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)の言葉に頷く。
「敵の数は三人、ごちゃごちゃしてる場所だからちょっと面倒」
彼女達がいるのは、船のブリッジと呼ばれる場所だ。船にとって、中枢であり頭脳を司る部分である。ここに詰めていた敵は三人で、見た限り指揮官のような者はいない。緊急事態もあって、動かせる人間がなんとか発進準備を整えている最中なのだろう。
レーザーが途切れるたタイミングで、ルカルカとダリルは飛び出した。しかし、敵陣に食い込まんとした勢いは、最初の数歩で止まってしまう。
ブラッディ・ディヴァインのパワードスーツ三人組は、先ほどまでの抵抗の姿はなく、それどころか、それぞれ地面に倒れて苦しんでいる様子だった。
「なんかした?」
ルカルカが、一つ島の離れた場所に、同じように身を隠していた城 紅月(じょう・こうげつ)に顔を向ける。
「なにが? え? なんでもう倒したの?」
顔を出した紅月は、倒れている敵の姿に驚いた様子だった。視線をレオン・ラーセレナ(れおん・らーせれな)に向けるが、彼も首を振るばかり。
「罠にしては杜撰だな」
ダリルが慎重な足取りで近づいていく。そもそも罠であったならば、立ち止まった瞬間に何かしてきていいはずだ。
「……ともあれ、これで任務は完了ですね。船の発進阻止と敵の無力化、外はまだ戦っていますが、船の占拠に成功したという情報が流れれば投降も始まるでしょう」
レオンはくるりと紅月に向き直る。
「ご褒美はチョコバーより紅月ですっ!今回もたっぷりと可愛がってあげますから、夜はイイ声で喘いでくださればいくらでも頑張ります!」
飛び掛るレオンを、紅月は熟練の闘牛士のようにさらりと避けた。
「まだ終わってないだろ。それより、そいつら大丈夫なのか?」
ブラッディ・ディヴァインに近づいていたダリルは、紅月に答えるではなく、しゃがみこみ推移を見守っている。
「おい、どうなんだって……っ!」
突然、ダリルが鬼気迫る表情でその場から離れる。
何事かわからないが、それを見た紅月とルカルカはすぐに戦闘態勢を取った。レオンも、一拍遅れて構える。
「なんなの?」
ルカルカが尋ねたのは、ダリルの行動ではなく、彼女達の前に現れた何者かについての疑問だ。数は三人、さきほど戦っていたブラッディ・ディヴァインの人数と一緒。顔はパワードスーツのフルフェイスヘルメット状態だが、体はそれぞれに違う。
あるものは、腕から先がドラゴンのそれだったし、ある者は背中から細い触手のようなものが生え、ある者は下半身が鱗に覆われている。
「わからない。だが、こちらを好意的に思っていないのは確かだ」
よく見ると、ダリルの衣服に縦に大きく破れていた。服の損傷に対して血は見えない、すんでのところで回避したのだろう。その破れた衣服の切れ端は、竜の爪にひっかかっている。
「オオオオオオオオオォォォォ」
三匹がはじけるように動く。
「なんだこいつら」
ルカルカは視界の端で紅月を見る、あちらに向かったのは二体。愚痴りながらも紅月は迎撃の構えを取っている。
「無茶するよ!」
ルカルカは自分とダリルにそれぞれ向かっていく二体の動きを捉え、まず自分に向かってくる一体の間合いに飛び込んだ。驚いた様子無く迎撃してくる拳の一撃を避け、そのまま横に離脱。
狙うは、ダリルに向かう方。ダリルはフェニックスアヴァターラ・ブレイドに手をかけるが、動きが鈍い。見た目よりは、先ほどの一撃は深いところに入っているのかもしれない。
「手加減なんて、できないんだからね!」
横から飛び込んだルカルカは、竜の爪がダリルに届く前に、敵の胴を上下に分断した。上半身がくるくる回って、ダリルを飛び越えて落ちる。
「く、すまない」
「いいわ。それより、なんなのこいつら」
ルカルカは自分のわき腹をさすりながら、ダリルの前に立つ。先ほど、最初に避けた一発目がかすったものだ。爪か何かだったら、思い通りに動けた自信が無い。
「くそっ、なんだよこいつら、強い」
一方の紅月と、レオンの二人は壁際にまで追い詰められていた。その一体は、仲間が倒された事に気づくと、攻勢をぴたりと止め、急ぐように出口にへと向かった。最初、ルカルカに襲い掛かってきたものもそれに続く。
「追う?」
「外の仲間が心配だ」
「了解、行くわよ」
ブリッジに繋がる部屋は、ダンスパーティを開くには十分なほどの広さと、何もない場所だった。モニターらしきもの跡があり、作戦会議などを行う部屋で、ブリッジ自体は運用に関わる人間のみのために用意されていたのだろう。おかげで、ブリッジは狭く大人数が動く余裕はなく、ルカルカ達が連れてきた部隊の大多数は、この部屋の確保に割り当てられていた。
「なんだ?」
ブリッジへの敵の襲撃を防ぐために、備えていた朝霧 垂(あさぎり・しづり)は、鈍い音が背後から聞こえてきた事を怪訝に思って振り返った。
彼女の背後はブリッジだ。既にルカルカ達が乗り込んでいて、敵の数や状況なども判明している。時間まではわからないが、制圧はほぼ目前だった。
だから、飛び出してきたのがブラッディ・ディヴァインのパワードスーツの意匠を残しながらも、あからさまに人間でない容姿の化け物が二体飛び出してきたことに、垂はどう動くべきか判断に迷った。
一方、化け物にとってはわかりやすい状況だった。周囲全部敵であり、この場所は危険な地域であり、脱出先については知識として既に持ち合わせている。出口に向かって敵をなぎ倒しつつ前進すればいいのである。
化け物は出口に向かって突き進み、途中でこのモンスターへの対応に思案、あるいは上官の命令を待つ兵士達は文字通りなぎ倒された。
「垂!」
ライゼ・エンブ(らいぜ・えんぶ)の言葉を背中に受けながら、この時には垂も動いていた。モンスターの背後に追いすがり、攻撃を仕掛ける。
「触手? 気持ち悪っ」
それを迎撃するのは、背中から触手の生えた一体だ。人の小指ほどの細さの触手が、垂に押し寄せる。緊急回避、そのまま横に回りこんで百獣の剣を繰り出す。化け物はわずかに浮いて、それでも足から律儀に着地する。
「硬ったいなぁ、もう」
と、ここでただなぎ倒されていた部隊の動きがよくなった。声が聞こえる、ダリルのものだ。その声の中に、撤退や退避といった単語は混じっていない。
「よし」
気合を入れなおし、垂は目の前の敵を見据えた。
ダリルの部下の援護もあり、少してこずりはしたものの、背中に触手の生えた一体を仕留める事に成功した。
「結局今の、なんだったんだろう?」
けが人の治療を終えたライゼに、
「さぁな。けど、すっげー硬かった」
垂はとても素直な感想を漏らした。
二人の視線の先では、ルカルカ達が通信機を片手にあれこれと情報交換をしているのが見える。
その表情から、事態はあまりよくない状況なのが伺えた。