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リアクション
ブラッディ・ディヴァイン殲滅戦 4
「……ちっ」
モードレット・ロットドラゴン(もーどれっと・ろっとどらごん)は舌打ちし、ルーンの槍を右手、左手と落ち着き無く持ち替えた。
「モードレット……これ以上は好きにはさせねぇぞ。ずっと避けてはいたが、今回ばかりはひかないからな」
マーリン・アンブロジウス(まーりん・あんぶろじうす)がモードレットを正面から見据えていた。二人の間には、人が一人隠れられそうな窪みがあった。つい先ほど、セラフィム・ギフトの拳によって凹んだ部分だ。
「久我内さん、あなたも“キー”が目当てなんですか?」
沢渡 真言(さわたり・まこと)は久我内 椋(くがうち・りょう)から視線を外さないまま尋ねる。
「……キー? ……ええ、そんなところです」
椋は聞きなれない単語に、適当な返事を返した。
この先の区画は封印されたままで、何があるかわからない。という事になっている。事実は知らない。
「そこを、どいてもらえませんかね?」
「できません。せめてあなた達だけでも、ここで止めさせてもらいます」
セラフィム・ギフトの援護を受けて、ルバートはこの防衛ラインを無理やり突破した。椋らも突破するつもりだったが、思った以上の抵抗を受けて足止めを受けている。
「……ぐだぐだ喋ってんじゃねぇ。どかないってんなら、どかしてやればいいだけだ」
見てわかるほどにイラついているモードレットに、椋は「そうしましょうか」と返した。少し暴れれば、彼の苛立ちも少しは落ち着くかもしれない、という考えが浮かぶ。このところ、モードレットの機嫌は悪化を辿る一方だ。
最初に動いたのは、モードレットだ。直進し、マーリンを狙う。
それに呼応し、椋がしびれ粉を使用する。
「かかった」
マーリンのインビジブルトラップに、何の誘導もなく飛び込んだモードレットに思わず勝利という文字が浮かぶ。が、トラップが捕らえたのはモードレット本人ではなく、彼が呼び出したセラフィム・アヴァターラだった。
仕掛けた罠は、とっくに見抜かれていたのだ。
「せこいもん仕掛けてんじゃねぇ!」
間合いをさらにつめてくる。
「しびれ粉なんて!」
火術で振りまかれたしびれ粉を一息に焼き払い、そのまま炎の壁を目隠しに、轟雷閃でモードレットの突撃を止める。攻撃動作よりも早く気配を察したのか、彼は軽いフットワークで元の位置より少し前の位置に戻った。
「……ちっ」
「簡単には、通しません」
「簡単には、通してくれませんか」
「これまた、随分な歓迎だな」
ルバートは目を、ヘルメットのシールド部分を覆うように手をあてながら言う。
「会話はできるようだな」
冷たい口調で、十文字 宵一(じゅうもんじ・よいいち)がルバートを見据えて言った。随分な歓迎といわれた兵のほとんどは、彼が雇った傭兵である。
「それは幸い。お久しぶりですわ、ルバート様。もう少し、お話したかったのですわ」
殺気立つ面々の中、やわらかな物腰で中願寺 綾瀬(ちゅうがんじ・あやせ)が一歩前に出た。ふわりと漆黒の ドレス(しっこくの・どれす)が風を受けてゆらめく。
「……その声は、そうか。以前聞いたな。今更話すことなど無いと思うが?」
今のルバートには、相手の姿がはっきりと見える。だが、記憶と映像が繋がっていないぶん、むしろ違和感の方が大きい。
「数千年に渡る恩義? 古き友の呪い? ……取るに足らない理由ですわね」
「……ほう」
ルバートがあごをあげて、続けろと示す。
「ルバート様を含む血族の方々は、先祖が勝手に交わした契約の代償を今支払わされている……与えられたレールをただ漫然と進むだけの物語など観る価値も無い駄作」
「なるほど、駄作か。言えてるな。で、それがどうしたというのだ?」
敵の数は十人と少し、力技で突破しても追撃を受けることになるだろう。厄介だな、と内心舌を巻く。それに加えて、まるで追撃されるのがわかっていたかのように、用意周到に敵が布陣している事も気にかかった。使っているのも、埃を被った連絡通路で、なぜこんな道を彼らは知っているのか。
「妻を子を親族を『殺されて』なお古き友とやらの為に行動し続けるルバート様の物語を、一旦終わらせて頂きます……もし、妻子を奪われた悲しみがほんの少しでもまだ残っているのなら、立ち上がり新しい一歩を踏み出して下さいな?」
殺されて、という単語に対しわずかにルバートの心が揺らいだと、綾瀬は確信した。しかし、そのルバートから出てきた言葉は、冷静でつまらないものだった。
「こちらからも一ついいかな?」
ルバートは周囲を見渡してから、綾瀬に視線を戻す。
「君達の中に、事情通とやらが居ると聞いたのだが……それは間違いないかね?」
「事情通……ゲルバッキーは確かにそうかもしれませんでふ」
質問への答えというわけではなく、宵一に向かってリイム・クローバー(りいむ・くろーばー)が小声で言ったのを、ルバートは聞き逃さなかった。
「なるほど、ゲルバッキーか……噂ぐらいは聞いた事があるな。さて、どうやら私は君達と遊んではいられないという事らしいが、それを承諾してはくれんのだろう?」
「当然だ」
宵一が答える。
「そうか、では仕方ない。大世界樹よ、貴様の言葉、少しは信じてやろう」
ルバートが叩きつけるようにして、地面を踏みつける。彼の足よりも一回り大きな足跡が刻まれ、次第にそれに見合った黒い膜のようなものがルバートを覆った。
「あれが、あの化け物か」
大世界樹の戦いに参加した者には、その姿を見た者も多いだろう。インテグラルのようなもの、と称されたパワードスーツに酷似した化け物が姿を現した。
「やはり、あれはルバートだったってわけか。一回り膨れ上がって、ついでに骨組みの羽か」
氷室 カイ(ひむろ・かい)は、ピリピリとした空気を感じながら、気おされないよう武器を強く握った。
「リィム」
「わかってまふ」
あれに雑兵をぶつけても、ただ被害が広がるだけだ。部隊には援護に徹するよう指示を出し、宵一があれに向かう。
「悪いが、一撃で決めさせてもらう!」
振り上げたフェニックスアヴァターラ・ブレイドが、10mに巨大化する。天井をやすやすと切り裂き、そのままルバートにへと振り下ろされた。
ルバートは腕を交差させ、真正面からその剣を受け止める体制を取った。そして衝突。ルバートの体はその威力によって、床を沈ませたが、差し出された腕は健在のまま一撃を受け止めていた。
「なに?」
「オオオオオオオオオオオォォォォ!」
ルバートの声は、人間の叫び声などではなく、完全に獣の咆哮だった。咆哮と共にフェニックスアヴァターラ・ブレイドは跳ね除けられ、ルバートはそのまま驚きの表情の宵一に突撃する。
「危ないっ!」
宵一は咄嗟の対応を取れる余裕が無かった。相手がインテグラルやイレイザーなら、ギフトの一撃というだけでもっと効果が出るはずだ。それが、簡単に止められたのだ。ギフトの特性を知る者ならば、当然の反応だ。
無防備な宵一と突撃するルバートの間に割って入ったのは、サー・ベディヴィア(さー・べでぃびあ)だった。混沌の盾を掲げ、繰り出される左ストレートを受け止める。
インパクトの瞬間、ベディヴィアは軽く後ろに飛んで威力を殺した。咄嗟の判断だったが、それが正解だった。足を止めて踏ん張ってしまえば、盾ごと貫かれていたかもしれない。実際には後ろに吹き飛ばされて、背中をカイに受け止められるに済んだので、その過ぎった予感が事実かどうかはわからない。
「危険な相手ですね」
ベディヴィアはべっとりと染み付いた嫌な予感を払うように、首を振る。
「より安全にゲルバッキーがキーを手に入れるタメだ。何としでもルバートを止める」
カイの言葉に背中を押され、ベディヴィアは「はい」としっかりと頷いた。
「ルバート、哀しい事が多いからって、考える事を止めちゃ駄目ヨ! そして、他人を不幸にしちゃ駄目ヨ! 自分を自分で止められないのなら…バシリス達が止めるネ!」
バーストダッシュで懐に潜り込んだバシリス・ガノレーダ(ばしりす・がのれーだ)が、すかさずチェインスマイトで連続蹴り!足に付けたイーグルフェイクで切り刻む。
「硬い、金属蹴ってるみたいヨ」
右わき腹に切り傷のような傷をつけた。形状こそパワードスーツに酷似しているが、それは皮膚であり体の一部であるようで、傷をつけた部分からはどろりと粘つく液体が染み出している。
取り付いたバシリスを叩き潰そうとルバートはショートフックを繰り出すが、するりとバシリスは攻撃を回避した。
バシリスが攻撃を避けれるのは、歴戦の防御術の経験と、敵の動きだしよりも前に気配を察知し動きを予想しているからだ。間合いをギリギリまで詰めているため、見てからでは間に合わない。
「今のうちになんとか立て直すぞ、負傷者は送り返せ」
肩膝をついた叶 白竜(よう・ぱいろん)が部下に指示を出す。
「自分はいいのか?」
「このぐらい、かすり傷だ」
「だったら、送り返さすなんて手間は無駄だな。みんなかすり傷だし。ね?」
世 羅儀(せい・らぎ)が視線をニキータ・エリザロフ(にきーた・えりざろふ)に向ける。
「え、ええ。問題ないわよ」
少しぎこちなく、ニキータは頷いた。傷は実際かすり傷程度で、真正面でぶつかった白竜には遠く及ばない。
「インビジブルトラップ……張りなおす……少し時間かかる」
バシリス・ガノレーダ(ばしりす・がのれーだ)がポイントを探る。
「敵の目の前で仕掛けていたらインビジブルでもなんでもないな。だが、あの状態であれば効果もあるだろう」
白竜は立ち上がり、部下と仲間に視線を配る。無理をしている者が居たら叩き返すためだ。
「確かに、ありゃ凶暴な獣って感じね。トラップ踏み抜いて突っ込んできたし、怖いわ。仲間を引き連れてないのも、たぶん判別できずに襲っちゃう危険があったからね」
「それか、船の護衛にまわす分の戦力も足りていなかったか、だな。奴らの今までのやり方なら、敵と戦うよりも離脱を優先するはずだ」
ルバートははりつくバシリスを振り払おうと、強烈な回し蹴りを繰り出した。その僅か前に、バシリスはその場を離脱する。
「今ネ!」
「私の槍よ、絶望を断ち切れぇー!!」
回し蹴りが空を切った瞬間、次百 姫星(つぐもも・きらら)がバーストダッシュで一気に突っ込む! そのままの勢いで荒ぶる力を込めた全身全霊のダブルインペイル!
姫星の一撃が決まり、ルバートは吹き飛び地面に倒れた。蹴りの直後でバランスが悪かったのもあっただろう。
「古き盟友…何が、何が盟友ですか!? 恩義は強請る物じゃありません。それが目的だったのなら、ただ利用しただけじゃないですか。そんな酷な仕打ちをする輩なんて、私は許せません!」
倒れたルバートは、すぐには立ち上がってこなかった。だが、桃姫は警戒を緩めない。手ごたえでわかる、まだ目の前の敵は健在だ。
そこへ、22式レーザーブレードを構える白竜らも並ぶ。
「……私は……デキナカッタ」
「何か言ってる?」
「妻ヲ殺した……化ケ物……息子を……殺すことなど……私にはデキナカッタ」
ルバートはゆっくりと立ち上がる。
「時間ガ無イ……時間ガ……」
ルバートは片腕で壁を殴りつけた。大きな亀裂が入り、そこに穴があく。
「オオオオォォォォォォォォ!」
咆哮がその亀裂を広げ、天井にまで達する。壁面がボロボロと剥がれ落ち、ルバート自身が契約者に降り注いだ。小さなものは小指の先程度のものもあれば、大きなものは人間を覆い隠すのも造作も無いようなものまで。
「くそ、逃げるつもりだ」
ルバートが穴に入っていくのを白竜が追う。が、次の瞬間全員の背後、守っていた通路の壁が破られて、そこからルバートが再び姿をあらわした。
転進して追おうとするが、部屋と壁の崩壊はもはや無視できないレベルで進んでいる。無理をすれば誰かが生き埋めになる。
「くそっ、みんなこっちの部屋に入れ」
ルバートの空けた穴に、白竜は皆を誘導した。こちらの部屋は使われていない倉庫か何かで、頑丈らしく崩壊の余波は受けていなかった。
誰も生き埋めになることなく非難はできたが、全員の無事を確認した頃にはルバートの背中はとっくに見えなくなってしまっていた。