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リアクション
ウゲンという男
ウゲンの動きに合わせ、思いはさまざまながらウゲンやインテグラルクイーンに強い関心を持つ数名の契約者たちも動きを見せた。先陣を切ってきたイレイザーに鬼院 尋人(きいん・ひろと)のファーリステュールが迎撃体制をとる。操縦と遠距離攻撃担当の呀 雷號(が・らいごう)が砲撃を放つ。尋人がウゲンの動向を見ているのは戻って来た彼の意図が知りたいというものだった。他の契約者たちの邪魔にならないよう配慮はしていたが、彼個人はウゲンを個人的に支援したいという気持ちが強かったのだ。今回の作戦に参加する前に、尋人は雷號に向かって言っていた。
「ウゲンはずっと刑務所につながれていたんだ……それが急に創世学園に入学してきた。
一体何が目的なのか、何をするつもりなのか……今はとにかく、彼の動向を見守ってやりたいんだ」
雷號は黙って尋人を見つめていたが、やがて肩をすくめて頷いた。
「わかった」
イレイザーへの攻撃を剣による攻撃に切り替え、襲ってくる触手を剣で払いながら尋人が言う。
「ウゲンに対しあまり良い感情を持っていない人が居るかもしれない。
その場合、頭を下げてでもウゲンとの間に立つ。イレイザーだけではなく、イコンの動きも見ておいてくれ」
「ああ」
相変わらず、雷號は言葉少なだった。だが彼が請合えば間違いなく忠実に動いてくれることを、尋人は誰よりもよく知っていた。
テュールの左後方、テスト用第三世代機のコクピットで清泉 北都(いずみ・ほくと)はパートナーのクナイ・アヤシ(くない・あやし)に言った。
「過去は兎も角、力ある人は守らないとね。ウゲンさんは地味な僕なんか覚えてないだろうけど。
薔薇学生としてウゲンさんを放っては置けないからね。新型で共闘……いいねえ」
「基本はウゲン様をお守りし、他の皆様のサポートを行うということでよろしゅうございますか?」
クナイが確認する。
「うん、それでいいよ」
「了解いたしました」
北都はビショップのほうをちらりと見た。
(不思議な焔を纏った巨大な剣は巨人族の物かも知れないね。
過去に巨人族の生き残りと戦った事があるけど、その剣は対イコン用で、エネルギーを吸収するものだったな……)
早川 呼雪(はやかわ・こゆき)のシパーヒーラシュヌは、ウゲンの機体に程近い場所に陣取っていた。パートナーのヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)は今回ウゲンのサポートということで嬉しそうだった。ヘルはウゲンを友人と思っているのである。ただし、ウゲンが同じ思いを抱いているかどうかは関係ない。
「協力するのは面白そうだからねぇ♪
手ぶらじゃ大好きなお兄ちゃんに会いに行けないもん、全力でサポートさせてもらうよぉ」
「……お前は安上がりでいいな」
「うん? 僕は幸せだよぉ?」
呼雪の思いはもう少し複雑だった。カイラス兄弟の行く末を見届けたいという思いのほか、インテグラル・クイーンが現在夏來 香菜(なつき・かな)から奪った力を持っているのもまた、気に食わなかったのだ。
「あの力……香菜には必要ないだろうが、クイーンに奪われたまま好き放題されるのは愉快な気分じゃないからな。
……それに、お前なら有効活用出来るんじゃないかと思ってな」
ウゲンに向かって話しかける。通信機は沈黙したままだ。
「……おかしいか? 俺が世間一般の『普通』じゃない事くらい、お前は知ってるだろう?」
「殺し合うって時に、相手の手に気を向ける程度の変人ってことを?」
「お前の行く末を見てみたい」
ウゲンは黙って口の端を吊り上げ、にいっと笑っただけだった。そこにマリー・ランチェスター(まりー・らんちぇすたー)のSHIZUKA、Sarasvatiからも通信が入ってきた。
「ウゲンさん、わたくし、自分のイコンの愛称は熟慮の末に名づけまして気にいっていますのよ?
サラスヴァティーは地球では弁財天、や創造の神ブラフマーの配偶神にして芸術、学問などの知を司るそうです。
他に水と豊穣を司る意味があるそうで水の都ヴァイシャリーの百合園女学院に相応しいと思い名づけましたの。
ローマ字なのはSHIZUKAに敬意を表してですの……」
マリーのサラスヴァティーの薀蓄がしばし続くのをウゲンは聞き流した。一旦言葉を切り、マリーが唐突に尋ねる。
「『人間』と今の地球の人類とは異質な存在なのでしょうかしら?」
「……何が聞きたいんだ?」
ウゲンが大儀そうに聞き返す。ローリー・スポルティーフ(ろーりー・すぽるてぃーふ)が後を引き取って滔々とまくし立てる。
「キミ、神になりたいの?」
「……は?」
ウゲンが小ばかにしたような音声を返す。
「今の質問の『神』は創世神だったつもりなのに意図を汲んでくれないなんて、ウゲンくんの意地悪! 大嘘つき!
バッチリやる気満々じゃない?!
世界を滅ぼすと三賢者のよーに大陸ごとナラカに落ちる? ウゲンくんはその轍を踏まないくらい頭はいいはず!
だから『滅亡ではない』と言えるための方策を立ててるんじゃないかな?
ポータラカをナラカに落としたのもテストなんだよね?」
「世界の終わりがすなわち滅亡じゃない、か……」
ウゲンはと言って、考え込むように間をおいた。
「滅亡じゃなければ、それは一体なんだろうね? この世界では既に多くの大陸がナラカに墜ちて消えている。
全部が無くなっていくんだ。その先には何がある? ナラカだけの世界が、この世界の終着点?
まあ、どうでも良いけどね。
ともかく、僕には創世なんてつまらないことをする気は無いよ。これはマジで」
「神になりたいんじゃないの?」
ローリーの問い詰めるような口調に、ウゲンは哄笑した。
「あっはっはっはっは! 本気でそう思ってるんだとしたら、相当暢気だね、君は」
むっとしたように押し黙るローリー。ウゲンはくっくっと笑った。通信機が再び着信を告げる。今度はクリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)からだ。
「前回のがあんな調子では、ウゲンにとってはレモ・タシガンはどうでもいいのかな?
エネルギー装置にももう興味が無いというなら、それは構わないんだけどな?
興味ないのがポーズだけで、やっぱりドージェとの面会にはエネルギー装置を使う、とかないのか?」
「興味無いし、今後手を出す予定も無いよ」
「ドージェと会う為の準備だったんじゃないのか?」
「準備? 何のためのだ?」
「この先エネルギー装置は使うつもり、ないのか……」
「ないね」
そのアッサリした口調から本当にウゲンが構えている様子がないのは受け取れた。
「さーて、“木こりちゃん”を切り倒しますか」
北都がウゲンの機が迎撃体制をとるのを見て、すかさず攻撃支援でフォローを入れる。クナイは禁猟区と回避上昇を使って警戒モードに入った。呼雪のラシュヌはウゲン機と護衛機にサポートスキルを入れていく。クリストファーがイコンの後方から勇気の歌、鼓舞の歌などのスキルを使い、戦闘力の底上げを行なう。クリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)が本隊の攻撃から気をそらすために、まったく違う方向からソニックブラスターによる攻撃をピンポイントにナイトの眉間などを狙って撃ち込む。クリストファーが口笛を吹いた。
「たいした腕だな」
「支援系スキルを中心に使いたいですからね。ソニックブラスターもあまり数打ちはできないかな。
効き目のある攻撃ではないし、一発で惹き付け効果を上げるように心掛けないとね」
クリスティーはそう答えて、照準を最適に合わせるべく意識を集中した。
護衛の面々が攻撃を開始するのを尻目に、ウゲンは無造作にファーリスをイレイザー、ナイト混成部隊に向かって奔らせ、武器を振りまわす。
「通り道をふさいでさ、ジャマなんだよ」
ウゲンのイコンの前にはイレイザーもナイトもなかった。ただただ刈り取られる麦のごとくばたばたと切り倒されてゆく。
「さすがはウゲン殿……」
三賢者の声が通信機から響くが、今の交戦をウゲンはアリを踏み潰した程度にしか感じていなかった。
前方の脅威がなくなったのを確認し、三賢者は遺跡に近い、インテグラル・クイーンらとウゲンが交戦になっても安全と思われる位置に陣取った。
「高みの見物、というわけでだね?」
不意に背後から声が聞こえ、三賢者は飛び上がった。
「だ、誰だね?!」
「……キミたちに危害を加えるつもりはないよ。ウゲン様の戦いを邪魔するつもりも毛頭ない。
少しウゲン様のことについて話しを聞きたいと思ってね」
ナンダ・アーナンダ(なんだ・あーなんだ)である。イコンの操作が不得手な彼は空飛ぶ箒でひっそりと三賢者の後をつけていたのだ。面とマント、それに黒薔薇の冠で変わり果てた姿を隠してはいるが、普通の人間お姿をしていないのはそれでもなお垣間見ることができる。ナンダに忠実なるマハヴィル・アーナンダ(まはう゛ぃる・あーなんだ)もひっそりと影のように付き従っている。偉業のものからの不意打ちにびびったのを知られまいと、あわてて居住まいを正す三賢者たち。ナンダはじいっと彼らを観察した。どうにも胡散臭い感じがする。
(三賢者の事をボクはまだよく知らないけど、こいつらとウゲン様が『マブダチ』だなんてボクは信じていないからね)
「何について聞きたいと?」
三賢者の一人がオホンと咳払いをして言った。
「キミたちは何故ウゲン様を手助けしているのかな?」
「それは彼がわしらと同じソウ……痛っ!!」
「そ、それは……親近感、そう、親近感を感じたからですよ」
最初の賢者が言いかけたのをさえぎって足を思い切り踏みつけ――サンダル履きだからさぞ痛かろう――別の一人が言った。ナンダはかまをかけてみた。
「ナラカで知り合ったんだっけ?」
「そう、彼とはナラカで会いました。聞けば、ドージェなんて強敵に勝つのが目的だという。……私たちもかつて、それぞれの“大陸の滅び”という、絶対に打ち勝てる筈の無いものと戦い、そして、破れた。だからか、彼には親近感を感じたのです」
もう一人が言う。最初の一人は足を抱えて座り込み、丸くなったままだ。さらに何か聞き出そうと探りを入れるナンダを見ながら、マハヴィルは一人考え込んでいた。
(ウゲン様が何を考え、何をなさるつもりなのかは全く不明のこと……。
今も世界の破壊を望んでおられるのなら、マハヴィルはナンダ様を止めるべきなのでしょう……。
きっとそれも執事の役目なのでしょうから)
後方で気配がする。どうやらウゲンが速度を鈍らせられることもなく、遺跡の近くに到着したようだ。マハヴィルはいつものように静かに主を見守っていた。
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