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リアクション
ブラッディ・ディヴァイン殲滅戦 6
ずらりと並ぶ黒いパワードスーツには、どれも人は入っていなかった。並んでいるのはパワードスーツだけで、その整備に必要な機材などは見当たらない。
「勿体ねぇな」
暇を持て余しはじめてきた猪川 勇平(いがわ・ゆうへい)は、適当にパワードスーツに触れてみたりしながら零す。
「内部の抵抗がここまで弱いとは想定外でしたね」
大熊 丈二(おおぐま・じょうじ)が小暮 秀幸(こぐれ・ひでゆき)の顔を見る。
「戦力が低下しているのは知っていたけど、ここまでとは思わなかったな。これなら、突入部隊はもっと少ない人数で事足りたはず」
「じゃあ、敵さんはどこにいるんでしょう?」
ウイシア・レイニア(ういしあ・れいにあ)が辺りを見回してみる。
「90.75%の確率で、ブリッジに集まっているはずだ。最低限の発進準備を進めているに違いない」
言いながら、小暮は端末に記録をとる。
「これ、このまま使えんのかな?」
勇平はそのうち一着を手に取ってみる。少し重いうえに、サイズはどうみても合ってない。
「やめとこう、罠は無いとは思うけど、メンテされてないものは危険が大きい。パワードスーツなんかは特に」
「そうだな。それに、こんなのなくったってオレには剣がある」
パワードスーツを元のところに戻した。
「メルヴィア少佐は無事かしら?」
ヒルダ・ノーライフ(ひるだ・のーらいふ)の言葉に、
「問題ないはずだ。単純な戦力ならあちらの方が上だ」
「少尉」
「なんだ?」
「ヒルダが今作戦中に“熾天使の力”に目覚める確率はどれぐらいあると思いますか?」
「……未知数だ」
少し考え込んで、小暮はそう返した。
「未知数、でありますか?」
「その事に関しては、きっと僕より君達の方がよくわかってるはずだと思う。ただ、僕としてはこの作戦の最中はゼロで構わないと思う。不測の事態は増えないに越した事はない。君の言い方じゃ、安全に運用できる自信は無いんだろ?」
丈二は頷く。
「大丈夫、君達は正当に評価されているし、その評価に従って作戦や任務は組み立てられている。不確定要素に頼った作戦は、少なくとも僕は嫌いだ。だから、その事をあまり考える必要はないはずだ……それより、せっかくパワードスーツをこれだけ見つけたんだ。少し細工をしてまわろう。これ、持ってるよね?」
小暮は手のひらに納まる小さな機械を取り出した。
ゲルバッキーが開いた回廊の近くでは、紅茶のよい香りが漂っていた。
「暇ねー」
エリーズ・バスティード(えりーず・ばすてぃーど)が荷物の入った箱の上で、足をぱたぱたさせながら天井を仰いだ。その手には、紅茶のカップがある。あまりにも暇なので、紅茶をしっかりといれる時間まであった。
「……」
すぐ隣で、こちらは座り込んではいなかったが、レジーヌ・ベルナディス(れじーぬ・べるなでぃす)も紅茶をすすっていた。
ここはヴィマーナへの突入地点、一時の集合場所に使った広間よりも奥にあり、薄暗くそれなりに狭い部屋だ。出入り口は一つしかなく守りやすく、いくらかの物資と共に脱出地点の確保と防衛のために兵が割かれている。
「攻めてこないのはいいんだけど、武器弾薬の補給要請も来ないなんて、暇で退屈よ」
部屋が狭いので、よく声が通る。エリーズの愚痴に、最初はレジーヌも小言を言っていたが、それも段々少なくなって、ついには無くなった。暇なのは事実だし、前線からは景気のいい連絡ばかりがくる。この地点に敵が戦力を割く余裕はないようで、ここに至る通路の保持も、同じく暇を持て余しているようだった。
「頼んでみるもんですね、少し譲ってもらえましたよ。紅茶には気分を落ち着かせる効果もあるといいますし、頼んでみたらいかがですか?」
そんな弛緩した空気の中に、アルベリッヒの姿もあった。今日はパワードスーツは置いてきており、私服姿である。その手には、紅茶のカップがある。先ほど、エリーズに声をかけて一杯もらったのだ。
「なんだよ、オレがイライラしてるっていいたいのか?」
「してませんか?」
紅茶の香りにふむ、と一人頷くアルベリッヒ。悠々自適である。
「そもそも、あんたこんなところでのんびりしてていいんですかな?」
「僕が武装して前線に立つと、誤射されるんですよ。いやはや、誤射なのか意図的なのかはわかりませんが。自分の身を守るために今日はパワードスーツは自粛です」
「なら、色変えればいいんじゃないですか。敵の武装奪い取ったら違う色にするのは定番でしょうに」
「好きなんですよね、黒。カッコいいじゃないですか」
「……いや、好き嫌いじゃないだろ、そこは」
アルベリッヒはゆっくりと紅茶を一口楽しんでから、
「まぁ、冗談はそのぐらいにしておいて、今回についてはわざわざ危険人物を戦力換算しなくてもいいと、長曽禰さんが判断した結果ですよ。なので、自粛というよりは封印ですね。あ、誤射の兼も冗談ですので、ご安心を」
「何がご安心ですか」
アルクラント・ジェニアス(あるくらんと・じぇにあす)はため息をつく。
「アル君」
と、そんな二人に声がかけられ、
「はい?」
「なんです?」
二人揃って振り返った。声をかけたシルフィア・レーン(しるふぃあ・れーん)は二人同時に振り向いた事に驚き、その表情を見てアルベリッヒは少し恥ずかしそうに髪をかいた。
「これは失礼」
「そっか、アルベリッヒさんに、アルクラント、どちらもアル君なのよね」
「小さい頃に、そう呼ばれていた時期がありまして、意外と今でも反応してしまうものですね」
「小さい時って……私今でもそう呼ばれてるんですが」
「それじゃ、アルクラントさん。はい、紅茶わけてもらってきたから。少し落ち着いて、アルベリッヒさんに絡むのはそのぐらいにしておきなさい」
「絡んでなんですが……いえ、頂きますよ。ありがとう」
エリーズの紅茶は、今日は大人気である。
「さて、さっきの話の続きですが。皆さんも、これ受け取ってますよね?」
アルベリッヒが、手のひらに収まる小さな機械を取り出す。黒いパワードスーツの自爆対策に、アルベリッヒが自作したものだ。
「これの実験と成果の確認のために今回は無理言って同行させてもらいました。色々、興味深い報告がありましたからね。遠隔自爆はまだ記憶にありますが、音声認識で自爆したりと……私の作品に、爆発という美術概念は積み込んだつもりはないのですが」
「これって本当に、信用できるの?」
桜塚 屍鬼乃(さくらづか・しきの)を眺めながら、アルベリッヒに声をかける。
「捕獲したパワードスーツには効果を示しましたね。一応、教導団の方でも効果ありとお墨付きをもらっています。とはいえ、短い間にどれだけOSが改良されているかわかりませんから、使えるかどうかは今回の報告を見てとなりますね」
「私達を使って実験しようとしてるんだ、ひどいなぁ」
「否定はできませんが、十中八九役目を果たしてくれますよ」
アルベリッヒは小さな機械をしまった。これに関しては、既にブラッディ・ディヴァインのパワードスーツの機能を停止させる効果を発揮している。ただ、非常に時間がかかるので、一度的を無抵抗の状態にしなければまず使えないという問題が残っている。
改良の余地はあるが、今回の作戦が終わったら敵として黒いパワードスーツが表れる事はまずないだろう。今回限りの使い捨て発明品であるのは間違いない。
「ところで、一つ聞いておきたい事があるんだが」
裏椿 理王(うらつばき・りおう)が近くの壁に背中を預けながらアルベリッヒを見る。
「ルバートの一族にあんたは関わっているのか?」
この言葉にアルベリッヒは、少し真面目な顔になったが、すぐにいつもの余裕の表情に戻る。
「少なくとも、僕は血縁者ではありませんよ。瞳の色も、髪の色も違いますしね。きっと、僕の変わりに家系の歴史なども調べて頂いたのでしょう」
「まぁな。一応データの上では白だったが、データなんていくらでも改ざんできるものだからな。最後の確認ってわけだ。それでも、信用できるわけじゃないが」
「ごもっともですね。七度尋ねて人を疑えとも言いますし、その姿勢は素晴らしいと思いますよ」
「余裕だな。ところで持論を喋っていいか?」
「ええ、どうぞ」
「ルバートはあんたを『解放してくれた』んじゃないのか? 沈めると決めた船からネズミを追い出すというか、そんな感じじゃないのか?」
いつの間にか、アルベリッヒのカップは空になっている。
「んー、それは難しいですね。一応、僕は死んでいた扱いだったわけですし、その時あまり捜索してもらった感じはないんですよね。ですから、あの人が僕に個人的な感情を持っていたとしても、その為に支払うリソースは無かったと思います。結果として袂を別つ形になってますが、その点に関しては偶然の割合が大きい。僕と彼の関係は、雇われ店長とオーナーみたいなものですね。血縁者でないからこそ、雇ったり解雇されたりする、と。もしもそういう理由が別にあるのでしたら、僕はこの場にはいなかったでしょう。あなた達の敵を続けていたか、はまた別の話になりますが」
アルベリッヒはそこまで言うと、すっと背中を向けた。「カップを返してきますね」とわざわざ付け加える。
「信用して、いいものかな?」
理王の問いに、返事は返ってこない。
「うーん……埃っぽい部屋ばっかりだわ」
銃型HCを片手に、川村 詩亜(かわむら・しあ)は部屋から出た。オートマッピング機能によって、地図がどんどん埋まっていく。この地図が埋まっていく様子というのには妙な達成感があるが、全体像がわからない現状ではどれぐらいまで進んだのかわからないのは少し不満点でもある。
「ここまで来ると静かだね」
詩亜よりは慎重に、周囲をキョロキョロ見渡していた川村 玲亜(かわむら・れあ)は詩亜の空いている方の手に繋がれていた。迷子対策だ。
「格納庫にみんな集まってるみたい」
契約者達もブラッディ・ディヴァインも、主戦場を格納庫に定めて攻防を繰り広げている。契約者達はともかく、ブラッディ・ディヴァインはほぼ全員が格納庫に集まっているのだろう。おかげで、みんなの視線はそちらに集まり、ヴィマーナの探索もできる。
「あんまり、これだってものは見つからないね」
船を探索すれば何か面白いものが見つかるかも、なんて期待に胸を膨らませていたが、今のところこれといった収穫は無い。というより、狭い客室や常務員質ばかりで、何かが見つかる余地が無いのが正しい。
倉庫や、貴重品室、資料室といった何かが見つかりそうな部屋にはこの辺りには無いようだ。それでも、マップを埋めていく傍ら、一つ一つ部屋を確認しているので中々お宝や新発見に出会えない。
「調べれば、凄いものが隠れてるかもね」
「当時の歯ブラシとか?」
先ほど、玲亜は使われていない部屋で見かけたものを思い出した。
「……んー歴史学者さんとかには、お宝かな?」
歯ブラシに何かを見出すこともできないので、詩亜はそう答えてながら次の部屋を目指す。この区画ではこの部屋がラストだ。
「マップで見る限り、他の部屋よりは大きいみたい。ただの客室じゃないかも」
部屋のロックはされておらず、簡単に開いた。
「っ!」
開いた瞬間、試作型機晶銃アリヴェが詩亜の額に向けられた。僅かな沈黙、ふぅと息を吐いて玖純 飛都(くすみ・ひさと)は銃を下げた。
「悪い、敵かと思った」
「だから違うって言ったでしょう。あちらさんはお喋りしながらうろうろできる状況ではありませんからね」
紙の束を持った矢代 月視(やしろ・つくみ)が、少し冷めた視線を飛都に向ける。
「警戒は必要だ。それより、持ち出すべき資料はそれぐらいでよかったか?」
「ええ、気になるものは全部引っ張り出しましたよ。精査はあとでいいでしょう」
紙束をまとめる月視達をぼーっと見つめていた詩亜と玲亜は、やっと思考回路が元通り回り始めた。
「あ、あの、この部屋は?」
「ここはたぶん、医務室みたいに使われてたところのようだ」
「といっても、医薬品なんて微々たるものでしてね、あまりいい環境とは言えないようですね。こういうのを見ると、私達は優遇されてるなと思いますよ」
「医務室? じゃあ、それは?」
「これは、ブラッディ・ディヴァインの構成員リストですよ。まぁ、他に色々とこまごまとしたものもありますが、メインはそれですね。恐らく今回の作戦で捕虜も多く捕まえられるでしょうし、尋問の際に役立ちそうです」
一足先にこの部屋を調べていた二人によって、仮医務室の調査はほぼ終わっているようだ。
「このリスト、少し面白いんですよ」
「面白い?」
「ああ、名前の色が青と紫に分かれているんだ。それで、紫の方はほぼ全部イギリス系の名前。他はそういった統一は無い。つまり、紫の連中はルバートの血縁者だと推測できる」
「そうか否かは、捕まえて確認する必要がありますけどね」
「血縁者だとかいうのだと、何が面白いの?」
玲亜の率直な疑問に、二人は一度顔を見合わせてたあと、
「彼らの中でも、血縁者は特別に分けて管理しないといけない理由があった。という事だ。しかも、作戦のためにリストを作るのなら、こんな場所におく必要はない。案外呪いというのは、病気か何か、あるいはそれに近いものであるのかもな」
リストには、青文字で書かれたアルベリッヒの名前が書かれている。