空京

校長室

創世の絆第二部 第三回

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創世の絆第二部 第三回

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古代シボラ1


 圧巻だった。
 巨大でザワザワとして沢山で、こんもりとしている。
 つまり、その4台の空飛ぶ自転車は、明らかに重量オーバーだった。


「現代のシボラでは、既にアウタナは化石化、国家神もアウタナと同化したしわしわのお爺様だという……」
 姫神 司(ひめがみ・つかさ)は、ごちた。
 ぎゅうぎゅう詰めの契約者の塊の上で。
 その視線の先には、大地が崩落して出来上がった暗い大穴があり、その奥より吹き上げてくる冷たい風が彼女の髪先を乱していた。
 吸い込んだ肺の奥を固く凍えさせる吹き上がりに目を細めながら、彼女は続けた。
「空京大学のシボラ研究室に所蔵されていた『首狩り上等』、実はファンなのだ」
「人の頭上で、何をモノローグ調に語ってる?」
 栄えある自転車の漕ぎ手となっていた瓜生 コウ(うりゅう・こう)の呻くような声が聞こえて、司はそちらを見下ろした。
 人と人とがひしめく向こうにコウの顔が見える。
 周囲にあるのは他人の肉感と、今も次々と無理やり自転車に乗り込んでいる者たちの罵声や悲鳴や、あとボヤき。
「可能ならサインを求めようかと思っている。アテム老に」
 司の胸にはしっかりと『首狩り上等』が抱かれていた。
 聖杭ブチコンダルを手にした主人公アテムが「ぶちこんだる!」の決め台詞と共に暴れる痛快漫画だ。
 おそらくこの漫画は、古代シボラにあったと言われる古代パラ実文明をモチーフにして書かれている。
 書いた? 一体誰が?
 司の頬にはほんのりと熱があった。
「……あんた、趣味変わってるな」
「しかし、アテムか」
 重々しく零したのは、夜薙 綾香(やなぎ・あやか)だ。
 コウの肩に乗っかり、その肩に司を乗せた状態の彼女は、顎に手を添え、なにやら思案顔で続けた。
「どうも、何か繋がりそうな気がしている……」
「繋がる? アテムと何が繋がるってんだ?」
 胡散臭げな顔のコウと、興味深々の司の視線を受け、暫しの後。
「そうか分かったぞ!」
 綾香は、ハッと顔を上げた。
「ポータラカにあったATMは長老アテム所縁のモノだったんだ……!」
「その心は?」
 司の問いに綾香は手帳を取り出し、ペンを走らせた。
「『アテム』、『ATEMU』、『ATeMu』……『ATM』!」
「…………」
「…………」
「なんだ、二人とも。感動が薄いな? 歴史的大発見だぞ? 古代と現代が繋がるミステリーロマンというか。
 まあ、いい。更に私は気付いたのだ。
 重要なのは『4』という数字だ。
 その流れを汲んでいるからこそ、現代のATMの暗証番号は4桁なんだよ!」
 壮大な歴史ロマンだった。
 そして、その偉大な秘密を解き明かした綾香は止まらなかった。
「コレをもって鑑みるに――
 ナラカに“振り込まれた”アウタナとかもリボ払いで戻せるんじゃなかろうか!」
「…………母様」
 綾香の後ろにひっつくような形となっていた夜薙 焔(やなぎ・ほむら)が満を持して声を発した。
「前も言ったが、マジメなのかふざけているのかはっきりしてくれ。
 せめてソコだけは。皆つっこみ辛いから」
「ホム。私はマジメだ」
「だからタチが悪い。
 対処の点のみを翻訳するとすれば――
 要は、過去のアウタナを現在に重ねて、同じものが同一時空間に存在することによる干渉力で現在へ引きずり出そう、ということだな」
 焔がツラツラと並べる。
「実際に行えるかは不明だが、アクリトが単純に過去の世界へ行って異なる未来を作り出す、といったものとは違う結果を狙って時空の歪みを用い、我らを古代シボラへ向かわせているのは明らかだ。
 “現在の”シボラを救えるかもしれん、と言っているのだからな。
 過去からの干渉がどのような作用となるかは分からないが、我らが古代シボラへ向かう価値は十分にあるのだ」
「でも、この4台の自転車に乗って、ということに意味はあるの……?」
 コウの横に斜めな形で自転車に乗り込んでいたマリザ・システルース(まりざ・しすてるーす)が、何かしら諦めた表情で零し。
「まあ、いいんだけど……」
 やはり諦めたように嘆息した。
「さて、その謎も古代シボラへ向かえば何か分かるかもしれません」
 司をひっそりと支えているグレッグ・マーセラス(ぐれっぐ・まーせらす)が言う。
「つか、やっぱり俺が漕ぐのか? これ」
 コウが仏頂面で問い、皆の視線を受け……察した。
「ああもう、分かったよ、やってやらぁ、しっかり捕まってろ、振り落とされても知らねーからな! つか、誰だ変なとこ触ったヤツァ!?」
 何はともあれ、彼らを乗せた自転車は、過去へと出発した。


 一方、別の自転車。

「いっやぁ、想像以上にきっついぞコレェ!」
 日下部 社(くさかべ・やしろ)もまた、多くの身体にギュウギュウ挟まれた状態でペダルを漕ぎ始めていた。
「って、おいぃ! もう自転車は始めとるっちゅーのに、まだ乗り込んでくるつもりかい!? 何人乗りやねん! こんなんで道路走ったら確実に捕まるレベルやないか!」
「空を飛ぶから大丈夫なんじゃない〜?」
 響 未来(ひびき・みらい)が器用に、集団の横方向へとせり出した格好で笑う。
「ああ、そうか道路なん関係ない……って、そういう場合ちゃうわ!」
 と。
 突っ込んだ社の頭にべたんっと落ちたものがり、彼は視線だけを上に向けた。
 小さな根っこがひょろっと動いて、頭にあったものが肩へと移動する。
「なんや、ついて来たいんか?」
 そういえば、『彼ら』を連れた者たちは多いようだった。
「ええけど……潰れんように気ぃつけーよ?」
 ふらふらと頭を揺らして頷いたような様子のソレへと笑みかけてから、社は、「さて」と気合を入れなおした。
 正面へと顔を向ける。
 向かうは暗い穴の奥――
「さぁ! 行ってみよか!! 古代シボラ! きっとそこには俺らが知らなアカン事があるはずや!」

 そして、4台の自転車はわさわさとシボラの大穴に生じた、時空の歪みへと飛んでいったのだった。




 遥か古代のシボラ。


 鳥が歌い、晴れた平穏な空へ、高々とその声は響いていた。

「大いなる存在よ――
 我らの大地を支える、原初なる力よ」

 青々と枝葉を伸ばし、瑞々しく立つ、巨大な世界樹アウタナを前に、若き長老アテムは、彼が率いる民と共に儀式を行なっていた。

「与え給え、平穏と豊かさを」


 と――。
 彼らの上空の景色が歪んで、4つの巨大な塊が姿を現した。

 そして。


「あ」
 
 いつもの通学の調子でパンを咥えたまま自転車を漕いでいたレオーナ・ニムラヴス(れおーな・にむらゔす)は、アテムを轢いた。




「……って、おい、待て。俺達ァ、怪しい者じゃねぇぞ!」
 {SNM9999021#王 大鋸}は、それぞれに原始的な武器を構え警戒する古代シボラの民へと言った。
 先ほど自転車に轢かれていたアテムが、ぐぁばっと起き上がり。
「俺はこの辺りをシメてるアテムってもんじゃああああああ!!!!
 お前達は何じゃぁああ? 何処からきたぁあああ!!?」
「俺達は未来からやってきた」
「未来……?」
「そうだ」
「……どうやって?」
「チャリでだ」
 大鋸は後ろの4台の自転車を指してやった。

「あ、あの! 私たちは未来のアウタナとシボラを救うために来たのです!」
 ぎゅうぎゅう詰めの後の落下で、足に来ているらしい度会 鈴鹿(わたらい・すずか)が、ひょろひょろとよろめきながら大鋸の横について言う。
「そんな突拍子の無い話を……どう信じろってんじゃあああああ!!?
 む!? お前たちには今まで感じた事の無い気配を感じる。……この世界に住まう者ではないな。
 共に来た連中の中には、この世界に居る者と近いものを感じる者もいるようだが……」
「ふむ。それはそうであろうな」
 織部 イル(おりべ・いる)が頷く。
「彼らはパラミタとは違う世界、“地球”から来た者らじゃ」
「ちきゅう……?」
 と、訝しげにイルを見返したアテムが、ハッと顔をイルの向こうへと向けた。
「待て! そこで何をしている?」
 見れば、向こうの方では、未来から持ってきたカレーなどの料理を古代シボラの民に振る舞い始めていた。
「食うなぁああああ!! 毒かもしれねぇぞ?」
「そんなもの入ってないわよ?」
 言って、いつの間にか近づいてきていたシャノン・エルクストン(しゃのん・えるくすとん)が、アテムの口の中にバーガーをムギュッと詰め込んだ。
「もごっ!?」
「さあ、噛み、味わい、飲み込み、胃袋へと染み渡らせなさい」
 シャノンは飢えた起業家のような瞳でアテムへと語りかけた。
「バーガーは素晴らしいものよ。美味しいし、手軽だし、ファストフードの王様といっても過言ではないわ!
 ねぇ? グレゴール」
「…………」
 パートナーのグレゴワール・ド・ギー(ぐれごわーる・どぎー)は、聞いていないフリを決め込もうとしている。
 彼の方はバーガー好きというわけでは無いらしい。
「あのー」
 アテムの口にバーガーを押し込んだ格好のままのシャノンへ、鈴鹿が声をかけようとしたが、シャノンはなおもグレゴールへと同意を求めた。
「グレゴール、ね? バーガーは素晴らしいわよね? そうでしょ?」
「……そうだな。バーガーは素晴らしいものだ。これ以上のものは、文字通りの古今東西、世に存在しないであろう」
 根負けしたらしいグレゴールが心の死んだ棒読み調で賞賛を口にする。
 そして、彼はそのヘルムの表を鈴鹿とアテムへ向けてから付け加えた。
「息が出来ないのではないか?」
「ああ、ごめんなさい」
 シャノンが気づいて、アテムの口元から手を退ける。
 バーガーを咀嚼し、飲み込んだアテムがブハッと息を吐き、吠えた。

「な……なんじゃ……これは……旨過ぎるぞぉおおおおお!!!」

 怒ってるんだか褒めてるんだか分からない。
 アテムは若い頃、気性の差の激しい人物だったようだ。

 見れば、他のシボラの民も契約者たちから振舞われた料理に、大いに驚嘆している様子だった。
 そして、契約者たちを見る彼らの目は、明らかに変わっていったのだった。


「この直下にアトラスが居るのか?」
 姫神司の疑問に、アテムが首をかしげる。
「アトラス……?
 アトラスは、遥か北西の地に住まう偉大な巨人族の神イアペトスの子だが……。
 この地には居ない」
 現代では、一説に、パラミタの大地で最初にナラカから隆起したシボラは、アトラスによって持ち上げられた、とされているが、それはアトラスがパラミタの大地を支えるようになってから、長い時を経た後に考えられた話のようだ。
「……では、この儀式は一体“何”に向けて行なっていたのですか?」
 グレッグが問い、アテムはアウタナの前に設けられた祭場の方を見やった。
「あれは、この大地を支える“原初の力”への祈りだ。
 祈りは届き、お前たち“4つの運ぶもの”を俺たちに遣わした」
「私たちが来たのは、ここに富を与えるためではありません」
 鈴鹿が言う。
「私たちの時代のアウタナを救う方法を探しに来たのです。
 アクリトさん――私たちに古代シボラへ行くように言った方は、重要なのは4の数字だと言った……。
 つまり、4つの支えがあれば、私は、アウタナの負担を軽くして化石化を遅らせることも出来るのではないかと――」
「化石化?」
 アテムが目を瞬かせる。
「未来のアウタナは化石化してるのか?」
「え? はい……もう余りに年老いた樹であるために、化石化が進んでいると」

 ともあれ、“富を運んでくる者”として契約者たちは祭り上げられ、
 彼らを歓迎する宴が盛大に行われたのだった。



 翌日。

「なるほど……」
 白砂 司(しらすな・つかさ)は、ウォーミングアップを続けているサクラコ・カーディ(さくらこ・かーでぃ)を見やりながら頷いた。
「確かに俺たち契約者は、他の者たちより隔絶した能力を持っており、だからこそ世界の危機に立ち向かっている。
 だが、俺たちだけの力で何もかもが上手くいくなどと考えるべきではないな」
 司は、周囲に集まってきていた古代シボラの獣人たちを見やった。
 彼らは司たちが“運んできたもの”を伝授されるべく集まっていた。
「獣人は、その生まれ持った能力によって、元より戦いに優れている。
 そして、現代においても慢心することなく武術という名の歴史を重ねてきた。
 では、この古代において、現代で完成された武術を伝えればどうなるか?
 あるい――『獣人の神』が生まれる運命を編むことさえできるかもしれない」
 悪くない賭けだ、と司はウォーミングアップを終えたサクラコを見やった。
 そして、相変わらずの無表情のまま言った。
「で、俺は“行司役”をやればいいのか?」

 つまるところ、サクラコが古代シボラに伝えたいのは『SUMOU』らしい。
 ジャパニーズトラディショナルレスリング・SUMOU。
「面白いことを考えられますね」
 藤原 優梨子(ふじわら・ゆりこ)は、地面に這うアウタナの太い根に腰掛けた格好で笑んだ。
 視線の先では、サクラコが獣人たちを相手に相撲を取っている。
「相撲は日本古来より伝わる神事。その精神と儀式のありようをシボラに伝えるのは、意義があるますかもしれません」
「しかし、どうも形になってねぇな。見てて盛り上がらねぇ」
 宙波 蕪之進(ちゅぱ・かぶらのしん)が言うのを横に、優梨子は根を降りた。
「確かに、相撲を知る者同士が取り組みを行なった方が、面白いでしょうね」
 サクラコたちの方へと歩んでいく。その片脚はニルヴァーナでドージェに切られ、今は機晶姫の脚が代わりを担っていた。
「うふふ、殺し合いー」
 その声は弾んでいた。

 一方、優梨子の背を見送った蕪之進は。
「興行……!」
 目を光らせていた。


「…………」
 と軍配を構えた司の表情は複雑だった。
 それは、飛び入り参加してきた優梨子の服が露骨に不自然に膨らんでおり、優梨子の顔が完全に“ボディチェック待ち”だったからだ。
 純情な司をからかっているのは明らかだったので……数秒の間の後、司は「はっけよーい」と強引に取り組みを開始したのだった。
 無表情に、ちょっとだけ鼻血。

 残った、の合図でサクラコと優梨子の両者は飛び出した。
 優梨子の左脚――機晶姫の脚のブースターが発動し、加速した優梨子が突撃する。
「うひゃあ!?」
 ふいを突かれた格好のサクラコは疾風怒濤と麒麟走りの術で、地を滑るように優梨子の身体を避け、すぐに優梨子のマワシを取ろうとした。
 その手を逃れようとした優梨子の左脚の制御が甘く、マワシはサクラコの手に取られる。
「まだ慣れてないんですよね」
「うりゃっ!」
 短く溜息を零した優梨子へ、サクラコは思いっきりビーストタックルを打ちかました――。

「ごっつあんです」
 優梨子に勝ったサクラコは、手刀を切ってから、改めて見学している獣人たちを見やった。
「これが、ジャパニーズレスリング・SUMOUです」
 そして、びしっと彼らに挑戦状を叩きつけるように指先を向け、彼女は言った。
「未来で待っています、私の元まで昇ってきなさいっ!」

 こうして、古代シボラに『見合って、メンチを切った後にぶつかり合う』という文化が生まれたのだった。


 一方、蕪之進はSUMOU見学をしている客に、屋台を作ってジュースや団子を売ろうとしていた。
「こんな金儲けのチャンス見逃せねぇ! うへへへへ!」
 しかし……古代シボラには貨幣にあたるものが存在しなかった!
「んなっっ!?」
 ショックを受けた蕪之進は、しかし、絶望するだけではなかった。
 すぐさま、石を削り出し、貨幣を生みだし、貨幣文化を伝えたのだった!
 伝えた後にすぐにお代として石貨幣を奪いとったので、古代シボラの民は“そういうものだ”と思うことになる。
 つまり、これが、世に言う『カツアゲ』の始まりなのであった。




 佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)は古代シボラに『料理』を伝えた。
 食材が持つ活力を最大限に活かす料理――それが時代を経るにつれ、世界樹の細胞すらも回復させる奇跡の一品を生みだすかもしれない、と考えたのだ。
「この料理とであった奇跡が、細胞一つ一つに力を宿す。
 そして今(未来)はアウタナも自由に空を飛べるはず。
 崩壊で絶望した心が、料理で奇跡を起こしたら、
 ただ笑って民を助けて欲しい」
 そんな歌を添えて。
 といっても、それは一本の包丁と、本当に簡単な調理法だけだ。
 例えば「これとこれとこれをまぜて食べれば、元気になる」といった程度の。
 その一方で、佐々木 八雲(ささき・やくも)は、弟、弥十郎が伝えた料理の名前を考えていた。
 特に弟の意見を聞くつもりは無いらしい。
 そして、彼は思い付いた。
「薔薇学の学生が考えた元気でる素敵な料理だから、『バラ実』でいいんじゃないか」

 古代シボラに伝わった「バラ実」は、幾つもの時代を経て――『アンパン』となる。




 龍ヶ崎 灯(りゅうがさき・あかり)は、古代シボラにヒーローの存在を教えた。
 アコースティックギターを掻き鳴らし、歌う。
 どんなピンチでも諦めず、邪悪な悪の存在に立ち向かい……人々の命を守ってくれる……それが正義のヒーローだと、武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)の想いを。
 特撮ヒーローソング風のそれは、古代シボラの子供たちの胸に熱く届いていた。
 そして、灯が歌い終わると――
「変身……」
 牙竜は灯を魔鎧として装着し、ヒーローの姿となった。
「ケンリュウガー、降臨!」
 古代に正義のヒーローの系譜を作るため。
 現代の沈みゆくアウタナで、強く助け合い、励まし合う人々の心へと繋げるため。

「歌ってのは、確かにいいね」
 上永吉 蓮子(かみながよし・れんこ)はケンリュウガーにまとわりつく子供たちの姿を見ながら、うなずいた。
「辛い時、皆で歌えば一致団結して、乗り越えることができる。不安や恐怖に打ち勝つことが出来る。
 こうして、歌への関心が高まって研究が進んで、何か得体のしれない力を持った歌とか曲が作られるかもしれない。
 そうすれば、あるいは――」
 そっと両耳に手を添え、微笑む。
「歴史は何が起こるかわからない。
 希望を持ちたいものだね」

 ぼえー
 ぼえー

 満を持して吉永 竜司(よしなが・りゅうじ)が披露した歌声は、
 古代シボラの民の遺伝子に、その音の暴力を刻みつけることとなった。
 これに対し、古代シボラの民の遺伝子は、この音に対抗するだけの強さを求め始める。
 結果、それはやがて『ヒャッハァー』という形で実を結ぶ。
 自らが叫ぶことにより、古代シボラの遺伝子は音(竜司の歌声)への恐怖を乗り越えようとしたのだ。

 ちなみに、あっちの方で「トロールサイコー!」と叫んでいる、竜司の舎弟らが遺伝子たちの完成品といえよう。

「トロールじゃねぇっ!!

 いいか、古代シボラ人ども!
 オレは吉永竜司だ!
 オレみたいなヤツの事をイケメンって言うんだぜ?
 へへへ、惚れてもいいんだぜ?
 んでもって、イケメンの歌声は世界を救うんだ」
 
 ぼえー
 ぼえー

「……希望は持ちたいものだね」
 蓮子は改めて呟いた。

 そして、一通り歌い終わり、竜司は言った。
「へへへ、どうだ。オレの美声を聞いて幸せになってきただろ?
 ……これを忘れるな。
 後世まで伝えろ。
 どんな苦しくても、歌って希望を持つんだってな。
 きっと、オレたちが何とかしてやるからよ」




 世界樹の苗木ちゃんの植林を終えたレン・オズワルド(れん・おずわるど)は、現代で崩落したポータラカへ向かおうとしていた。
 ポータラカも救おうと考えたのだ。
 しかし、アテムも誰もがポータラカという土地を知らなかった。
 この時代、ポータラカはまだ存在していないらしい。
「つまり、この時代は約1万2千年前より更に前、ということになるのか」
「この時代にポータラカの危機について、何らかの形で助言を残していくことは可能かもしれないが」
 ガウル・シアード(がうる・しあーど)の言葉にレンはうなずいた。
「やれる事はやっておくべきだな」
 そして、彼らは未来から持ち込んで来ていた新聞記事や写真などをアテムに託し、いつか現れるポータラカ人たちに渡すよう頼んだのだった。
 
 後の時代、その情報がポータラカに無事に渡されたかは不明だが、
 いずれにしろ、現代でポータラカが崩落したことに変わりはなく、ゲルバッキーが真理子にデータを上書きされたことも変わらなかった。
 もしかしたら、ポータラカの地は次元の歪みの影響外だったのかもしれなかった。