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リアクション
ブラッディ・ディヴァイン殲滅戦 5
「さすがに粘るな」
「危険です、頭を下げてください少佐」
薄笑みを浮かべたメルヴィア・聆珈(めるう゛ぃあ・れいか)はシャウラ・エピゼシー(しゃうら・えぴぜしー)の忠告を聞き入れずに仁王立ちで戦闘の様子を観察していた。
「予定ではもう少し早く制圧できるはずだったが、これ以上ここでのんびりするわけにはいかないな」
「敵も必死ですからね」
格納庫での主導権はまだどちらにも渡っていないでいた。誰しもが、どちらが優勢であるかは見てわかるのだが、最後の一押しができない。ユーシス・サダルスウド(ゆーしす・さだるすうど)が言うように、今までになるブラッディ・ディヴァインは本気なのだ。
「いや、だから頭下げましょうよ。ここが後方だとは言っても別に安全ってわけじゃないんですから」
シャウラは困ったように、メルヴィアと戦場の様子を交互に見た。
飛び交うレーザーに、契約者達の魔法や弾丸、セラフィム・アヴァターラだって無視はできない。
「問題ない。それより、前線の―――」
そこまで言ったところで、すぐ近くで爆発が起こった。
何かの流れ弾だろうか。メルヴィアは微動だにしない一方、シャウラは素早く前に出て、振ってくる破片を剣で叩き落した。
「コホン。では、前線の」
「いや、せめて一言くれませんか。よくやったとか、ないならせめて遮蔽物に、ですね」
「戦場は一瞬の状況判断が勝敗を分ける。状況判断には自分の目が一番信頼がおけるものだ。違うか?」
「ええっと、ええ。そうだと思います」
「それに、前線指揮官があまりコソコソしてたら士気に関わるからな。大変だとは思うが、露払いは頼む」
「了解しました」
「いい返事だ。では、前線の水原大尉に繋いでくれ」
サンダラ・ヴィマーナを挟んで、契約者とブラッディ・ディヴァインは撃ち合いを繰り広げていた。格納庫に保管されていたサンダラ・ヴィマーナにいち早く取り付いたのはブラッディ・ディヴァインで、何人かが中に入っていくのは確認済みだ。
「こちらも早く取り付かないといけませんね」
厄介なのは、増援でやってきたセラフィム・アヴァターラを扱う一団だ。使える人数こそ多くは無いが、個人武装で破壊するには手間がかかる代物だ。水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)は突破の方法をいくつか考えてみるが、確実だと自信が持てる案は中々出てこない。
「少佐からご使命よ」
マリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)が肩を叩き、ごつい通信機を差し出す。
「メルヴィア少佐からですね。はい」
通信機を受け取って、命令を受け取る。
「少佐、なんだって?」
「……五分後に、サンダラ・ヴィマーナ突入部隊を突っ込ませるから、なんとかして道を開けろ。だそうです」
「うわぁ、無茶振りにも程があるよ」
「そう思えますけが……恐らく、何か勝算があるんでしょう。五分、五分後ですね」
最前線の仲間に、五分後に突撃が行われる事をゆかりは手早く通達した。直接の指揮下だけでなく、他の部隊や所轄協力者である他校の生徒にも漏れない通達する。メルヴィア少佐からの通達と言う事は、全体命令なのだ。
その命令を受け取ったセレス・クロフォード(せれす・くろふぉーど)は、思わずほくそえんだ。
「やっと本気出せるってわけね」
「近づいて爆弾くっつけるチャンスってわけね」
さすがに戦闘用の船だけあって、サンダラ・ヴィマーナは機銃程度ではびくともしない。恐らく、多少の衝撃には耐えるだけの装甲を持ち合わせているだろう。
だが、どんなものにだって脆い所はある。セレスは既にその場所にめぼしをつけていた。
「あの砲台のとこなんか、発破で簡単に穴が空きそうよね」
砲台の辺りに、修理のあとを発見したのはシェザーレ・ブラウン(しぇざーれ・ぶらうん)である。あそこからならば、手持ちの爆薬でも穴を空ける事ができるだろう。
あとはなんとか近づく必要があったのだが、ブラッディ・ディヴァインの抵抗は激しく単騎で突撃する隙間は無かった。
「あと五分ね」
「もうあと二分よ」
待たされる時間は、妙に長い気がする。
それでも、その時が来てしまえばあっという間だ。
突入部隊が前進を始める前に、前線の部隊が大挙してサンダラ・ヴィマーナまで接近を試みる。
「なにこれ、面白いぐらい簡単に突破できちゃう」
敵側にしたら、唐突な突撃だったからか、ブラッディ・ディヴァインは対処しきれずに防衛ラインを後退させ、サンダラ・ヴィマーナに契約者達が取り付いていく。その中には、もちろんセレスの姿もあった。
目当ての修理された砲台に取り付き、爆薬をセット。
「各員、衝撃に備えろ」
「発破」
目論見は大成功で、砲台部位が見事に破壊され、人が通るに申し分ない穴が開く。入り口作りは、彼女達が一番だった。が、周囲の目は彼女達の成果よりも、ずっと大きな爆発に奪われていた。
サンダラ・ヴィマーナはこの時、二つの問題を抱えていた。一つは、仲間の収容をどうするかという問題である。仲間を収容しなければ脱出できないが、格納庫での戦闘に参加している者だけではなく、ルバートなど連絡のつかない仲間が多くいた独自の判断で脱出することはできないでいた。
もう一つは、
「はーっはっはっは、来るなら来い」
サンダラ・ヴィマーナのド正面に立ちふさがる、メルキアデス・ベルティ(めるきあです・べるてぃ)の存在だった。
これみよがしに爆弾を設置し、出航しようとしたら爆破する体制が整えられていた。
最低限の出航準備は整っていたものの、サンダラ・ヴィマナーナはここから動けないでいたのである。
メルキアデスの存在は彼らにとって、とてもとても大きなものだったが、本人や彼を取り巻く面々にはそれが伝わっていたかというと、そうでもない。
「……あんなところで構えてたら、爆発した時巻き込まれるわよね」
特に、冷たい目をして距離を置いているフレイア・ヴァナディーズ(ふれいあ・ぶぁなでぃーず)は呟いた。
その声は届いてはいなかったが、フレイアの視線には気づいたメルキアデスは一度小さく首をかしげ、辺りの自分で仕掛けた爆弾を眺め、それからじんわりと脂汗をかいた。
「あ、気づいた」
狼狽の時間はほんの僅かで、すぐに開き直ったのか、先ほどと同じように仁王立ちでメルキアデスはサンダラ・ヴィマナーナに向き直った。
「きっと、最初っからここは自分が不退転の覚悟で守るし、とか思いついたのね」
呆れながら、フレイアは自分の魔力の余力について考える。怪我の治療にきっと多くの魔力が必要になるだろうから、余力は残しておく必要があるだろう。
「なんでもかんでも、マルティナちゃんにばかりあの馬鹿を任せるのも悪い気がするし、あれでも、私の契約者ですし。見てて飽きないのも事実だしねぇ」
実際問題、メルキアデスに対してブラッディ・ディヴァインは手を出せないでもいた。出航口を爆破されるのは困るのだ。だが、間の悪いというか、運が悪かったというか、攻撃を被弾したセラフィム・アヴァターラが、ふらふらと彼の元へと落ちていったのである。
熱風がマルティナ・エイスハンマー(まるてぃな・えいすはんまー)の頬を撫でていく。距離は余裕を持ってとってあったから、爆発の衝撃による打撃はほぼゼロだった。
「うわー、凄い火力ですね」
「ええ……そうね」
近衛 美園(このえ・みその)の言葉に、曖昧に頷く。
爆発炎上している一部に目を捕らわれているのが、ちらほらと目につく。
「とりあえず、目立ってはくれたみたいですわね……」
爆発の中心点を見据えながら、マルティナはいくつかの疑問を思い浮かべていた。
「なんで、爆発の中心点に隊長がいたんでしょうね?」
通路を爆破して、入り口を塞ぐ的な事を言ってなかっただろうか。それを見越してこちらのポイントを取っていたのだが、何故か隊長は爆弾の中心で見得を切っていた。
「さっきのあれ、自分で起爆しましたわよね?」
最新の爆弾は火がついたぐらいでは爆発しない。ちゃんと信管から起爆しないと爆発しないのだ。という事は、今の爆発は……自爆?
「セラフィム・アヴァターラを倒した、と言っていいのでしょうか?」
被弾の度合いから、セラフィム・アヴァターラにトドメをさしたのはさきほどの爆発だろう。
「……教導団って、二階級特進ってありましたかしら?」
「あ、フレイアさんから、えーと、とりあえず生きてる、だそうです」
「それは安心ですわね」
きっと、起爆する必要と起爆しても大丈夫な理由があって、セラフィム・アヴァターラを破壊するために起爆したのだろう。マルティナは、そう考える事にした。
瀬乃 月琥(せの・つきこ)は正面に鎮座するサンダラ・ヴィマーナを見る。戦闘用に作られた攻撃的な船は、この激戦の中でもほとんど傷らしい傷を受けずにその場に残っていた。
ブラッディ・ディヴァインはもちろんこの船に被害を出したくない。契約者側も、接収できるなら接収してしまいたい。そんな理由から、どちらの攻撃対象からも外れていたのだ。
「完全に破壊するわけじゃないわ」
リミッターが解除されたサイコブレード零式を振り上げる。
本来は届かない間合いだが、月琥は愛刀の真の力を引き出し、その形状を変化させる。羅刹解刀だ。ただし、これができるのはたった一振りに限られる。
リミッターが解除されたサイコブレード零式は容赦なく月琥の精神力を吸い上げる。時間はあまり無い。
「はぁぁぁぁっ!」
剣戟が走る。
振り下ろされた一撃は、しかし間に飛び込んできたセラフィム・アヴァターラによって防がれた。
間に入ったセラフィム・アヴァターラは、肩口から胴へ腰に至るまでを一撃で切り離される。
「月琥っ!」
ふらつき、まともに動けない状態でセラフィム・アヴァターラは月琥に向かって突っ込んでいく、いや墜落していく。この一撃が、たった一撃しか使えない事を、セラフィム・アヴァターラの扱い主は知らないのだ。
「間に合え!」
力を使い果たし、その場に両膝をついた月琥に、対処する術はない。瀬乃 和深(せの・かずみ)は敵に背中を見せて、その場に駆け込んだ。レーザーがその肩口を掠め、皮膚を焼くが気にはしない。
倒れそうになる月琥を受け止め、向かってくるセラフィム・アヴァターラを見上げる。片腕で持つ獲物を向ける。敵方も、ここで何か攻撃できる余力があるわけではなく、セラフィム・アヴァターラの質量で押しつぶすつもりのようだ。逃げれればいいのだが、月琥は動けない。
あと少しで衝突する、とその瞬間にやっとセラフィム・アヴァターラは掻き消えた。
「……はぁ」
思わず肺に溜まっていた空気を吐き出す。
「お、ラッキーみたいだな」
二人の様子見かけた狩生 乱世(かりゅう・らんぜ)はひゅうと口笛を吹いた。
(乱世、立ち止まったら目立つよ)
「わかってるよ」
グレアム・ギャラガー(ぐれあむ・ぎゃらがー)のテレパシーにぶっきらぼうに答えて、乱世はすぐに気配を消しながら移動を再開する。
乱世にテレパシーを送ったグレアムの足元には、ヒプノシスをまともに受けて仰向けに倒れるブラッディ・ディヴァインの黒いパワードスーツの姿があった。異様にかかりがよかったのは、半壊したセラフィム・アヴァターラを制御する事に必死になっていたからだったようだ。
(ここまで近づければ、セラフィム・アヴァターラの使い手を狙えて効率がいい)
激戦と激戦の隙間を縫って、二人は確実に敵を仕留めて回っていた。互いに距離を取っていた時に比べ、今は水を得た魚のように思っていた通りの動きと戦果をあげている。
「……始まったな」
二人の後方で、突入部隊がサンダラ・ヴィマーナに取り付いていた。砲台の一部が破壊され、そこから先遣部隊が乗り込んでいるところのようだ。
(僕達は、このまま格納庫を制圧する)
「ああ、そんでもって、あの船も返してもらうぜ」