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リアクション
ブラッディ・ディヴァイン殲滅戦 10
(ほう。誰かが悪さをしたみたいだな)
苦しみだしたルバートを眺めていたゲルバッキーが、感心したようにそう口にした。先ほどまでパワードスーツから漏れていた苦悶の声は収まり、肩で息をしながら一歩二歩とルバートは距離を離していく。
「その誰かって、もしかして大世界樹?」
毒島 大佐(ぶすじま・たいさ)が尋ねる。誰かに思い当たる対象は少ない。
(だろうな。なるほど面白い、どうやったのかはわからんが、あの男に力を制御させているようだ。……何をさせたいのかさっぱりわからん)
「それって、契約とは違うの?」
(違うのだろう。もしも契約できていたら、こんな所で遊んでいる暇はどちらにも無かった。奴と大世界樹は繋がってなど無い。それは確かだ)
アルテミシア・ワームウッド(あるてみしあ・わーむうっど)は、自分で聞いておきながら「ふーん」と適当な相槌を打った。
そんな話をしている間に、ルバートはこの場から立ち去ろうと、おぼつかない足取りで離れていく。大佐としては、自分達が先へ進むのを邪魔されなければ構わないが、全員が全員そんな考えというわけでもない。
「待ちな」
風森 巽(かぜもり・たつみ)がその背中を呼び止める。
「なんか色々面倒な立場みたいですが、あんたを放置していい理由はこっちにはありません」
「そないわけで、大人しくお縄にかかってもらうわ」
七枷 陣(ななかせ・じん)がそれに続く。
ルバートはかったるそうに、振り返り、前に出てきた彼らを含む何人かの契約者を前に、小さく息を吐く。
「……手短に、な」
巽はツァンダー変身ベルトに手を伸ばし、ポーズを取り、
「変身! 蒼い空からやってきて! 悪の野望を潰す者! 仮面ツァンダーソークー1!」
へと変身した。その時の効果音や光に紛れて、ゲルバッキーは近くの数人と共にさらに奥へと進む。
「いいの?」
アルテミシアがその尻尾辺りに尋ねる。
(あんなもん路傍の石ころと一緒だ。とっくに用は終わった。それよりも”キー”が全てだ)
アルテミシアが振り返る。背後ではもう戦闘が始まっているようだ。
「あ、おいてかないでよ」
正面を見るともうみんな遠い。走って彼らを追う。
先ほどまで苦しみ、ふらついていた男の動きとは思えなかった。狭い通路を、上下左右関係なく足場とし、自由に動き回るルバートの立ち回りは、パワードスーツの助力もあってのことだろうが、視界に捉えておくのも難しい。
「このっ、ちょこまかちょこまか、じっとしててよ!」
リーズ・ディライド(りーず・でぃらいど)がそう言う間にも、頭上を通り越して後方へのアタックをかける。
「邪魔はさせなもん!」
呪文の詠唱を続ける陣を守りに、ティア・ユースティ(てぃあ・ゆーすてぃ)が割ってはいる。振り下ろされたかかと落としを、剣の結界で防ぐ、飛び回る光の剣が砕け散って攻撃を受け止める。
「こっちだ」
そこへ、巽がとび蹴り。
ルバートは両手を交差させて防御の姿勢をとり、蹴りを受け止めた。地面を削りながら壁際まで押されたルバートは、離れる巽の足を掴み、それをリーズの方へ投げる。
あやうく人身事故になりかけたが、リーズが受け止めるでなく巽を回避し、巽も空中で一回転して着地を決める。
「壱乃禁忌(いちのタブー)……Caina!」
契約者達がじりじりと間合いを詰める、壁を背負ったルバートが動ける範囲は狭い。
「弐乃禁忌(にのタブー)……Antenora!」
先に動いたのはルバートだ。巽に向かって一直線に迫る。
「惨乃禁忌(さんのタブー)……Ptolomea!」
構える巽。そこへ進むルバートの横から、リーズがエリアルレイヴを仕掛けた。三連続攻撃を片手間に防ぐことはできず、ルバートの足が止まる。
「終乃禁忌(ついのタブー)……Judecca!」
陣の禁じられた言葉の詠唱が終了すると同時に、膨大な魔力がルバートを中心に集まっていく。
「コレで終わりや! 天の炎!」
天から巨大な火柱が落ちてくる。リーズや巽は既に離脱しており、効果範囲の中に居るのはルバートただ一人だ。炎が全身を包み込む。
「……なんや?」
渦巻く炎の柱に、一瞬黒い影が浮かんだように陣の目に映った。だが、炎に紛れて黒い影はすぐに見えなくなる。その代わりに、今度は腕が見えた。
ルバートのものにしては、一回りは大きい腕が、炎の柱を切り裂いた。魔法で制御されていた効果範囲が崩れ、熱風と炎が辺りに散らばっていく。
魔力の供給を断たれた炎は、燃え移る対象が無いものは消え、運よく何かにひっかかったものは小さな炎となって残った。
魔法の中心点には、人影が一つ。先ほどの太い腕の持ち主らしき姿は無く、ルバートがただ一人膝をついている。
「一日に一度が限界なら、せめてもう少し制御させて欲しいものだな……」
呟くルバートの声が誰かの耳に入ったかは、定かではない。
魔法が破壊されたのは驚きだったが、効果が無かったわけではないと判断した巽が、接近を試みる。あと一撃加えれば、この戦闘も終わらせることができただろう。
だが、あと一歩というところで、巽を狙った青いレーザーの光が彼の足を止めた。鼻先三寸先を掠めていったレーザーが、巽の足を止める。
「ルバート様、部隊が」
「このままでは、壊滅を」
駆け寄ってくる黒いパワードスーツが三人。
「とにかく、早く撤退を」
それぞれに支離滅裂な事を話す三人は、しかし契約者達の存在はしっかりと目に入っているようで、ルバートを守るように三人が壁となり、パワードスーツの備え付けられているレーザーを次々と乱射し、弾幕をはって契約者達の接近を阻害する。
パワードスーツを動かすのに必要なエネルギーさえもレーザーに費やされて作り出された弾幕は分厚く、突破は困難だった。それぞれ通路の曲がり角などに身を隠し、やり過ごす。
弾幕が収まってからルバート達を追ったが、地の利は向こうにあるようで痕跡一つ見つけることもできなかった。
「なぁ、一つ疑問なんやけど」
陣が巽の顔をみる。
「お兄さんを撃った奴、結局出てきてへんよな。三人が現れた方向とはぜんぜんちゃうところから撃ってきたで」
「……これ以上、あとを追うのは難しいですね。」
ロサ・アエテルヌム(ろさ・あえてるぬむ)はそう零すと、誰も通っていない通路を、足音を立てずに歩いていった。
ゲルバッキーが引き連れた一行が奥へ奥へと進むと、わずかながらに空気に変化があった。敵意や罠のようなものではなく、少し冷たい空気だ。
何か違和感を感じて冷たい空気を感じているのではなく、純粋にこの辺りは気温が少し低いようだ。ヴィマーナと名づけられた船の中心部に近づいているからだろうか。機械や動力部から発する熱を、冷やすために冷却装置が動いているのかもしれない。
「元々、我は、ポータラカの真の自由と解放のために生体サーバー”ニビル”の破壊を目指していた。しかし……この度、と同志ゲルバッキーが御自ら破壊したことで、その目的は達せられたのだ……! そして、我々ポータラカは、新たな段階に踏み出そうとしているのだ……それは破壊のあとの創造! 生体サーバー“アヌンナキ”は、必ずや我らに有益をもたらすだろう……」
目的地に近づいているという意識からか、興奮した様子でマネキ・ング(まねき・んぐ)は演説を始める。
(なんで俺についてくる奴はうるさい奴ばっかりなんだ)
ゲルバッキーはしかめっつらで、マネキの演説を聴かないように耳を垂れた。
「もうすぐなのですか?」
ゲルバッキーに、甲斐 ユキノ(かい・ゆきの)が尋ねる。ルバートを捨て置いてしばらく、駆け足で進んでいる。そろそろついてくれないかな、というのは彼女に限らず皆が思い始めてきた頃だ。
(ああ、もう見える)
ゲルバッキーは答えてすぐに、急角度で通路を曲がり足を止めた。
正面には扉が一つ、ここに至るまでに一度も見た事ないような、巨大で、威圧的な扉だった。
(開けるぞ)
「ちょっと、ぜぇぜぇ……ええ、お任せください、ってちょっと!」
ずっと走りこんでかなり疲れていた様子の吉井 真理子(よしい・まりこ)が、自分の口から出た言葉に思わず突っ込む。
「知らないわよ。どうやって開けるのよ、こんな扉!」
叫んで、苦しそうに咳き込む。息が整っていない状態での突っ込みは体力を大きく削ったようだ。
真理子が言うように、目の前の扉は分厚く、そして取っ手もなければ、鍵穴も見当たらない。扉だと判別できるのは中央に一本の線が入り、床に何度か開けた形跡が残っているからだ。
(問題ない)
「問題大有りよ! ええ、ゲルバッキーの言葉に偽りはありません……って、だから!」
言い争う二人から、セリス・ファーランド(せりす・ふぁーらんど)が視線を外すと、甲斐 英虎(かい・ひでとら)の顔が見えた。
「随分と楽しそうだな?」
「え? ……どうだろ、楽しいというかワクワクするって方が合ってるかな」
「ワクワク? あれが?」
セリスがなおも続くゲルバッキーと真理子のコントに視線を向ける。
「いや、そっちじゃないよ。ブラッディ・ディヴァインの古き友は、思ってた通りオーソンだった。ここまで考えてみた事は間違ってなかった。だったらさ、この扉の向こうを見れば、色々考えるためのヒントも出てくるだろうって思うと、少しワクワクするだろ?」
「俺はマネキの手伝いに来てるだけだからな……それで、その推理はどこまでわかってるんだ? 敵の真の目的、なんかに思い当たる節があるというような……」
「いや、まだまだ。ゲルバッキーが言うには、ブラッディ・ディヴァインはもういらないらしいから、彼らで何をしたかったのか、って部分はわからないままだね。かなり詳しい部分までゲルバッキーは知ってるみたいだけど、話してくれるかどうか」
「表舞台があれば裏もある……か。通じてるとまではいかないんだろうが、ゲルバッキーも一筋縄ではいかない相手なのだろうな」
「同感だね。俺達を選別せずに連れてきたんだから、今回もきっと見せてもらえる情報は限りがあるんだろうね」
気がついたら、二人のコントにマネキも混じって収拾がつかない感じになっていた。セリスは少し様子を見ていたが、このままでは話が進まないと察してマネキを回収に動いた。
(少し締まりの無い様子だが、まぁいい。“キー”さえ回収してしまえれば、それでいいのだ)
ゲルバッキーは分厚い扉を見上げた。
船の占拠を中止し、格納庫へ戻ってきた長曽禰達にあまり活躍の場面は残されていなかった。インテグラルのような姿に変身した者と、そうでないブラッディ・ディヴァインは友好的な関係では無かったからだ。
「ひどいものだ」
格納庫で戦っていた契約者達と、格納庫に戻ってきた長曽禰らが行ったのは、ブラッディ・ディヴァインの救出である。味方が突然変貌する異常事態に加え、会話の間もなく襲われた彼らは一瞬にして瓦解、混乱状態に陥っていた。そこへ割って入り、負傷し動けない隊員を確保しつつ、インテグラルのような何かを迎撃した。
インテグラルのような何かは最初こそ抗戦の構えを見せていたが、仲間が倒れるようになってくると、それぞれに逃走を始めた。いくつかはサンダラ・ヴィマーナへ、あるいは通路へと逃走したのである。
格納庫から彼らの姿が消えたあと、残っていたのは陰惨な光景だった。医療班だけではなく、治療の心得がある者をかき集めて、負傷者の治療に当たらせている。突然身内に襲われる形になったブラッディ・ディヴァインの構成員は、傷が深い。
「痛い痛いうるさいですよ。大丈夫、痛いってことは生きてる証拠です。ほら、しみますよ」
杉田 玄白(すぎた・げんぱく)が慣れた様子で、負傷者の治療を進めていく。
「ふう。やれやれ、でも反抗的な人が居ないだけマシですね」
「戦う気力が失せてしまったのだろう、無理もない」
負傷者に限らず、現状のブラッディ・ディヴァインはおとなしかった。少数の組織の結束力が内側から崩れていったのだ、戦う戦わないといった考えはもう無いのだろう。
長曽禰は負傷者の治療と運び出しが円滑に進むよう、指示を出していた。そこへ、駆け寄る足音がいくつか。
「少佐、……あ、いえ……中佐になられたんですよね。申し訳ありません。メルヴィア少佐が戻りました」
月摘 怜奈(るとう・れな)は、まだ長曽禰の昇進後の階級に慣れていないようだった。長曽禰はそれをあえて見過ごす。
「早いな」
「すみません、逃げられました」
メルヴィアは毅然とした態度でそう報告した。通路を逃げていった変身したブラッディ・ディヴァインを部隊を率いて追撃をしていた彼女らの部隊に、負傷者の姿は無い。
「そうか、再度の襲撃に備える必要があるな」
サンダラ・ヴィマーナを取り囲むように、部隊が展開し出てくる事への警戒は怠っていない。これでさらに、船に敵が潜伏しているとなると厄介だ。
どう人員を割くか、頭で計算が始まるが、最後まで計算はされなかった。
「それはないかと思います」
「どういうことだ?」
「この先に、もう一つ格納庫があったのですが、彼らはその隔壁を破壊後、外部へと逃走しました」
「外にか?」
「はい。我々が追っていたものの他に、船に散っていた者と合流した様子がありました。敵が逃走後、彼らの開けた穴から外部を確認しました。恐らく、北ニルヴァーナへ向かったものと」
「そうか。ゲルバッキーの言葉でてっきり異空間を航行中だと思っていたが、普通に空を飛んでいたという事か。しかし、北ニルヴァーナで間違いないのか?」
「はい。彼らは何か目的がある様子で、空中で北へと進路を向けていました」
「わかった。となると問題は……」
「少佐! あ、いえ、中佐、あれを!」
二人の会話を断ち切って、怜奈が悲鳴にも似たような声をあげる。
何事かと彼女の示す方を見る。長曽禰やメルヴィアだけでなく、周囲にいた契約者やブラッディ・ディヴァインの者もその光景に目を疑った。
「なんだ、あれは」
彼らの眼前で、サンダラ・ヴィマーナが脈打っていた。金属であるはずの装甲が、生き物の鼓動のように脈打ち、そして変色していく。薄く汚れた灰色になっていく。やがて、脈動にあわせて少しずつ形も変わっていった。
指示を待たずサンダラ・ヴィマーナを囲う部隊の誰かが、魔法による攻撃を仕掛けた。サンダラ・ヴィマーナの一部に爆発が起こる。煙がはれると、そこは焼けどのようなあとと出血のようなあとが見てとれた。
「中佐、指示を」
メルヴィアが声をあげる。
サンダラ・ヴィマーナは血を流している、という事は攻撃に効果はあると見るべきか。ならば、状況がはっきりとはわからないが攻撃を続けさせ、ここで仕留めるべきだろうか。
格納庫には、多くの負傷者と彼らの為に呼んだ非戦闘員が多くいる。彼らの安全を優先し、撤退と防衛を主にするべきか。なにより、あれがどれほどのレベルの敵か、現状での判断はできない。
「包囲部隊に通達、攻撃を継続。周囲に散る者は急ぎ負傷者を運び出せ、戦闘に参加できないものは即座に格納庫から離脱し、身の安全を確保しろ」
長曽禰が判断を下した速度は、遅くは無かった。だが、生き延びる事を優先したサンダラ・ヴィマーナにとりついた何者かの方が、シンプルで素早い決断を下した。
悲鳴のような耳に残る声をあげ、サンダラ・ヴィマーナは格納庫の壁に向かって突撃したのだ。逃がすまいと、包囲部隊が魔法攻撃を継続する。
爆発が、電撃が、氷の礫が次々と放たれる。だが、どれかが決定的な一撃になる前に、格納庫の装甲が音を上げた。
サンダラ・ヴィマーナは、ひびが入った壁に再度突撃し、周りの壁と共にその身を空中へと放り出した。途端、外気との気圧さによって空気が吸い出されていく。
「おおっと」
玄白が手近な箱に手を伸ばし、ついで治療を終えたブラッディ・ディヴァインの足を掴む。悲鳴が聞こえたが、無視した。
「体を固定しろ、吸い込まれるぞ」
格納庫には暴風のような風が吹き荒れていた。長曽禰はパワードスーツで足元の床を踏み抜き、そこに体を固定。メルヴィアと、怜奈を抱えながら通信機に向かって叫ぶ。
「包囲部隊、氷の魔法で穴を塞げ。急げ」
まるで格納庫に嵐がやってきたようだった。迅速な指示により、すぐに穴は氷の壁によって無理やりふさがれた。用心に用心を重ねて、氷の壁は氷の塊のようになった。
戦闘によってただでさえ滅茶苦茶だった格納庫は、最後の最後に、フードプロセッサーでかき回したかのようにぐちゃぐちゃになっていた。
「あの……」
抱えっぱなしだったメルヴィアと怜奈に気づき、長曽禰は彼女達を地面に降ろした。
「助かりました」「……ありがとうございます」
それぞれの言葉を、長曽禰は「乱暴に扱ってすまない」と返し、それからもう一度ぐちゃぐちゃの格納庫を見渡した。
サンダラ・ヴィマーナが姿を消し、小さい荷物も外へと吸い出されたただっぴろい空間となっていた。
「これで事実上ブラッディ・ディヴァインは終わりだな」
目的を達成し、任務を果たしたというのに長曽禰の心には達成感は微塵も無い。
あの化け物は一体、北ニルヴァーナには何があるのだろうか。そういった不安と疑問が、重くのしかかっていた。