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リアクション
ブラッディ・ディヴァイン殲滅戦 9
長曽禰は頭を振りながら立ち上がった。
彼の作った歩ワードスーツの前面装甲は見事にひしゃげており、受けた衝撃の大きさを物語っている。
「中佐、あまり無茶は……」
アルフレート・ブッセ(あるふれーと・ぶっせ)が体を支えようとするのを、長曽禰は断って一人で立つ。
「ああ、すこしばかり読みが甘かったな」
長曽禰は大きく息を吐いた。
「敵は?」
「逃走しましたわ」
アフィーナ・エリノス(あふぃーな・えりのす)が答える。そうか、と長曽禰は小さく答えて周囲に広がる部隊の様子を確認する。
「先ほどの攻撃してきたものは何だと思う?」
「さぁ、ただ、個人的な感想ですが、インテグラルに似ていたように思えます」
「ブラッディ・ディヴァインがインテグラルを管理している。あるいは、直接協力してもらっている。といった報告は今のところないな」
「あの顔……いえ、ヘルメットはブラッディ・ディヴァインが利用していたパワードスーツのものでしたわよね?」
「それは俺も確認した。あまり想像したくはないが、あれは元々ブラッディ・ディヴァインの構成員だったというのか」
「とんだ隠し玉を用意していた、という事でしょうか」
サンダラ・ヴィマーナ内部にて、インテグラルに似たモンスターの襲撃と、そいつが逃げていくまでにかかった時間は三分もないだろう。突然現れて、唐突に姿を消していったのだ。その際の損害は、長曽禰が一発拳をもらっただけで、それも不意打ちを受けたのではなく自分から、反応の遅れた一兵卒を助けるためである。
あまりに唐突の事で、何が起こったのかを正確に捉えている人は少ないだろう。モンスターの姿を見れなかった人もいるに違いない。
「だから、話は通してあるはずだって」
「信用なりませんな」
「ならば証拠をおみせなさいな」
会話の無くなった長曽禰達から少し離れたところで、そんな問答が聞こえてくる。
「どうした?」
長曽禰がそちらに向かうと、オットー・ツェーンリック(おっとー・つぇーんりっく)とヘンリッタ・ツェーンリック(へんりった・つぇーんりっく)が、やってきた不審者を警戒しているようだった。
「話にあったな、ミハイルだな?」
ミハイル・プロッキオ(みはいる・ぷろっきお)は名前を呼ばれ、
「ああ、そうだ。ほら、話は通してあるって言っただろ?」
「ミハイル、どうして自分から来たのです? 信号弾はまだ確認していませんが」
ミーネ・シリア(みーね・しりあ)は、長曽禰にミハイルがブラッディ・ディヴァインに潜伏している事を伝えてあった。合流には、信号弾を利用するとの取り決めをしておいたのである。
「こんな天井の狭い場所で使えるか。それに状況も変わった。ブラッディ・ディヴァインは終わりだ」
「どういう事だ?」
「どうもこうもない。もう見たかもしれないが、突然あいつらが化け物に変って、敵味方関係なく襲い掛かってきやがったんだ。俺も危うくやられるところだった」
「敵も味方も?」
「……ああ、見境がないのは間違いない。俺と一緒に居た奴がやられちまったよ」
「あれは、彼らの切り札というわけではないというのですな?」
「切り札なもんか。こっちは死に掛けたんだぜ? それに、だ。切り札だとしても使いどころは今じゃないはずだ」
「知性が無くなるというのであれば、全員が捕虜になってから使った方が効果的ではあるな」
長曽禰は自分の壊れたパワードスーツに視線を落とす。人間用の拘束具や、簡単な独房ではこのパワーを押さえ込む事は不可能だろう。パラミタでしっかりと設備が整っているのなら対応策はあるだろうが、ニルヴァーナにはまだそのレベルの敵を拘束し安全に管理する施設なんてものはない。
「だろ?」
不審者疑惑の解けたミハイルは、水を一杯もらい息をつく。
「このままだったら、あいつら勝手に殺しあって自滅するだろうな……終わりだ」
ミハイルの言葉が終わってすぐに、サンダラ・ヴィマーナのあちこちから獣のような咆哮が聞こえてくる。この声は、先ほど彼らを襲撃したモンスターと同じものだ。
「情報を集める必要があるが、決断は早く出すべきだな。サンダラ・ヴィマーナに居る部隊に通達しろ。船の確保は中止、撤退し格納庫制圧部隊と合流する」
ギャザリングヘクスで強化された氷術を、腕の一振りでパワードスーツを装着したインテグラルはかき消した。
この攻撃で攻撃対象を切り替えたインテグラルは、コンラート・シュタイン(こんらーと・しゅたいん)に突進する。
「させませんわ!」
間に入ったエミリア・ヴィーナ(えみりあ・う゛ぃーな)がインテグラルの攻撃を白の剣でいなす。一つ一つが重い打撃だが、集中し防御に徹しればさばくことはできる。
「次、いきます」
エミリアがひきつけている間に回りこんだコンラートが、次は雷術を放つ。
「腕だろうと足だろうと、当たれば痺れますよ」
攻撃の気配に反応したインテグラルは先ほどと同じように腕で吹き飛ばそうとし、体に電流が流れる。これは痛かったのだろう、エミリアからも間合いを取り、中腰で警戒の姿勢を見せる。
「何なんですの」
「わかりませんが、味方ではありませんね。中佐達が心配です」
にらみ合い。二人の会話と、パワードスーツを装備したインテグラルに似た何者かの「ふしゅー」という呼吸音以外は静かなものだった。長曽禰率いる部隊はそう遠くないはずだが、向こうにはまだこのモンスターは現れていないのだろうか。
「わたくし達二人で凌げる相手ですもの、司令部は大丈夫ですわ」
「しかし、手立てが無いのも事実です。私の魔法では、威力不足のようですね」
船の中心を通る広い通路は、戦闘をするには十分な広さがある。この広さと連携によって、二人は一匹のインテグラル風のモンスターを押さえ込めてはいたが、仕留める手段については今のところ思いついていなかった。
「あまり人間ぽく無い動きですわね」
再度、モンスターが突撃してくる。中腰で前の手が地面につきそうな、例えるなら恐竜のような姿勢で向かってくる。攻撃にはパンチやキックになるのだが、動きは人間とは思えないほど不自然だ。
先ほどと同じようにエミリアが前に出て、コンラートが術を詠唱し、援護の形を取る。有効な打撃が見当たらない以上、ここから先はスタミナと精神力の勝負だ。集中力か、体力が途切れた方が負ける。
問題は、二人という数の利がありながら、目の前の敵にスタミナで勝てる気がしない事だろう。
「離れろ」
通路に声が響く、その声が誰のものか判断するよりも早く、エミリアの体が反応する。動いてから、この命令が長曽禰のものであると理解した。
「撃て」
距離を取った瞬間、大量の銃声が響く。人語を理解できていない様子のインテグラル風のモンスターは、振り返ろうと足を止め、大量の弾丸を回避することなく受け止めた。
奇妙な格好で吹っ飛んだモンスターは、片手で地面落下を阻止し、そこから器用に飛んで地面に着地、信じられない速度で逃げていく。
「撃ち方止め……集中砲火を受けても生き延びるか、パワードスーツが残っていたのが要因か」
長曽禰はモンスターが逃げていった方を睨む。戻ってくる気配は無い。
「助かりました。先ほどのは一体何だったのでしょう?」
部隊に合流した二人が長曽禰に尋ねる。
「詳しくはわからないが、どうやらブラッディ・ディヴァインの成れの果て、だそうだ。船に突入した部隊は、これより占拠を一旦放棄し、外の部隊と合流する」
ここまできて撤退するのか、という言葉を二人は飲み込んだ。だが、それを察したのか長曽禰は付け加える。
「この船内部に入り込んだ人数よりも、外で迎撃に出ている戦闘員の方が数は多い。そちらの殲滅を優先する必要があると判断した。あれに、船を扱う知能があるとも考えにくい。外の制圧が完了したのちに、必要であれば再度船に部隊を乗り込ませる。これは既に他の隊に通達してある」
そこまで言い切ると、長曽禰は部隊を前進させた。
二人も、それに合流しまずは外の殲滅に向かう。
「こちらも、なんとか一段落と言ったところか」
負傷者の手当てなどでバタバタした中ではあったが、蘆屋 道満(あしや・どうまん)の言うように、なんとか落ち着きを取り戻し始めていた。
「厄介な事になりましたね……」
そう言うアルベリッヒの太ももは赤く染まっている。先ほどの騒ぎで受けた傷である。既に止血は終わっており、動くのに支障は無い。
「あちこち、似たような状況でありますな。メルヴィア少佐と長曽禰中佐の指揮で混乱には至っておりません。指揮官が前線に居ると兵もよくまとまるものであります」
ごっつい通信機と格闘していたマリー・ランカスター(まりー・らんかすたー)は、やれやれといった様子で立ち上がる。各部隊に通信機が提供され利用されているが、混乱状態になると道具を使った状況伝達に支障を来たす場合がある。その交通整備に尽力していたのだ。
「インテグラルと呼称していいのか悩むな。そうだと言えばそうだし、そうではないと言えばそうではない。よく似ている」
道満は先ほどの戦闘を思い浮かべながら、そう口にした。
回廊の護衛をする班に、パワードスーツのヘルメットを被った何者かが襲い掛かってきた。強襲であった事と、思いのほか早い段階で逃げ出されたため仕留めるには至らなかった。
「今までに戦ったインテグラルに比べれば、戦闘力はそこまで高いという印象は受けなかったであります。弱敵とまではいかないでしょうが」
「すぐ逃げた、というイメージも大きい気がしましたが」
「数は少ないでありますが、前線では仕留められています。遭遇戦でこちらが善戦できているのは、経験もありましょうが単体の戦闘能力の高さは、押して知るべきかと。とにかく、次の襲撃に備えておくべきであります」
回廊近くは戦闘が無い、なんて腑抜けていた部分があったからこそ被害が出たのだ。万人が万全の状態で挑めば、追い払うではなく仕留めていた可能性が高い、マリーはそう判断した。
防衛部隊の再配置とけが人を奥に送る作業などを行い、アルベリッヒもけが人として一応奥に送られる最中、突然その背中を強い口調で呼び止められた。
「アルベリッヒ、おい、こっちだ、糞野郎」
振り返ると、千鶴に肩を借り、片足を引きずりながらある男の姿があった。
「……おや、もしかして」
「もしかしても、糞もねぇ。くそっ、間に合わなかった」
「糞くそと口の汚い人ですねぇ……お久しぶりです」
「お知り合いですかな?」
道満に尋ねられ、アルベリッヒは「ええ」と頷く。
足をひきずった男は、少し速度をあげてアルベリッヒの元までたどり着くと、その胸倉を掴んだ。アルベリッヒは、されるがままに涼しい顔をしている。
「俺じゃあ、無理だった。どうしようもねぇ、あとはてめぇだ。てめぇがやれ。いいな?」
握った拳をアルベリッヒの胸に押し付ける。アルベリッヒがその手を掴み、開けさせると小さな機械が手に握られていた。小型の外部記憶装置だ。
「全部、全部こん中にある……くそっ、何発かてめぇの顔ぶん殴らないと気がすまねぇが、ああ、もういい、任せた」
そこまで言うと、胸倉を掴んでいた腕の力が弱まり、ずるずると男は滑り落ちていく。慌てて千鶴がそれを支え、ミカエラも手を貸す。緊張の糸が途切れたのか、気を失ったようだ。
「それは?」
訝しげな瞳で、マリーはアルベリッヒの手に渡った機械を見る。
「聞かれてもわかりませんね。百聞は一見にしかず、ともいいます。確認してみましょう」
「それは我々が閲覧してもよろしいものなのですかな?」
「そうであったとしても無かったとしても、結局皆さんの目に触れる事になるものだと思いますよ」
ちらりとアルベリッヒは、運ばれていく男を見た。かつての同僚であり、研究者として共に肩を並べた男だ。生存していた事に少し安心の気持ちと、せっかくならしっかりと殴ってくれよという気持ちが沸いてくるが、それを飲み込んで託されたデータの閲覧準備をする。
今ここで、どさくさに紛れて目を通しておかなければ、接収されて見れない可能性があるのだ。しっかりと、何を託されたのか確認しなければならない。
「これは……なるほど」
託されたデータの中にあったのは、ルバートの祖先が受けたという呪い、インテグラル因子についての研究データだった。最も、貧弱な設備とたった一人の研究員によって行われた研究は、憶測と推測だらけで確実なものはほとんどない。このデータだけでは、インテグラル因子なるものが実在するかどうかさえ怪しい、先ほどの戦闘で実物を見ていなかったら、信じる事はできない産物だ。
「全く、なんてものを託すんですか。専門分野から完全に離れてますよ……とはいえ、無碍にするわけにいきませんか」
一緒に閲覧するマリーらにばれないようこっそりデータを自分の端末に送りつつ、これをどう生かすかアルベリッヒは思案した。