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リアクション
東と南と北西と
北ニルヴァーナ東部の地。草一本生えていない荒野を舞台に、イコンイクス・マキナ・デルヴィスは、なにやら、にゃーにゃー言いながら踊っていた。観客……というかターゲットは発熱巨大太陽猫こと「サン・ニャー」である。
パラミタの市場で仕入れた「豚の丸焼き」を投げつけたなら、レッツダンス!!
「……母様。マジメなのかふざけているのか、はっきりしてくれ……」
「いきなり何て事を言うんだい、ホムホム」
不本意で不名誉な評価を受けた夜薙 綾香(やなぎ・あやか)は夜薙 焔(やなぎ・ほむら)に強く抗議した。
「こうして餌を投げた上で踊りを踊る、注目されること間違いなし、故に誘い出すことにも成功する、なればデータも取れるというものだ。私はいたってマジメだ」
「いや……その前にホムホムって……初めて言われたし……」
いつもは「ホム」と呼んでいるにも関わらず、今日この時この瞬間に限ってホムホムだなんて……。
口調もどこか崩れているし……これも「サン・ニャー」効果という事か。恐るべし「サン・ニャー」、凄いぞ「サン・ニャー」。
「ほら! 見るんだホムホムっ!! 豚が一瞬で灼け消えたぞ! 太陽の如くに熱い体熱で豚を焼失させてしまったのだ! 食べたくても食べられない、これほど切ない悲遇が他にあるであろうか」
「いや、あると思うよ。それより何で豚なのさ、猫には普通ネズミでしょう」
「サン・ニャーはあんなに大きいのだ。豚くらいがちょうどネズミに見えるんだよ、尻尾も良い具合に丸まってるし」
「やっぱり……ふざけてる」
綾香の思惑はさておき、東の大地が荒野である理由は解明されたと言って良いだろう。
北ニルヴァーナの南部は今日も濃い霧が立ちこめていた。
それでも以前に訪れた契約者たちの情報のおかげで、比較的容易に森を抜けることが出来た事だろう。しかし非不未予異無亡病 近遠(ひふみよいむなや・このとお)らとっては濃霧など困難に成り得なかった。
なぜならE.L.A.E.N.A.I.で森の上空を「一っ飛び」だからである。
「森を抜けた先に海が見えるはずですが……」
「見えましたわ」
オペレーター席からユーリカ・アスゲージ(ゆーりか・あすげーじ)が言った。一気に高度を上げると、海の全景がはっきりと見えた。
「大きいですね。船で渡るとなると、相当に時間が掛かるでしょうね」
「いえ、それ以前に」
近遠が気付いた。海の先に「大瀑布」がある。
「南ニルヴァーナの北部にもありましたよね。恐らくは同じものでしょう」
北ニルヴァーナと南ニルヴァーナ。そこに跨がっているならそれは海ではなく「巨大な湖」という事にはならないか。
巨大な湖と大瀑布が大陸を北と南に隔て分けている。上空から確認した事で、ようやく大陸の全体像がはっきりとした。
「イコンさえあれば行き来は可能だったという事ですね」
「それはどうかしら」
気付けば「大瀑布の遥か上空」や」「水柱の周辺」に雷雲が立ちこめている。槍の雨の如くに一斉に落雷を放つとすぐに雷雲はまた散っていったが、しばらくすると同じに雷雲が寄り集まっていくのが見えた。
あの轟雷に耐えられる機体ならば越えて行けるかもしれないが―――装甲の強化を図らなければE.L.A.E.N.A.I.でも難しいかもしれない。
北ニルヴァーナ北西部。
この地においても「黒い砂」はしんしんと降り続いていた。北部の砂丘地帯で見られたような風は全くに吹いていなかった。
「よかったですね、砂が降っていて」
島津 ヴァルナ(しまづ・う゛ぁるな)が手のひらをそっと開いて言った。重さを感じることはないが、みるみるうちに手のひらが薄黒く染まっていった。
「そうでなくては何をしに来たか分からなくなる所でしたわ」
「その時は進路を北に変更するまでだ。目的は一つなのだからな」
なんて事はない、といった口調で言うクレーメック・ジーベック(くれーめっく・じーべっく)に、ヴァルナは「それはそうですけど」と素っ気なく応えて返していた。2人は調査隊の護衛を担当しているのだが、こうも何も起きる気配がないとなると……特にヴァルナは退屈してしまったようだ。
前回の調査で遭遇した「影人間」と再び遭遇しないとも限らないという事で、今回は教導団大尉として指揮下に置く傭兵たちを引き連れて、ここ、北ニルヴァーナの地に調査に訪れていた。調査の対象はずばり「黒い砂」である。
「ようやく、と言った所でしょうか」
ヘルムート・マーゼンシュタット(へるむーと・まーぜんしゅたっと)が笑みを浮かべて「レート」を見せた。
「面白い事が分かりました。契約者の体への影響は無いのですが、契約者ではない者の体内には、僅かなながら浸透しようとする性質が」
シャレン・ヴィッツメッサー(しゃれん・う゛ぃっつめっさー)は、砂の採取やら現地調査やらを行う傭兵たちを捕まえて、手足や首元に砂を貼り付けて経過をみていた。もちろんメディカルチェックも兼ねての事だそうだ。
「その浸食にも関係することなんだがな」
こう前置いてからサミュエル・ユンク(さみゅえる・ゆんく)が大胆な仮説を披露した。
「この黒い砂は、もしかすると、ただの無機物ではないかもしれない。例えば、砂粒サイズの生命体とか」
「生命体? この砂が?」
それが本当なら既に大量の微粒子生物に接触していた―――だけでなく吸い込んだり飲んでしまったり目の中に入ってしまった事になる。考えただけで寒気がした。例え、契約者の体に影響を及ぼさないと分かっていても。
「だからあくまで仮説だっての。でも生物のそれに似た反応は確かにあったんだ。それが磁気や電波に反応しただけって可能性もあるが……。そうだな、イレイザー・スポーン。ちょうどアレのイメージに近い。アレも生物とは言い難いが、似たような振る舞いをする」
シャレンらの研究やパートナーであるギュンター・ビュッヘル(ぎゅんたー・びゅっへる)の「電波障害について」の調査が進めば、より見えてくることだろう。
そのギュンターも直にフィールドワークから戻ってくるだろう。更にはサオリ・ナガオ(さおり・ながお)と藤原 時平(ふじわらの・ときひら)の「荷馬車隊」も到着する頃合いである。
集まった情報と物資を一度、荷を解いたなら、調査する位置と内容をより深くしても良いかも知れない。