空京

校長室

創世の絆第二部 第二回

リアクション公開中!

創世の絆第二部 第二回

リアクション



ブラッディ・ディヴァイン殲滅戦 7


「七生報国って御存知? あれはね、七度死の危険にさらされても、七度生還して拾った命に対する恩に報いよ、って意味なの。死んでしまったら、それで終わりよ。死んだら、組織どころか誰の為に働く事も出来なくなるわ」
「もう少し、抑えていてくださいね」
 暴れるブラッディ・ディヴァインの隊員を瀬名 千鶴(せな・ちづる)は押さえつけながら、傍らでテレジア・ユスティナ・ベルクホーフェン(てれじあゆすてぃな・べるくほーふぇん)は治療をすすめる。
 ブラッディ・ディヴァインの隊員が暴れるのは、痛みによるものなのか反抗心からのものなのかは、口から漏れる言葉が意味を成していないのでよくわからない。
 最低限に止血などが終わらせ、それでもまだ暴れそうだったので仕方なく猿轡と拘束具をつけてベッドに転がしておく。
 狭い個室を出たところで、ミカエラ・ウォーレンシュタット(みかえら・うぉーれんしゅたっと)と目が会った。
「どう?」
「なんとか、山場は越えたみたいですね。この先次第では負傷者も増えるかもしれませんが。部屋はまだ沢山ありますよ」
「これだけ個室があれば、敵味方の負傷者全員個室を利用できるわね」
「贅沢な話ね」
 ヴィマーナ内部は使われていない個室が多い。部屋はいくらでも余っているため、負傷者を転がしておく場所には困らない。
「これだけさくさくすすむのも、コレのおかげもあるわね」
 アルベリッヒ製の小型の機械によって、ブラッディ・ディヴァインのパワードスーツは使い物にならなくなる。武装を奪うだけではなく、全身拘束具にもなる。怪我が浅くて暴れる危険がある相手の扱いは面倒だが、これのおかげで手間がだいぶ削減されていた。
「アルベリッヒが作ったというので不安な部分はありましたが、ちゃんと役立っているようですね」
「アルベリッヒ? アルベリッヒだと!」
 通路の奥からの声に、全員がそちらに振り向く。
「わ、ちょっと、怪我が酷いんだからそんな動くと」
 負傷者を搬送していたトマス・ファーニナル(とます・ふぁーになる)が静止するように動くが、力なく押しのけて男が彼女達もとに近づき、そのまま前のめりに倒れた。
「ぐおう」
 苦悶の声、パワードスーツをしていないが、恐らくブラッディ・ディヴァインの一員だろう。よれよれのシャツについた血の染みが広がっていく。
「君の怪我はそんなに軽くないんだ、無理すると死ぬかもしれないんだよ」
 呻く男に、テレジア達がスキルで簡単な治療を施す。
「ぐ……すまない、少しマシになった」
 男は自力で立とうとしてふらつき、それをトマスが支える。
「ちゃんと治療しないと」
「いや、いいんだ。それより、オレをアルベリッヒのところに連れてってくれ」
 苦悶の表情で言う男に、それぞれ困惑の視線を向ける。
「なぜかしら?」
 詰問口調でミカエラが問う。
「渡したいものがっ……あんだよ」
「あなたとアルベリッヒの関係は?」
「元同僚だよ。ここでのってわけじゃなくて……ああ、めんどくせぇ、歩きながら話す。いいだろ、来てるんだろ?」
「連れていこう。悪い人じゃないと思うんだ」
 トマスが率先してそう口にする。幸い、アルベリッヒは同じ船の中にいる。
「異論は無いみたいね。では、連れていきましょう。ただし、トマス、あなたはここでの指揮を続けてください。彼を運ぶのは私と、彼女がいいですね」
 ミカエラが千鶴を指名する。
「え? 私?」
「はい。何かあった時のために、一人では不安があります」
「……決まったか、ならとっとと行こうぜ」
 一人で勝手に歩き出す男は、見事に真逆の方向に歩みを進める。
「それじゃあ、彼のことお願いするよ」
 トマスに託されたミカエラは頷き、千鶴も慌ててそのあとを追った。
 結局男は一人では歩けず、千鶴が肩を貸しつつすすんだ。
「くそっ、今日は最悪だ。最悪が過ぎて裏返っちまいそうだ……早く、早くいこうぜ……あの糞野郎に会いに行かなきゃなんねーなんてよぉ」



 頭痛と吐き気に加えて、全身が重度の筋肉痛のような痛みを感じる。これでも、一時期よりはマシなのだから、ルバートは内心呆れた感情しかでてこない。
(……やっとか、そろそろ来る頃だと思ってせっかくだから見てやろうと思ったが、思った以上に壊れかけてるな)
 犬が一頭、契約者に守られたような形でルバートを出迎えていた。
「貴様がゲルバッキーか」
(いかにも)
 ふふんと鼻を鳴らす。
「敵さんよね? だったら、天の炎で」
 ミリア・アンドレッティ(みりあ・あんどれってぃ)が構える。
(やめとけ、それより少し話しをしたい)
「そう?」
(この実験には私も一枚噛んでいるのだ。まぁ、色々あれこれ手を出しすぎたようで、もはや実験の意義はあまり無いかもしれないな)
 訳知り顔のゲルバッキーに、山田 太郎(やまだ・たろう)が、「実験とは?」と尋ねる。彼がここに居るのは、もっともルバートに出会える確率が高いと踏んだからだ。
(あの男は、インテグラルを内包した一族だ。奴も話したのだろう、古き友とやらが道を指し示すと同時に呪いを与えた、と。その呪いこそ、監視者インテグラル、奴らの血肉に潜ませた、地球監視用のインテグラルだ)
「……」
 ルバートは犬と契約者達を見つめながら、動かずに黙っている。
「監視者?」
 及川 翠(おいかわ・みどり)が首を傾げる。契約者達の知るインテグラルは、とても強い戦闘用のものばかりだ。ゲルバッキーの言葉と、既存のイメージが重ならない。
(彼の祖にそれを植え込んだのは、今、「オーソン」と名乗っている者だ。彼とは違う道を歩んでいるが、元の“因子”については、私も関係するところであるし……彼の行なった事の結果について興味は深く、経過についてはこっそり見守らせてもらっていた)
「監視者……といったか。何故、地球人にそんなものを?」
(1万年前、地球とパラミタが離れるとわかった際、地球人に興味を持った“アレ”が「オーソン」――ああいや、彼の弁を借りるならば「古き友」に命じ、監視用に用意したものだ。だが、断絶された時に機能を停止してしまっていたようだ、目覚めたのはここ最近の話だ)
「……困ったな、どうやって情報を聞き出そうと考えていたが、勝手にべらべら喋ってくれるのは想定外だった」
 ルバートは首を振る。その様子に、ゲルバッキーは笑ったような表情を見せた。本心で笑っているのかは定かではない。
(お前の血脈に受け継がれていた因子は、私に希望を与えてくれたからだ。地球人と因子に関するデータを得ることが出来たのは、私にとってまさに、希望という他ないことだった)
「つまり、お前は私たちを救うことができながら、経過をただ見守っていたということか?」
 尋ねたのはルバートだ。
(随分と冷静だな。もう少し感情を見せてくれても良いのだが)
「ある程度、予測はしていたよ。インテグラルの姿を見た時からな、あれは……似すぎていた」
(だとすれば貴様は相当なマゾだったようだ。まぁいい……ひとつ、教えておいてやろう。インテグラルとは基本的にクイーンなどの“指定された上位の存在”の命令に従うようにできている。つまり、インテグラルとはそもそも制御可能な代物というわけだ。だが、君は……いや、君達はそもそも自由に行動する力を持っている。インテグラルとしての力を持ちながら、自由意思を持っている。君の一族は、途中で我が造り出した剣の花嫁マレーナ・サエフと混じっているためだ)
 話しの内容は、ルバートがインテグラルの一つであるかのようだった。恐らく、その通りなのだろう。ルバートが変身するというモンスターも、容姿はインテグラルに良く似ているとの報告がある。
 太郎は逐一会話の内容をパートナーのロサ・アエテルヌム(ろさ・あえてるぬむ)に送る。彼女はさすがに表立って連れ歩くわけにはいかないため、身を隠させている。
 契約者達に身ばれしているかどうかはわからないが、少なくともブラッディ・ディヴァインには顔なじみだ。
 もしもこの場にアルベリッヒが居たらどうだろうか。今までの様子から恐らく、ルバートの来歴や秘密について触れてきていなかったように思える。しかし、だとすれば一時期見せたルバートのアルベリッヒへの執着のようなものは一体何だったのだろうか。
 疑問は尽きないが、今は会話の聴取に意識を傾ける。
「自由、か。皮肉だな」
(そうだ。皮肉だ。本来の役目も果たせなかったお前達から興味を離したオーソンは、私が関わった事による変化に目をつけ、再びお前達に接触した。あとは知る通りだな。さて、他に聞きたい事はあるか?)
「はーい、質問」
 翠が手をあげる。
(よし、言え)
「自由って事は、あの人はオーソンの命令を聞かなくても平気って事? それじゃ、戦う理由とか無いよね」
(面白い質問だ。それには、あいつに答えてもらうのが一番だとは思うが、私が答えてやろう。確かに、個人で命令に逆らう事は可能だ。だが、手足が自由に動く人間を、思いのままに操る方法なんていくらでもあるはずだ? みんな良く知っているのがな)
「……人質?」
 ミリアの呟きに、ゲルバッキーが笑い声を零す。
(ああ、大方そんなところだ。さて、いいキーワードが出たところで、もう少しご褒美を付け加えてやろう)
 ゲルバッキーはルバートを見る。ルバートのシールドに、ゲルバッキーの姿がくっきりと映っている。
(子供は飽きた玩具をその辺に放っておくものだ。だが、しつけの行き届いた大人は、そんな事はしない。しっかり片付けるし、いらない物は捨てる。わかるな?)
「な……まさか……」
(お前達がセラフィム・ギフトを手にした時はさすがに焦ったが、しかし、“何も無い”お前にはそれを真に使いこなすことは出来なかった。今となっては全て想定の範囲内だ。わかるか、私の想定の範囲内だ。お前達の出番も役割も、ここで終わりというわけだ。オーソンも、今は別の玩具に御執心……さて、ではこれからどうなるか? 自分で考えろ。最も、答えはとっくに出ているだろうがな)
 明らかにルバートは動揺していた。
 翠やミリア、太郎など契約者達は一人楽しそうにするゲルバッキーに共感も納得もできずに状況を見守るしかなかった。
 状況の変化はすぐに訪れる。
 ルバートが、胸を抑えながら苦しみ始めた。
「ぐ……う……これでは、これでは約束が違う。違うではないか。おのれ……おのれぇぇぇぇ!」


 他の部屋と同じように、埃を蓄えた部屋の中央に、椅子に縛り付けられる形で一人の男の姿があった。額に小さな傷がつき、そこから血が出た形跡があるが既に血は固まっている。
 男の目は警戒心と敵対心の色を読み取る事ができたが、暴れたりする気配は無い。彼から少し離れたところに、黒いパワードスーツがぞんざいに置かれている。
「因子とやらが何かは知らんが、貴様が罪を犯したのは因子のせいだけではあるまい。自分が罪を犯したのは先祖代々受け継がれた因子や呪いのせいだ、と責任を転嫁し、自殺すれば罪から逃れられる、と身勝手に思い込む、貴様自身の心の弱さこそが罪を犯した原因だ!」
 男の周囲には四人、ヨーゼフ・ケラー(よーぜふ・けらー)エリス・メリベート(えりす・めりべーと)と、マーゼン・クロッシュナー(まーぜん・くろっしゅなー)黒岩 飛鳥(くろいわ・あすか)の姿がある。
「自殺すれば何もかも無かった事に出来る、などとは思わない事ね。あなた方の罪は、自ら命を絶ったところで、決して消える事はないわ。犯した罪を清算したい本当に願うならば、法の裁きを受けて、きちんと刑に服しなさい」
 言葉を受けている男は、顔はあまり動かさず目だけで喋っている人の顔を見る。
「本気で言ってるのか?」
 男の問いに、すぐには返さない。
 ここまで彼を連れてきたマーゼンと飛鳥は、何か行動するそぶりはないかと監視の目を緩めない。
「……だったら、忠告しといてやる」
 男は沈黙を是と受け取ったのか、警戒心は相変わらずだったが敵対心はいくらか抑えて続けた。
「殺した方がいい。そうするべきだ。別に死にたがりってわけじゃないが、その方がいいと忠告してやる。誰のためでもない、あんた達のためにだ」
「そこまでして死にたいのか?」
 ヨーゼフに、男は薄笑みを浮かべて首を振った。
「殺すなら、できるだけ苦しまない方が嬉しいな」
「何か、妙ですわね」
 エリスが視線で、ヨーゼフに判断を尋ねる。
 戦闘が激化しているので、負傷者でない捕虜は少ない。彼のように元気なものは疎らだ。こうして声をかけるのも、脱走をしないように釘をさすのが目的である。
「……うぐっ!」
 突然、男は暴れ始めた。逃げ出そうとしている様子ではなく、足をばたつかせ、何かに苦しんでいるようだ。
「なんだ、毒か?」
 ヨーゼフは視線をマーゼンに向ける。
「いや、そんな素振りは無かったはず……奥歯に仕込んだ、なんてのもありえない。確認した」
 困惑した様子のマーゼン。飛鳥もわからない様子だ。
「大丈夫ですの? 今治療を」
 リカバリを使うべきか、毒なら解毒の効果のあるものを使わないといけない。だが、そうこうしている間に男の瞳孔が広がり、そして眼球全体を黒いどろりとした何かが染み出して覆う。
「殺……せ……はや……く……殺せ!」
 男が呻く。
 咄嗟に、飛鳥がしびれ粉を男に撒いた。嫌な予感がしたからだ。だが、しびれ粉は男に全く効果をなさず、もがきはやがて痙攣になり、その肉体をも黒いどろりとした液状の何かが染み出て、覆う。
「離れろ!」
 マーゼンの言葉と、男にしていた拘束が引き千切られるのはほぼ同時だった。
 獣のような咆哮を伴って、男だったものは近くにいたヨーゼフとエリスを突き飛ばす。黒い液体に覆われていた体から、液体はいつの間にか姿を消し、黒に近い色の肌の色を持つ、元の男より一回り大きい何者かの姿がそこにあった。
「これは……インテグラル?」
 飛鳥の言葉は、誰しもが思った事と同じだった。
 インテグラルと思われるものは、四人よりもまずぞんざいに置かれていた黒いパワードスーツを手にした。手にもったそれは、膨れ上がった肉に飲み込まれ、やがてまだ男の面影があった顔が、パワードスーツのヘルメットと似たようなものに変化する。
「取り込んだのか?」
 変化があったのは顔だけで、それ以外は元のままだった。
 この狭い個室でインテグラルとは戦えない。突き飛ばされてまだ立ち上がれないヨーゼフとエリスにそれぞれ、マーゼンと飛鳥がついて動向をうかがった。
 一度、竦むような視線を浴びせかけてきたが、すぐに男は扉に向かい、それを力任せに破壊するとそのままどこかへと走り去っていった。
「大丈夫か?」
「あ、ああ」
 痛みをこらえながら、ヨーゼフは差し出された手をとって立ち上がる。エリスに視線を向けると、あちらもとりあえずは無事のようだ。
「見たか?」
「ええ、尻尾が生えてましたわね」
 男の背中には、尻尾のようなものがあるのを四人は見ていた。その尻尾は、猿や猫のようなものではなく、竜のそれに近かった。一番近いものを例えるならば、イレイザーだろうか。
「……嫌な予感がする、仲間にこの事を伝えよう」
 全員は頷く。だが、行動を起こすよりも早く、彼らの通信機に焦りと驚きと恐怖に混じった声が届いてきた。